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第十六話「ひとりじゃ抱えきれなくて」
放課後。
「今日、どこ行く?」
小太郎がいつも通りの声で聞いてくる。
「……どこでもいいよ」
山本美憂は、少しだけ曖昧に答えた。
ここ最近、何度も繰り返してきたやり取り。
でも——
今日は、少しだけ違った。
⸻
夕方。
静かな川沿い。
人も少なくて、風が気持ちいい場所。
「ここ、好きなんだよね」
「……いいとこだね」
ベンチに座る。
沈黙が流れる。
でも、不思議と気まずくはない。
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「山本さん」
「ん?」
名前を呼ばれる。
少しだけ、真剣な声。
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「俺さ」
小太郎が、ゆっくり言葉を選ぶ。
「この三週間、一緒にいて思ったんだけど」
「……うん」
「やっぱり、好きだ」
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はっきりした言葉。
逃げない目。
真っ直ぐな気持ち。
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「ちゃんと、付き合ってほしい」
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風が、少し強く吹いた。
髪が揺れる。
心も、揺れる。
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(……ああ)
来た。
いつか来ると思ってた瞬間。
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普通なら。
嬉しいはずの言葉。
ちゃんと向き合うべきもの。
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でも——
「……ごめん」
自然と、言葉が出た。
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小太郎が少しだけ目を見開く。
「……理由、聞いてもいい?」
責めるでもなく。
ただ、知ろうとする声。
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(……ちゃんと、言わなきゃ)
逃げちゃダメだ。
ここまで来たんだから。
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「私さ」
ゆっくり、口を開く。
「幼馴染と、一緒に住んでるの」
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「……え?」
驚きは、当然。
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「ずっと一緒にいて」
「なんでも話せて」
「……多分、ずっと前から好きで」
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言葉にするたびに。
胸が、締め付けられる。
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「でも、お互い言えなくて」
「そのまま、ここまで来ちゃって」
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少しだけ、間を置く。
呼吸を整える。
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「その人が——佳」
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「……高橋?」
「うん」
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さらに驚いた顔。
でも、小太郎は何も言わない。
ちゃんと、聞いている。
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「……でね」
声が、少し震える。
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「佳、今——」
喉が詰まる。
言いたくない。
認めたくない。
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でも。
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「……病気なの」
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空気が、一気に変わる。
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「肺がんで」
「余命、宣告されてて」
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言った。
全部。
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その瞬間——
涙が、溢れた。
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「……っ」
止まらない。
抑えられない。
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「ずっと隠されてて」
「最近、知って」
「でも……聞けなくて」
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言葉が、ぐちゃぐちゃになる。
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「一人で抱えるしかなくて」
「どうしたらいいか分かんなくて」
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声が崩れる。
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「……だから」
小さく、続ける。
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「小太郎くんに、甘えた」
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全部、吐き出した。
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「……ごめん」
最後に、それだけ。
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沈黙。
風の音だけが響く。
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小太郎は、すぐには何も言わなかった。
ただ——
少しだけ俯いて。
考えている。
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「……そっか」
やっと出た言葉は、静かだった。
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「それは……」
一瞬、言葉を探す。
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「きついね」
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その一言で——
また涙が溢れそうになる。
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軽く扱わない。
無理に励まさない。
ちゃんと重さを理解した言葉。
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「……ごめん」
もう一度言う。
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「なんで謝るの」
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「だって……」
「俺に頼ったんでしょ?」
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顔を上げる。
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「いいじゃん、それ」
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「え……」
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「一人で抱える方が、よっぽど無理あるでしょ」
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まっすぐな目。
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「俺じゃ力になれないかもしれないけど」
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少しだけ笑う。
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「話くらい、いくらでも聞くよ」
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その言葉に——
胸が、ほどける。
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「……いいの?」
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「うん」
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迷いのない返事。
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「好きって気持ちは、変わらないけど」
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一瞬、照れたように笑って。
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「それとこれとは別だから」
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その距離感が、優しい。
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「……ありがとう」
涙混じりに、そう言う。
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「無理すんなよ」
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「……うん」
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その日。
美憂は初めて——
“誰かと一緒に背負う”ことを、選んだ。