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蓮が呼ばれて社長室に行くと、渚はライフルを金庫にしまっていた。
一見、普通のロッカーなのだが、更にその中に、もうひとつ、細長いライフル用の金庫が隠してあるようだった。
背後に立って見ていると、渚が振り返り、
「お前、今、番号覚えたろ」
と言う。
「覚えましたけど。
鍵もないと開かないじゃないですか」
と蓮は笑った。
渚は椅子に座りながら、
「俺の秘密を教えたんだから、お前も教えろよ」
と言ってくる。
蓮はデスクの前に立ち、文句を言った。
「秘密って……鍵なしじゃ開かない金庫の番号なんて意味ないじゃないですか」
だいたい、私に秘密なんてありません、と言うと、渚は窺うようにこちらを見、
「さっき、和博を脅したとき思ったんだ。
お前にキスしたの、あいつじゃないな」
と言い出した。
「襲いかかる、くらいはするかもしれないが。
嫌がるお前に無理やりキスするほどの度胸は、あれにはないと見た。
……お前にキスしたのは、例の課長代理だな」
「そうですね」
あっさり認めた蓮に、そうですね? 渚が身を乗り出し、訊き返してきた。
「認めるのか」
「はい」
「やっぱり、上司じゃなくて彼氏だったんじゃないか?」
「違いますよ。
それに、キスされたの、あの揉め事のあとだったし。
関係ないです。
私は渚さんしか好きじゃないから。
今、言われるまで、記憶から抹消してました」
と蓮は言い切った。
……言い切ったよ、この女。
身を乗り出したまま、渚は固まっていた。
それがどうかしましたか? という顔で、蓮は見ている。
怖いな。
大丈夫か?
実は、他にも好きな男が居たり、キスしたりした男が居るんじゃないのか?
こうやって、次々記憶から抹消してってるだけで。
蓮を想うあまり、こっちは疑心暗鬼になっていたのだが。
彼女は違うことを考えていたらしく、覚悟を決めたように、赤くなって言ってきた。
「だいたい、最初に貴方がおかしなことを言ってきたから、今、こんなことになっちゃってるんじゃないですか」
一目見て、子供を産めと言ったことだろう。
「こんなに好きになっちゃったんですから、責任取ってください」
と可愛らしいことを言う。
「課長代理を嫌いになりたくないから。
上司として、信頼していたときの思い出まで消したくないから、そのことは記憶から消しました。
それに、私は、渚さんしか好きじゃないから。
あのっ、恋愛ってしたことないから、よくわからないんですけど。
私は、一生、渚さんと恋していたいんです。
そういうのって、……無理なんですかね?」
そう窺うようにこちらを見て、訊いてくる。
私は渚さんしか好きじゃないと言い切る蓮が嬉しくもあり、恐ろしくもあり。
このブレなさが怖いな、と思っていた。
浮気しても、その人しか好きじゃないからいいとか言い出さないだろうか。
そして、蓮の記憶から簡単に抹消され、捨てられるおのれを想像してしまった。
だが、そんな妄想の中の恐ろしい蓮とは違い、現実の蓮は、自分の答えをちょこんと待っている。
「さあ、知らないな」
と突き放したように言うと、ええっ? という顔をする。
笑いそうになったが、堪えて言った。
「俺もお前が初めてだから。
この先のことなんて、わかるわけないだろ?」
側まで来ていた蓮の手を引き、膝に座らせる。
「大丈夫だ、蓮。
俺も生まれてから今まで、お前しか好きじゃないし。
きっと、これから先もそうだから」
そう言い、唇を重ねた。
「渚さん……」
と離れた蓮が呼びかける。
「じゃあ、もし、渚さんが浮気したら、さっきのライフルで撃ちますねっ」
そう蓮は無邪気に微笑んだ。
ひいっ、と思いながらも、余裕があるフリをして、笑ってみせる。
こいつ、本気でやりそうだ……。
そんな呑気なやりとりをしながらも、さっき、和博が言った言葉がいつまでも、頭に残っていた。
『お前、そんな簡単に、一族の結束とか家族の繋がりとか、思い出とか消えると思うなよっ』
蓮は本当にすべてを捨てて、俺のところに来られるだろうか――?
ふとそう思った。