テラーノベル
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次の日の朝、馬車の中にはリリアはいなかった。どうやらリリアは、今日もセシルの馬車を使用するようで、その旨を御者に伝えられた時、ナーシャは思わず心の中で歓喜した。
「では、このまま出発してください」
心の中の歓喜を億日にも出さず、御者に告げて扉が閉まると、ナーシャは満面の笑みをセリナに向けた。
「お嬢様、良く我慢なさいました」
そういうセリナも笑顔が弾けていた。
たかが10分、されど10分。少しでも快適に過ごせるならそれに越したことはない。
そしてこの日の幸運はそれだけでは終わらなかった。
馬車停りに着いてナーシャを見送ろうとするセリナに、見知らぬ侍女が近付いてきて耳打ちした。その様子を見ていたナーシャは心配で、そのままその場に立っていると、セリナはその侍女に頭を下げてから、ナーシャの側にやって来た。そして口元に手を当てる。それは耳をお貸しくださいという合図だ。
それを見てナーシャは少しだけ膝を折って、セリナが耳打ちしやすいようにする。
「お嬢様、書類が整ったそうです。本日のお昼に前回の面談室でお話があるそうです」
セリナの耳打ちに、ナーシャは目を見開いてから頷いた。こんなにも早く準備が終わるとは思っていなかった。先程の侍女が何処の家の者かナーシャは知らないけれど、ハリスの伝言を伝えてくれるという事は、ルオン公爵家の者かもしれない。
だが、ふとそれは違うと思ったが、今はそれを気にする事は止めた。
「分かったわ」
そう言って、ナーシャはそのまま学舎の方へと向かった。学舎に繋がる廊下にはシンシアの姿が見える。彼女はきっとここでナーシャの馬車を待っていてくれたのだろう。
リリアとともに来た時は、いつもリリアが先に降りるから、きっとその時は直ぐ様駆け付けてナーシャを助けてくれようとしていたのだと想像できた。
そんな親友の気遣いに、ナーシャはいつも助けられているのだと、改めて彼女に感謝の気持ちが湧く。
「シンシア、おはよう!」
そんな感謝の気持ちを込めて、ナーシャは少しでも親友が安心してくれるように、朗らかに朝の挨拶をした。
◇◇◇
昼休み、前回と同じくナーシャはシンシアとともに面談室に行こうとしたが、それはやんわりとシンシアに断られた。
シンシア曰く、前回は後見人がはっきり決まっていなかった為、シンシアも同行していたのだという。今回はルオン公爵家が後見人と決まっているため、それ相応の話し合いもあるはずだから、部外者は遠慮するとはっきり言われてしまった。だが、シンシアの言葉は、当たり前の事で、ナーシャはいくら親友といえども、自分が甘えすぎていたと恥じ入った。それでもシンシアは、困った事があるなら相談には乗れるからと、言葉を添えてくれた。
「ナーシャ、また一歩よ」
シンシアに送り出されて、ナーシャは一人で面談室に向かった。部屋には、ハリスとハリスの従者、そしてセリナが既に到着していた。
事務員の人はまだ来ていないらしい。
ハリスに促されナーシャは彼の隣に座った。
「父上の手紙を読んでくれましたか?」
「はい、読みました」
「何か質問はありますか?」
「⋯⋯」
ハリスはナーシャが何を聞いてくるか知っているような口振りだったため、思わず口にするのをナーシャは躊躇ってしまった。だが、ナーシャは聞かなければならない。
「あの、養女の件なのですが、何故でしょうか?そこまで配慮して頂くのはとても有り難いのですが、その事でご迷惑をおかけするかもしれなくて、申し訳ないのです」
「父から、貴方はきっとその事を気にするだろうと聞かされていましたから、ちゃんと答えは聞いています。今から説明しますね」
それからハリスは養女の件を説明してくれた。
今回の卒業資格試験の事は、オリジエル侯爵家からすれば、聞いていないのだから知り得ない。ナーシャの成績や取得学習内容を考えても、十中八九資格試験は合格する。
その時点で直ぐに除籍は可能で、ナーシャが除籍すれば今のままでいったら平民になるのは当然だ。だがもし今、進行系で婚約の話しがオリジエル侯爵家から何処かの貴族家に打診をしていたら、ナーシャが相手の貴族家に不敬を働いた事になる。
そこまで聞かされてナーシャは、自分の血の気が引くのが分かった。言われてみればその通りだった。婚約の打診をされた令嬢が、そのタイミングで除籍すれば、相手を嫌がってしたと疑われるのは当然で、その行為だけで不敬と言われても平民のナーシャではしょうがないのだ。勿論話を持っていったオリジエル侯爵家も何らかの咎めはあるかもしれない。
「オリジエル侯爵家が、火の粉を被るのは自業自得と父も思っていますから、相手の貴族家に報復されようがどうでもいいのです。ですが、貴方にその相手から嫌がらせがあるやもしれない。確かに我が家が後見人という形であれば、そこまで大きな事はされないかもしれない。ですが我が家の力が及ばない家もあります。例えばこの国では無い貴族家とかですね。それに、後見人という立場だけでは、貴方の婚姻に表立って口出しはできません。その隣国の貴族家が貴方を強引に連れ去って婚姻しても手が出せなくなる。そんな事になれば、|卒業資格試験《この事》事態が無意味なものになる。分かって頂けますか?」
ハリスの説明で、ナーシャは自分の立場をかなり安易に捉えていたと、浅はかだったと反省した。ナーシャは今この国の侯爵令嬢だ、他国に嫁ぐのも充分可能な立場だった。
少なくとも今までは高位貴族という“家”の中で、内情は如何あれその立場は守られていたのだ。それが一歩踏み出せば、途端にその牙城は崩れさってしまう。
庇護の無くなる元貴族令嬢ほど、その身は軽く扱われる。
“後見人より養女”という、しっかりとした立場に置いてくれようとする従兄おじに、ナーシャは胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます。私が甘かったと思います。謹んでその温情に縋らせて頂きたく思います」
ナーシャはハリスに深々と頭を下げた。
そんなナーシャを見つめながら、ハリスは一つ息を吐き呼吸を整えた。|ルオン公爵《父》から託された大仕事を、無事に遂行出来た事にホッとしていた。
コメント
1件
ナーシャ、今日はリリアがいなくてちょっとした自由を味わえたし、書類が整ったって知らせもあって、一歩前進って感じがして良かったね!でもハリスからの説明で、後見人じゃなく養女の形を取る理由がこんなに深いなんて…。自分が思ってたよりずっと立場が危ういって気づくシーン、すごくリアルでハッとしたよ。シンシアの気遣いもあったかいし、物語が着実に進んでて続きが気になる!