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その後、事務員が入室して、全ての書類に目を通して、無事に資格試験の許可が正式に学園長から出された。
「オリジエル侯爵令嬢。書類が全て整いましたので、明日試験を行います。時間は60分与えられ終了後直ぐに採点も行われます。試験官は今までの方達と同じく、王宮から宰相補佐が来園されて付いてもらいます。採点は私が行います。その後、合否の通達が行われ、合格であるならばオリジエル侯爵令嬢の場合は、その時点で除籍ないし移籍の書類提出を行えます」
「その場でですか?」
「はい、オリジエル侯爵令嬢の様な理由で資格試験を受ける場合は、早さが求められますので、書類を直ぐに提出、認可してもらう方向で動くようになるのです」
ナーシャは、この制度があって救われた貴族子女が何人くらいいたのだろうかと、思わず考えてしまった。きっと貴族の家には其々に理由が有り、今までにもナーシャの様な人が複数名いた事を感じられた。
だから試験官が王宮から派遣され、その役職が宰相補佐なのだと理解できた。
「ありがとうございます」
「まだ、受かっていませんよ」
学園長は、少し苦笑しながらそう言ったが、内心では合格するだろうと思っているのが、顔に現れていた。それは側にいた事務員も感じた。
「オリジエル侯爵令嬢、それでは今夜のうちに父にもそう伝えますね。明日は貴方の署名だけで済むように準備も整えておきます」
「はい、わかりました」
ハリスの言葉に返事をしてから、ナーシャはその場で皆に深々と頭を下げた。
本当に心から感謝していた。
家を出ると決意したのが、父であるオリジエル侯爵から婚約解消を告げられた日だ。
決意してからあっという間にここまで来た。
ナーシャは、決して自分一人ではこんなに早く進めることが出来なかった事を、分かっている。そして周りの支えで、自分は動く事ができた事も。
◇◇◇
明日試験が行われる。
その夜ナーシャは、最後にもう一度確認の意味もあって、学園入学前に家庭教師に習った事を書き付けたノートを自分の机で開いていた。
暫く集中していると、背後から、部屋のテーブルにお茶菓子の皿が置かれた小さな音と、茶葉を蒸すいい香りが漂ってくる。
そのタイミングでセリナから声が掛けられた。
「ナーシャ様、少しご休憩されてください」
その声と茶葉の良い香りに乾いた喉が刺激され、ナーシャは一度ブルリと頭を振ってから立ち上がった。
部屋の中央に置かれたソファセットは、祖母が亡くなる前にナーシャの為に見立ててくれた物だ。
ソファに座ると、ナーシャは何となく祖母に抱かれているように感じられた。
「この家具は置いていかないといけないわね」
お茶を一口飲んでから、少しだけ惜しむ気持ちが浮かんでくる。
明日試験に合格すればこの家を出る事になる。その時ナーシャは、この部屋の家具は置いていかなければならない。何故なら鞄には、こんなに大きな家具は入らないからだ。
そんな当たり前のことが悲しい。
この部屋には祖母の思い出が多いのだ。今の本邸には祖母の痕跡が無かったかのようになっている。亡くなった時に父がそうしたからだ。だけど流石にナーシャの部屋までは、そうならなかった。だから今、この邸の中でナーシャと祖母の繋がりを保てて要られるのはこの部屋だけだった。
「ナーシャ様、《《自由になられましたら》》何をされたいですか?」
少ししんみりと感傷に浸るナーシャに、セリナが元気付けるように尋ねてくれた。
「そうね。そうね私は、何がしたいかしら?」
自問自答を呟いたあと、その言葉は自然とナーシャの口から溢れた。
「⋯ジェスト様に会いたいな」
ナーシャの溢れた小さな言葉を、セリナはしっかりと自分の耳で捉えた。
ナーシャの方は思わず溢れてしまった言葉に、自分で驚いたあと、恥ずかしそうにセリナに言い訳し始めた。
「あっ!その⋯でもジェスト様は6歳も年上だったから、私のことなどもう忘れてしまっているでしょうね。それに結婚されていてもおかしくないお歳だし」
「ナーシャ様、ジェスト様をお忘れではなかったのですね」
セリナの言葉にナーシャは顔を真っ赤に染めた。ジェストと婚約解消してから、既に3年近い日が過ぎている。それなのにいつまでも前の婚約者の事を忘れていない事を、ナーシャは自分の未練がましさに、少し恥ずかしい気持ちになった。
でも⋯と考える。
ナーシャが5歳のときからの婚約者は、その時からナーシャの側にいた。始めはセシルの従者として、ジェストは遠い地にある子爵領からこの邸に来た。そして祖母がその彼の資質を認め、ナーシャの将来を託すように、ジェストとの婚約を結んでくれたのだ。
いつしかセシルの従者は辞めていたが、ナーシャとの婚約は変わらず続いていた。
いつもナーシャが一番楽に息が出来る様にしてくれた人だ。祖母に叱られても、忙しい父にあまり構ってもらえなくて寂しい気持ちが湧いても、兄のセシルよりも多く側で静かに支えてくれた。
だが、そんな事を考えても時間はもう元には戻らない。ジェストとの道はもう途絶えてしまっているのだから。そして思う。
(こんなに気持ちを残してしまっていたから、ローラン様に私の気持ちを見透かされていたのかしら?)
リリアに心変わりされてしまったナーシャは、今までその事に思い至らなかった。
それなら、心変わりされても仕方なかったのだろうと、ローランに対しても踏ん切りが付いた。そしてセリナに答えを返す、それはナーシャの本心だった。
「忘れたりなんか出来ないわ」
セリナは、ナーシャの本心をしっかりと受け止めて微笑んだ。
コメント
1件
うわああ第15話、めっちゃ沁みたよ😭✨ ナーシャが祖母の家具を置いていけないって惜しむところがもう、胸ギュッてなった…!そしてセリナに問われてぽろっと「ジェスト様に会いたい」って本音こぼれるのエモすぎるでしょ。3年経っても覚えてる初恋の重みと、それを恥ずかしがるナーシャの気持ちがすごくリアルで、続きが気になって仕方ないよ…!明日の試験、絶対受かってほしいな〜🌸