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九月の陽射しは まだじんわりと
肌を焼くほど強くて、グラウンドに立つだけで
汗がじわりと滲んでくる。
クラス全員が体育着姿で並ぶ中、
私は列の端で所在なさげに立っていた。
体育祭の団体種目「ハリケーン」の練習。
六人一組で長い棒を抱えて走る、あの競技だ。
隣り合う男子たちは もうすっかり打ち解けて、
掛け声を ふざけ混じりに合わせては笑っている。
私はただ、呼吸の仕方すら分からないような気持ちで、棒の端に指先をかけていた。
「せーのっ!」
勢いよく始まった最初の走りは、
予想通りバラバラだった。
タイミングが合わず 棒がぐらつき、
私は支えきれずにつまずいてしまう。
影役「おい、ちゃんと持ってくれや笑」
男子の一人が笑いながら声を上げる
その笑顔に悪意はないのかもしれない。
けれど、胸の奥に小さな棘が刺さるようで 、
私は思わず下を向いた。
やっぱり私なんか、足を引っ張ってる。
修哉「ごめん ごめん!俺らが
合わせてへんかったわ。もっかい いこ!」
軽やかな声が割って入った。
いつもクラスの中心に立つ人気者で、
爽やかな人懐っこい彼が 笑って言った。
その言葉に 空気が少しだけ和らぐ。
責められていた重苦しさが、ほんの少しほどけていく。
もう一度、掛け声を合わせて走る。
それでもまだうまくいかない。
息が乱れ、汗が額を伝う。
休憩に入ったとき、私は意を決して、口を開いた。
紫鶴「…最初に、ゆっくり 息を合わせてから
走ったほうが、いいと思う」
声はか細く、風にさらわれてしまいそうだった。
誰も聞いていないかもしれない――
そう思った瞬間、
修哉「おーいいやん それ!一回やってみよか!」
さっきの彼が、大きな声で笑って拾ってくれた。
彼の声に引き寄せられるように みんなが頷き、
私の提案がそのまま試される。
ゆっくり、最初に歩幅を合わせ、
次第に加速していく。
――驚いた。さっきよりもずっと棒が安定している。
みんなの声が揃い、私の足も自然に前へと動く。
修哉「おー!さっきより全然いいやん」
歓声が上がる中、私は戸惑っていた。
自分の声が、みんなに届いた
それだけのことが、
信じられないくらいに嬉しかった。
無意識に視線を上げると さっき声を拾ってくれた
彼がこちらを見て、当たり前のように笑っていた。
その笑顔に胸がじんと熱くなる。
グラウンドに立つ彼女の姿は、
どこか頼りなげで。
男子たちの笑い声にかき消されるように、
彼女の小さな声は空に溶けていった。
影役「おい、ちゃんと持ってくれや笑」
ふざけ混じりの声に、彼女は小さく肩をすくめる。
修哉「ごめん ごめん!俺らが
合わせてへんかったわ。もっかい いこ!」
すぐ近くから聞こえた明るい声が、
空気をやわらげた。
修哉、いつも 軽やかに笑いながら場をまとめる。
…俺は、その光景を少し離れた場所から眺めていた。
笑い合う友人たちの輪の中にいながらも、
視線はつい彼女へと流れてしまう。
俯いた横顔、細い指先。
儚げに揺れるその姿を、目が追ってしまう。
休憩時間、彼女が小さく声を出した瞬間、
俺は思わず耳を澄ました。
紫鶴「…最初に、ゆっくり 息を合わせてから
走ったほうが、いいと思う」
一瞬、風に消えたように思えた
その声を拾ったのは、また修哉だった。
修哉「おーいいやん それ!一回やってみよか!」
周囲がざわめき、彼女の提案が形になっていく。
走り出す彼女の横顔は、
ほんのわずかに明るくなっていて。
その小さな変化を見てしまった瞬間ーー
胸の奥がひどく熱くなった。