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さて、今日の晩ご飯はどうしようかな?
そんなことを考えながら、会社から出た蓮は鼻歌を止める。
「ご機嫌だね、蓮」
未来が立っていた。
「どうしたの? こんなところまで来るなんて」
いや、と俯きがちに未来は溜息をつく。
「いつもさ。
僕が勝手に様子見てくるって言ってるだけで、おばさんは、基本、蓮をそっとしといてやれって言うんだよね。
誰より気にはなってるみたいなんだけどさ」
まあ、うちの親よりは確実にな、と思いながら、聞いていた。
「それが、今日は様子見てこいってさ」
「……なんで?」
なにやら不吉なものを感じて、そう問うと、未来は片腰に手をやり、蓮を見上げて言った。
「和博さんが会長や蓮の親父さんに、あることないことまくし立ててるみたいなんだよ」
「お爺様はともかく、よくお父様が捕まったわね」
いっそ感心して、そう言った。
「高速道路を走る焼き芋屋みたいな人なのに。
『焼』って聞こえた瞬間には居ないのよ。
子供の頃、あ、お父様、と思って、描いた絵を見せようと振り返った瞬間に、もう居ないのよ」
んー、まあ、そういう人だけどね、と未来は苦笑いする。
「和博さん、稗田社長のことを人の話をまったく聞かない、悪魔みたいな男だって言ってるみたいだよ」
「……なにひとつ、嘘も誇張もない気がするのは気のせいかしらね」
愛を持ってしても、そこはかばえない、と思っていた。
「まあ、和博さんの戯言なんて、誰も聞いてないけどね」
そう切って捨てる未来に、昔から、和博さんと遊んでたくせにな……と思っていると、
「それはともかく、稗田の後継ぎとって言うのはまずいんじゃないかって話になってるよ」
と心配していたことを言ってくる。
「結構、業種がバッティングしてるからねー」
「たぶん。
それは言われるんじゃないかと思ってたけど。
でも、私は家を出るから関係な……」
「ほんとに出られる? 蓮」
真っ直ぐに自分を見据えて、未来は言ってくる。
「今みたいな家出ごっことは違うんだよ。
会長ともご両親とも、うちのおばさんとも、みんな縁を切って、出ていける?」
全部投げ捨てた蓮とは、僕も付き合わないよ、と未来は言った。
「だって、それは、僕も捨ててったってことだから」
と未来は目を伏せる。
「今までの過去も思い出も、秋津に生まれた責任も、全部捨てて出ていけるの?」
確かに。
あの家に生まれたからこその苦労もあったが、ずいぶん幸せも享受してきた。
なのに、恩を返さなければならないところで、すべて捨てて出て行く人でなしになれるかと言うと……。
「蓮、愛ですべては乗り越えられないよ」
そんなことはわかってる。
口で言うのは簡単だけど。
そんなことが楽に出来るのなら、この世に政略結婚なんてものが、延々と存在していたはずはないから。
「そういう夢が叶うのが理想だろうけど」
夢だと未来は切って捨てる。
うつむいていると、……蓮、と未来が呼んだ。
顔を上げる。
「助けてっていいなよ。
僕は、すべてを捨てても、蓮を助けてあげるよ」
……未来、と幼なじみを見つめた。
「僕は蓮の王子様にはなれなかったけど。
君が望むなら、いつでも助けてあげる」
蓮は微笑んだ。
「未来は充分、王子様だよ。
いつも私の側に居てくれた……」
いつも憎まれ口を叩きながらも、ずっと助けてくれていた、と蓮は未来の手を握る。
未来はつかまれた手を黙って見ていたが、いつもの顔になり、ふっと笑って言った。
「なにそれ?
その口で、あの悪の大魔王も落としたの?」
悪の大魔王って、と苦笑いする。
ついに、『悪の』がついたか、と思ったのだ。
「だって、あの人、ほんとに誰の言うことも聞かないじゃない。
蓮の言うことも」
大魔王だよ、と言う。
「姫が嫌がっても、容赦なく連れ去りそうだよ」
確かに。
好きじゃないときから、一歩も引かなかったな、と苦笑いする。
いや……。
好きじゃないときなんてあっただろうか、と思う。
初めて駐車場で会ったとき、うっかり、めちゃめちゃ格好いい人だと思ってしまった。
初対面で、俺の子を孕めとかいうロクでもない男だったのに。
和博さんが、渚さんより男前だという課長代理のときなんて。
新入社員の研修で出会ったとき、なんて綺麗な顔だと思ったけど、それだけだった。
なにも胸に響いてくるものはなかった。
お前の目はおかしい、という渚の言葉を思い出し、笑いそうになってしまう。
今になって気づいたからだ。
私は最初から渚さんが好きだったんだ。
困ったことに、きっと、一目惚れだ。
そんなことを考えている前で、未来が眉をひそめている。
「まさか、王子じゃなくて、あんな邪悪そうなのに持っていかれるとは思わなかったけどね」
……邪悪ってな。
早くも、悪から邪悪に昇格か、と思いながら、
「未来、たまには、なんか食べに行く?
奢ってあげるよ」
と言い、歩き出す。
「やだねえ、おねえさんぶっちゃって」
そう言いながらも、未来はついてきた。
「社会人ですから」
「太っ腹なこと言ってるけど。
蓮、あのマンションの家賃、払えるの?」
うっ。
「僕、お金貸してあげようか?
結構持ってるよ」
確かに。
往々にして、学生の方が持ってるけどね……。
「奢ってあげるよ、蓮」
とトドメを刺されながら、二人で歩いた。