いつものように本を読んでいるドラコを、ハリーは後ろから抱きすくめていた。ドラコの控えめなコロンの香りがハリーの鼻腔をくすぐる。
なにもない空き教室に立てられている蝋燭だけが、ゆらゆらと揺れていた。
活字を追うドラコの表情は真剣そのもので。
音のない世界を破ったのはハリーだった。
「ねぇドラコ」
そう呼びかけられて、本を閉じて横目でハリーを見る。
「ドラコはこう在りたいって目標あったりする?」
余りにも抽象的な質問にドラコは疑問符を浮かべることしか出来なかった。
そんなドラコを見てハリーはひとつ息をつく。
溜息ともとれるそれにプライドを刺激されてしまい、少し苛立ちを覚えながら問い返す。
「……例えば君はどうなんだ?」
棘のある言い方をしたつもりだったが、ハリーはなんともない様に笑顔を浮かべた。
「僕ね、強くなりたいんだ
もっと英雄らしく居られるように」
そうすればみんなから裏切り者に向ける視線は買わないだろうからさ、そう言ってハリーは笑顔を崩した。
何処までも抽象的だな、とは思うがハリーの言っていることは分かる。
彼らしい答えに上がった口角を隠すことはしなかった。
ハリーの内側を覗き見た気分になるのは仕方ないだろう。
柄にもなく黒い独占欲が渦巻くのが分かる。
「そうだな…僕も強くなりたい」
「ドラコからそんな言葉が出てくるのは意外だな。なんでなの?」
純粋に尋ねるハリーにドラコの気持ちは野暮だろう。
──彼が英雄になろうとも隣にいたいなんて
ハリーはそんな未来まで見据えていないだろう。
それでも、君の隣を奪い去れるだけの強さがあったなら、どれだけ良いだろうか。
……そんなこと、口が裂けても言えないのだが。
「君に負ける訳にはいかないからね。
グリフィンドールに負かされるのは気に食わない。僕ももっと強くならないといけないな」
ふん、と鼻で笑うとハリーは楽しそうに笑った。
心の奥底まで見透かされているような気がしてむず痒い。
閉心術は得意なので覗かれるようなことにはならないが。
負かされるのは気に食わないのは本当だ。
でも───ハリーには強くなっていて欲しい。
苦しそうな顔より、笑っている顔の方がずっと似合う。
惚れた弱みだな、と自嘲気味に思う。
せめて今は、と抱きついているハリーに体重を預けた。
───────────
大きな暖炉の中で薪が弾ける音がこの空間を支配している。
本を読んでいるドラコは、何も言わずに抱きついてきた恋人を横目で見やった。
今日は本当は2人で出かける予定だったのだ。
ドラコに急患が入ってしまい、家に帰ってきたのはとうに夕食の時間をまわったところ。
ハリーは不満があると直ぐに口に出すタイプなので暫く待ってみたが、何か言う素振りはない。
この状態がハリーの機嫌の悪さから来るのなら、生憎原因は分かりきっている。
折角合わせた休日が潰れてしまった、それが不満なのだろう。
……懺悔待ちかもしれないな
「ハリー……今日は君と1日過ごせると言っていたのに…申し訳ない」
声を掛けられたハリーはぱちり、ひとつ瞬きをして視線を上げた。
「あー、そうだったね。でもこうやってゆっくりするのもいいんじゃない?」
ハリーは、ふわりと黒髪を揺らしてドラコの頬に擦り寄る。
そんな様子を見ていると機嫌は悪くないようだ。
むしろ普段よりも良い。
…違ったのか。
他に心当たりがあることなんて無いんだが…
そんなドラコの思考を読んだかのようにハリーが少し笑った。
「僕も急に仕事が入ることだってあるし、そこはお互い様。ちゃんと分かってるよ」
「じゃあ何故なにも言わない?」
あぁ、そういうこと?
ドラコの懺悔の意味を今理解した、という風に視線を逸らした。
「…..ちょっと昔を思い出してただけだよ
こうやって本を読んでる君を見ていた日もあったなって。
そうだ…僕、君に強くなりたいって言ったことがあるんだけど覚えてたりする?」
そういってドラコの首に巻いていた腕を解き、視線を合わせた。
「もちろん覚えているさ、君は背負っていた大役をやりとげた。強くなったと言えるんじゃないのか?」
「あぁ…それも理由のひとつではあったんだけど」
「?」
歯切れ悪く頬をかくハリーに首を傾げる。
英雄らしくいられるように、強くなりたいと言っていた記憶しかない。
他になにか理由があったのだろうか?
ハリーは指をゆっくりとドラコの指先に絡めた。
暫く感触を確かめるように触った後、ふと、口を開く。
「ほんとはね…いつまでも君の隣にいたかったんだ。
だから強さが欲しかった。
闇の帝王も倒せて、世界から君を連れ出せるだけの、強さが」
「!……」
どくり、心臓が脈打つ。
真っ直ぐな翡翠に射抜かれた。
指先まで熱が回る。パチパチと音を立てる暖炉の為か、それとも。
同じ、だったのかもしれない。
抱えていた気持ちの大きさも、強さを求めた理由も。
あの頃感じていた寂寥感は僕だけのものではなかったのか。
ただ2人空回りして、それでも隣にいた。
…お互いが好きで、手放せなかったから
頬が緩まるのを感じた。
「……僕も嘘をついたんだ。あの時」
ぱちくりと瞬きをして此方を見やるハリーを見つめる。
暖炉の火を移して煌めく翡翠が、世界で1番綺麗だと思う。
「強くなって、誰が反対しようとも、君の隣を奪い取りたかった。
真逆ハリーも…僕と同じ理由だったなんてな?」
口角を上げてそう告げるとハリーの頬はみるみるうちに赤くなった。
ハリーはえ、な、ドラコも?なんて言って視線を彷徨わせている。
絡めた指を、ゆっくりと握る。
同じになった体温に睫毛を伏せた。
小さく握り返してくるハリーに柄にもなく胸が高鳴る。
僕の恋人はどれだけ僕を虜にすれば気が済むのだろうか。
そんな事を思い、紅い唇にキスをした。
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