テラーノベル
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レッスン後、夕方。
詩織は珍しく自分から玲央を誘った。
「ねぇ玲央くん。駅まで一緒に歩いていい?」
「もちろん。帰り道ですし」
二人は並んで歩く。
街灯がぽつぽつと灯りはじめ、風が少し冷たい。
詩織はうきうきした足取りで話し続ける。
「今日のレッスン、玲央くんの言い方優しくて好きだったな〜」
「いつも通りですよ」
「でも……なんか、嬉しかったの。ちゃんと見てくれてるって感じで」
そう言って笑った詩織の横顔は、照明に照らされて本当にきれいで。
玲央は一瞬、言葉が詰まった。
(……綺麗だな)
その小さな感情を、本人だけが気づかない。
◆
踏切の前に来たとき――
カン、カン、カン、と警報音が響いた。
詩織の足がぴたりと止まる。
「あ……」
急に血の気が引いたように、手が震えだす。
玲央「詩織さん?」
「だ、大丈夫……ちょっと……」
声が掠れている。
詩織の視線は踏切の向こうの線路を見ないように逸らし、呼吸が浅い。
玲央はすぐに察した。
(これ……“平気なふり”じゃないな)
その瞬間――
ひゅっ、と詩織の身体が揺れ、玲央の袖をぎゅっと掴んだ。
「や……やだ……音、近い……」
小さく震えながら、泣きそうな声。
普段の強気さは欠片もない。
玲央は迷わず手を伸ばし、
「こっち来てください」
そう言って、詩織を自分の胸へ引き寄せた。
「れ、玲央く……」
「大丈夫です。目、閉じて。
音が怖いなら……僕の声だけ聞いてればいい」
詩織の額が玲央の胸に触れる。
彼の心音が、一定のリズムで落ち着いて響く。
詩織は震えながら、小さく呟いた。
「ごめ……ごめん……弱いとこ、見せたくなかったのに……」
玲央はそっと彼女の頭に手を置く。
「弱いと思いませんよ。
それに……どんな詩織さんでも、僕は支えますから」
「……っ」
その優しい声。
温度。
言葉の選び方。
全部が、詩織の心を溶かしていく。
踏切の音が止むまでの数十秒が、妙に長くて――
でも、玲央の腕の中は、安心で満ちていた。
やがて警報が止まり、静けさが戻る。
玲央は離れようとしたが――
「……まだ、離れたくない」
詩織がそっと、玲央の服を掴んだままつぶやいた。
「もう少し……このままじゃ、だめ?」
玲央はしばらく黙っていたが。
「……いいですよ」
優しく答えた。
(なんで……なんでこんなに、優しいの……
そんなの、好きになるに決まってるじゃん……)
詩織の頬を、ぽた、と涙が滑った。
玲央はそれに気づかず、ただ彼女の背をゆっくり撫で続けていた。
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