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「”彼女”は、見失い始めていた
彼女自身も気づかないうちに…
彼女は…”鬼”になり始めていたんだ…」
向き合う2人。
T・ユカはアレスを見下ろす。アレスはT・ユカを見上げる。
「セイレーンだな」
「………アレス」
「てめぇの名なんざどーでもいい。どうせ今から死ぬんだからな」
アレスは無言でT・ユカを指さした。
「『死ぬのはお前だ』ってか?アタシは死なねぇよ。てめぇらを皆殺しにするまでは、な」
次の瞬間、T・ユカはアレスに襲い掛かった。片手には拳が形成されている。
”貫く”つもりだ。
しかし、アレスは微動だにしない。
そして、あれすの胸部は、T・ユカの風穴形成によって貫かれた。
「ハッ、大したことねぇな」
そうは言ったものの、T・ユカはどこか違和感を感じていた。
全く手ごたえがしなかったのだ。
「!!」
次の瞬間、T・ユカは理解した。
「まさか、”空けた”のか…!?」
「………チェックメイト」
穴に向かって氷が集まっていく。
T・ユカの片腕が氷によって拘束されてしまった。
その一部始終をT・ユカは確かに見た。そしてアレスに向きなおろうとした。
その直後、彼女の顔面に向かって容赦なく拳が飛んできた。
「ブッ!!」
顔全体に大きな衝撃が走った。雪原に血が飛び散る。
次は蹴り。腹部から全体へと衝撃とともに痛みが走る。
一瞬意識が飛びかけたが、T・ユカは何とか持ち直す。
しかし、そんなT・ユカにお構いなしの連続攻撃が下った。
1分たったころ、突然T・ユカは拘束を解かれた。
フラフラになりながらもT・ユカは距離をとる。
アレスの胸部の穴は氷によって埋められ、氷が消えたときには元通りになっていた。
「なぜ拘束を解いた…?情けのつもりか?」
アレスは何も言わない。
この間にT・ユカはアレスの超越能力の内容について整理した。
アレスの超越能力はおそらく『冷気』。そして、彼の身体は冷気の象徴である『氷』を宿している。
自身の身体に穴をあけ、器官を移動させるとともに、氷で壁を作ることで器官を身体の中にとどめる。
そして、穴に通ったものを氷とともに拘束することができる。
「どうやったら殺せる…?」
なかなか答えが出ない。
ひとまずT・ユカは攻撃に出た。
今度繰り出したのは、蹴り。
だがアレスは、T・ユカの攻撃をかわす。
「!?」
もう一度蹴りをお見舞いする。これもアレスはかわした。
「………」
T・ユカはその後、無言で風穴形成を繰り出した。
以前と同じように胸部を貫くと、氷によって拘束されてしまった。
「うッ…おおおおおおお!!」
T・ユカは、拘束がなんだという勢いで殴りかかった。
アレスはそれを受け流す。
その間にできた隙を生かし、T・ユカはアレスの脇腹に蹴りを入れた。
少しアレスの体勢が揺らいだ。
だが、すぐに体勢を立て直すと、アレスはT・ユカの胸部に肘打ちを仕掛けた。
とてつもない一撃を喰らったT・ユカは一瞬、息が文字通り切れかけた。
そのとき、T・ユカの頭が下がりかけた。
この瞬間を狙ったアレスは、T・ユカの顔面に膝蹴りを入れた。
その衝撃でのけぞりかえりそうになったT・ユカ。
次の瞬間、拘束が解けた。
この機を逃さなかったT・ユカは、のけぞった勢いで、アレスの顔面に蹴りのアッパーをお見舞いした。
アッパーを食らったアレスは少し吹っ飛び、雪原の上を転がった。
アレスの足元に血が落ちる。
「一つ…聞きてぇことがある」
「…?」
「アタシらの一族が殺されたのを知った時、どう思った?」
「…………『そうか』、と」
「じゃあ…アタシらんこと…どう思ってた…?」
T・ユカの声は震えている。
「………反乱者、または愚か者……下等民族」
最後の一言だけ、小声でボソッと言っていたのだが、T・ユカの耳には確かに届いた。
「アタシは…?」
「………劣等人種の死に損ない」
「……ふっ…ふっふふふふ……あははははははははははははははははははははははは!!!!!」
「……うるさい」
「はははは…は…はぁ…なァんだ…」
このとき、彼女の中にあった迷いが消えた。『消えてしまった』。
T・ユカは再びアレスに殴りかかる。再びアレスは彼女を拘束する。
そのとき、すでにT・ユカはもう片方の手で殴りかかろうとしていた。
アレスは片手で氷の盾を作る。盾の表面には無数の小さな針がある。
T・ユカは思いっきりそれに一撃を加えるが、ビクともしない。
アレスは安堵のため息をついた。
だが、T・ユカの攻撃は止まらなかった。
T・ユカは攻撃を続けながら喚き散らし始めた。
「死ね!!死ねよぉ!!死んでくれよぉ!!!!なぁ死ねって!!死ね!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!死ねぇ!!!!」
攻撃は狂ったように続く。
だんだんと氷の盾が血に染まっていく。
そんな状況でも彼女は攻撃を止めることはない。
このとき、アレスは初めて”何か”を感じた。
ついにアレスは拘束を解いてしまうと、T・ユカを蹴っ飛ばした。
アレスの息遣いが荒くなり始めた。
T・ユカは蹴っ飛ばされながらも、考えていた。
アレスは殴りかかった時”だけ”、自らの身体に穴を作り、拘束する。
そして、拘束は1分で解かれる。
セイレーンは”ああいうヤツら”だからきっと感情的な要因でそうしたのではない。だとすると…。
ここまで考えるとT・ユカはユラリと立ち上がった。
だとすると、アレスが他人を拘束できるのは1分の間だけ。
そして、拘束の間、攻防を繰り広げたことを踏まえると、拘束のために空けられる穴は一つだけ。
その穴のサイズは最大拳一つ分。
セイレーンは”ああいうヤツら”だからどう残酷に殺そうが自由だ。
これなら…
「殺せる…!」
そう言いながら、T・ユカはアレスを見据えた。
アレスはその瞬間のT・ユカの形相を目にすると、戦慄した。
直後、ニヤついたT・ユカが目の前に現れた。
あまりの不気味さに冷静さを欠いてしまったアレス。
T・ユカがなんども蹴りをかましてくるのをアレスは何度も回避する。
が、次の瞬間、何かがそれを阻んだ。
アレスは背後を見た。『見てしまった』。
背後にあったのはただの岩の壁。
この一瞬の隙がアレスを”終わらせた”。
次の瞬間、アレスの頭部にT・ユカの手刀がめり込んだ。
T・ユカによって脳を真っ二つにされたアレスは、即死してしまった。
断面に種子を仕込んだT・ユカは、植生形成で木を生やした。
メキメキ、バキバキという音とともに、アレスの頭部は血しぶきを上げながら木の根に浸食されてしまった。
「いいぜェ…。いまのオマエ…最ッ高だよ…。”下等民族”、”死に損ない”にやりたい放題やられてどんなキブンだァ…?なァ…」
そう言って、T・ユカは笑った。笑って、笑って、笑って、笑った。
笑い声は、吹雪とともに、山中に響き渡った。
T・ユカは、もはやT・ユカではなくなった。
そこにいるのは、ドス黒い炎を宿す”鬼”だった。