「”このとき”、改めて気づかされたんだ
自分が今までやってきたこと…
それが、”仲間殺し”なんだってな…」
中東を過ぎ、欧州へとティエラは足を踏み込もうとしていた。
そのときだった。
岩陰から何者かが出てきた。セイレーンだ。
「…ウラヌスか」
ウラヌスは何も言わずにティエラを見据える。
彼は生まれつき、言葉が話せない。
「全く…。その調子じゃ、相変わらずしゃべれないようだな。…………今の俺を見て、どう思う?」
ウラヌスは拳を静かに握りしめた。彼は感情表現も苦手である。
「なるほど…。それも仕方ないだろう…。…容赦はしない。いいな?」
コッチのセリフだと言わんばかりに、ウラヌスは襲いかかってきた。
ティエラは少し距離をとりながらダイヤモンド・ソードを錬成する。
(ウラヌス…。お前の体術は確かに凄い…。だがな…)
ティエラはほんの少しの隙をついて剣を突き出す。
(その半分を教えたのが、俺だということ…お前は覚えているか?)
突きは少し外れた。ウラヌスの頬に切り傷ができる。
セイレーンは、生まれた時からその両親から引き離され、訓練施設に入れられる。
そして、”来るべき日”のために厳しく鍛えられるのだ。
そんな中、当時の教官であったヴィレイの頭を悩ませていたのが、ウラヌスだった。
いくつになっても言葉が話せず、表現力も乏しい。そんな彼の訓練を支えたのが、ティエラだった。
7歳の”あの日”まで、ヴィレイと試行錯誤し続けた。
その内容は『反重力物質研究所』に行って重力の真理を学んだり、体術でもボディーランゲージを駆使してできるだけ分かりやすく内容を伝えるなど、だ。
それらの過程を経て、ついにティエラ、そしてヴィレイの二人は無事、ウラヌスを立派な一人のセイレーンとして育て上げることに成功した。
ウラヌスは心の底でティエラを尊敬していた。
いつかティエラのようなセイレーンに…と、思っていた矢先のティエラによる突然の裏切り。
彼は、東部地方でティエラと再び対面した時、様々なものを味わった。
それは『怒り』だった。
仲間であるはずの、まして、一番ティエラのことを気にかけてくれていたユピテルを殺したティエラへの怒りだった。
それは『悲しみ』だった。
今まであんなに尊敬していたティエラに裏切られたことへの『悲しみ』だった。
そして、それらは今もウラヌスの中で混ざりあい続けている。
そんな時だった。
ついにティエラの剣の刃先がウラヌスの腹部に到達しようとしていた。
「…………!」
ここでついにウラヌスは能力を発動させた。
腹部に向かって突撃する刃。しかし、到達する直前、ティエラは力が急に入らなくなった。
(…ついに使ったか!ウラヌスのヤツ…腹を括ったというわけだな…)
次の瞬間、力が入らず、悪戦苦闘するティエラの頭に、容赦なくウラヌスの拳が振り下ろされた。
とてつもなく”重い”一撃。辺りの大地には、クレーターが形成された。
ウラヌスの超越能力は、『重力』。自分自身か、半径50㎝の範囲に重力をかけられる。
それは、とてつもなく”重い”重力でもあり、とてつもなく”軽い”無重力に近い重力でもある。
相手が”軽い”重力を喰らえば、普段よりも力が入りにくくなり、自分に”重い”重力をかければ、とてつもない攻撃力・防御力を発揮するのだ。
さっきのティエラのように、垂直に近い角度から攻撃すれば、効果はなお良い。
(まさに『重力人間』だな)
ふらつきながらもティエラはそう思った。頭から血が滴る。
(だが…)
次の攻撃をティエラはかわす。
(重力をかけられる対象は一つだけ…!)
ティエラはウラヌスの攻撃をかわし続ける。
叩きつけられた大地に次々とクレーターが形成されていく。
だんだんと体力が削れてきたティエラ。
(10分以上もかわし続けると疲れるものだな…)
「グッ!?」
そんな彼についに攻撃が入った。
垂直ではなかったにせよ、”重い”攻撃であることに変わりはないため、激しい衝撃と痛みがティエラを襲った。
そんな彼を、ウラヌスはお構いなしに蹴っ飛ばした。
ティエラが起き上がろうとしたそのとき、目の前にはウラヌスが立っていた。
絶体絶命…と思われたその時だった。
「…ウラヌス。何か言い残すことはあるか?」
「?」
「…いや、お前は話せないのだったな」
「…………」
「『何を言ってるんだ?』という顔だな。そんなお前に一つ、良いことを最期に教えておいてやる」
「……?」
「セイレーンたる者、地理の学習を怠らないことだ」
そう言うと、突然ティエラは地面をえぐりながらウラヌスを引っ搔いた。
突然の攻撃に戸惑いながらも腕でガードするウラヌス。
彼の白い腕に引っ掻き傷ができた。少し血も出てきている。
ウラヌスはティエラにトドメを刺すため、自らの身体に最大限の”重さ”の重力をかけた。
そのときだった。
ウラヌスの身体に異変が起きた。
ウラヌスは倒れ、激しく痙攣し始めた。
「許せ…ウラヌス」
そう言うと、何も抵抗できないウラヌスを、ティエラは剣で貫いた。ウラヌスは吐血し、息絶えた。
その一部始終をティエラは静かに、ただ見つめた。
「ウラヌス…お前は『重力』という”強み”を手に入れた。だが、それと同時に『重力』であるが故の”弱み”も手に入れてしまっていたんだ」
そう言うと、ティエラはウラヌスの屍を置き去りにして、再び『エレノイア』に向かって歩き出した。
実は、ウラヌスがティエラにトドメを刺そうとしていた場所。その地下には”あるモノ”が研究用に保存されていた。
それは重力に抗う性質を持った唯一の物質。所謂『反重力物質』である。
ティエラはウラヌスを引っ掻いた際に自らの手に反重力物質を集めており、それらをウラヌスの傷口を介して体内に侵入させたのだ。
結果、『重力』そのものであるウラヌスは、過剰なまでの拒絶反応を起こし、まともに身体が動かせなくなってしまっていた。
そして、ティエラがウラヌスの攻撃を交わし続けていたとき、既にこの作戦は始まっていた。
ティエラは、ウラヌスの攻撃をかわしながら『反重力物質研究所』周辺へ向かっていたのである。
ウラヌスがティエラを蹴っ飛ばしたのは、結果的にティエラの作戦の手助けをしてしまったということになる。
初めから、勝負は決していたのだ。
ティエラはこの一戦をきっかけに、改めて自身の行いの罪深さを実感した。
そして、より一層、自らの目的のためにその身を尽くすという覚悟が定まった。
結局ウラヌスは、最期の最期までティエラに感謝の気持ちを伝えることができないまま、その一生を終えたのだった。
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