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「クレハ・ジェムラート、お前は18の誕生日に死亡した」
ルーイ様は喋りながら懐に手を差し入れて、ごそごそとまさぐっている。探し物をしているようだ。それはそうと、そんな事さらっと言わないで下さいよ。分かってはいたけれど断言されるとショックだ。
「やっぱり死んでたんですね……私」
「そう。でも、俺がお前の未来を変えた。正確に言うなら変えるチャンスを与えたと言うべきかな。おっ! あったあった」
彼は見つかった探し物を私の目の前に差し出した。
「これは……」
「見覚えあるだろ?」
ルーイ様の手の平には、花の形を模した古いブローチが乗せられていた。私が亡くなった祖母から貰ったものだ。しかし、中央に装飾されていた宝石が無くなっている。
「――っつ!!」
頭がズキリと痛む。そうだ……あの時、私が襲われた時に宝石は割れてしまったのだった。
「どうして……ルーイ様がこれを?」
「俺はね……このブローチに付いてた石の中に300年間閉じ込められていたんだよ。お前が石を割ってくれたおかげで外に出る事ができたんだ。いや〜、本当に感謝してる。本来なら後700年は拘束される筈だったんだからな!」
私の肩をバシバシと叩いて、ルーイ様は嬉しそうに笑っている。痛い……
「あの、別に私が故意に割ったわけではないのですが……って聞いてないですね」
宝石が割れたのは偶然で、まさかその中に神様が閉じ込められていたなんて知る由もない。けれどルーイ様は、細かいことは気にするなとばかりに話を続ける。
「久しぶりの娑婆の空気は最高だったね。とにかくすこぶる機嫌が良かった俺は、自由にしてくれた人間の望みを叶えてやろうと思ったわけだ」
ルーイ様はその場でしゃがみ込むと、私に目線を合わせた。綺麗な紫色の瞳が真っ直ぐに見つめている。そして、緩く弧を描いた口元が開く――
「死にたくない」
彼がそう呟いた直後、先ほどよりも激しい頭痛に襲われる。頭の中に映像が流れ込んできた。刺された胸の傷……大量の血液……うつ伏せになって倒れている自分……壊れたブローチ……
怖い、痛い、寒い、苦しい。
嫌だ……誰か……たすけて…………
痛む頭を抑えながら蹲った。様々な感情が一気に溢れ出して、どうにかなってしまいそうだ。ルーイ様はゆっくりと私に向かって手を伸ばした。その手が優しく頬に触れたかと思うと、そのまま親指で目尻を軽く擦る。
「お前の……その強い思いは俺に届いた……」
目から生温かい滴がこぼれて、どんどん頬を濡らしていた。張っていた糸がぷつりと切れたように、私はその場で声を上げて泣き崩れた。
「しかし、困った事に俺には死者を生き返らせる力は無かった。怪我ならある程度は治すことができるけど、失われた命を元に戻すことは不可能だ。どうしたものかと悩んだんだが……いい事を思い付いたんだ。クレハ・ジェムラートの死という出来事自体が、起こらないようにしてしまえばいいってな」
パチン!
ルーイ様が再度指を鳴らした。
「お嬢様!! 大丈夫ですか!」
扉の向こうからモニカの声がする。周囲に音が戻った。私は扉越しに彼女へ呼びかける。
「モニカ、大丈夫です! 驚かせてごめんなさい」
「停止させていた時間を再び動かしたんだよ」
「時間を……止めていた……?」
そんなことが……この人は時間を自由に操れるというの? 時間……ふと、今の自分の姿を思い出す。
「まさか……」
「そう、もう分かったね」
バンッと大きな音が鳴ってバルコニーに面した窓が勢いよく開いた。外から風がいっきに室内へ流れ込み、目を閉じてしまう。
「10年だ。お前が命を落とした日から、俺は10年時を戻した」
目を開けると、ルーイ様は部屋の外……バルコニーの手摺りの上に立っていた。私は急いで追いかけ、バルコニーへ出た。彼は太陽を背にしてこちらを見下ろしている。
「運命を変える――なんて、到底容易なことではないけれど、お前の頑張り次第ではもしかしたらって事もあるかもしれない」
「運命を変える……」
「そうだ、クレハ・ジェムラート。助けてくれた礼だ。お前に一度だけリトライさせてやる。死にたくないなら自分の力で未来を書き換えるんだ」
彼はそう言うと後ろに振り返り、手摺りから勢いよく空に向かって飛び上がる。
「10年後の君に明るい未来が訪れるよう、精々足掻いてくれたまえ。では、健闘を祈る!」
パチン!
ルーイ様が指を鳴らす。次の瞬間、彼の姿は跡形もなく消えてしまった。
「嘘でしょ……子供の時代からやり直せっていうの……」
バルコニーに取り残された私はその場に座り込み、ルーイ様が消えた後の何もない空間を見つめ続けた。部屋の外で必死に私を呼んでいるモニカの事をすっかり忘れて……