※BL
最近残業が多くて疲れがたまっている。
仕事の疲れが肩に重くのしかかり、サトルはオフィスのデスクでため息をついていた。
高身長でスーツがよく似合う彼は、大人っぽい落ち着いた雰囲気と優しい笑顔で同僚たちに慕われていた。
柔らかな声で
「今日は早めに切り上げようかな」
と呟いていると、同僚の一人がニヤリと笑って近づいてきた。
「サトルさん、今夜、空いてる?ちょっと面白いバーに誘いたいんだけど」
「バー?」
サトルは少し首をかしげたが、同僚が目を輝かせて続ける。
「そこ、ただのバーじゃないよ。絶世の美男子が踊っててさ、気に入った男がいたら…なんかいいことがあるらしいぜ…お酒も美味いし、行ってみない?」
サトルはあまり乗り気ではなかったが、
「まあ…酒でも飲んでリラックスしたいな」
と軽い気持ちで頷いた。
夕暮れが街を包む頃、サトルは同僚に連れられてそのバーに足を踏み入れた。薄暗い店内にはジャズの旋律が流れ、カウンターには色とりどりのボトルが並び、客たちの笑い声が響き合っていた。
サトルが
「雰囲気のいい店だね」
と同僚に言うと、彼は意味深に笑って奥のステージを指さした。
「ほら、あそこ見てみなよ。あいつが噂の美男子だ」
サトルが視線を向けると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。
ステージに立つのは、目元だけを覆う黒い仮面をつけた人物だった。長い髪が肩に流れ、女性用のタイトなドレスがその体にぴったりと沿い、まるで女性かと見紛うほど華奢で美しいシルエット。だが、その動きには力強さと色気が宿っていて、ポールに絡みつくように踊る姿は観客を魅了していた。彼の名前は「葵」。バーの常連たちの間で「絶世の美男子」と呼ばれ、夜ごと多くの男性を虜にしていた。
葵はポールを軸に優雅に体を旋回させ、観客席に向かって微笑みながら手を振った。恥ずかしがり屋な性格を隠すように、舞台上では大胆に振る舞い、ファンサービスも欠かさない。すると、前列の男が興奮したようにお札をステージに投げた。葵はそれを軽やかに拾い上げ、
「ありがとうございます…」
と甘く囁きながらその男に近づき、頬に軽くキスを落とした。男は顔を真っ赤にして倒れ、周囲から笑いと歓声が上がった。それをきっかけに、次々とお札が葵に投げられ、彼は嬉しそうに目を細めて踊り続けた。
サトルは少し離れた椅子に座り、静かにその光景を見つめていた。グラスの中のウイスキーが揺れ、氷がカランと音を立てる。葵のしなやかな動き、仮面越しに見える柔らかな目元、ドレスから覗く白い肌――すべてがまるで夢のように美しく、サトルの心を静かに奪った。
「綺麗だな…」
と呟きながら、彼は自分がこんなにも見惚れていることに気づいて、少し驚いていた。優しい性格のサトルは、普段は人を傷つけないよう穏やかに振る舞うが、今夜はなぜか胸が熱く、落ち着かない気持ちが抑えきれなかった。
葵の踊りが終わり、拍手が店内に響き渡った。彼はステージから降り、観客の間を通り抜けてサトルの近くの椅子に腰かけた。
「すみません…お酒をください」
とバーテンダーに頼む声は、敬語ながらも甘く色っぽく、近くにいるだけでサトルの心拍数が上がった。葵はグラスを受け取ると、チラリとサトルを見た。仮面の隙間から覗く目が、サトルをじっと捉え、微かに微笑んだように見えた。
「あなた…初めてお見かけしますね…」
葵が小さな声で話しかけてきた。サトルは一瞬言葉に詰まり、
「あ、うん…初めてなんだ。君のダンス、すごかったよ」
と優しく答えた。すると、葵は少し身を寄せ、サトルの肩に軽く手を置いた。
「ありがとうございます…嬉しいです…」
その指先が触れた瞬間、サトルの背筋に電気が走った。葵の可愛らしい顔立ちと、ドレス越しに感じる柔らかな体つき、甘い声に、サトルは完全に心を奪われた。
葵は恥ずかしがり屋な自分を隠すように、少し大胆に振る舞った。サトルの腕にそっと触れながら、
「あなた、優しそうな方ですね…こういう場所、慣れてらっしゃいます?」
と囁く。
サトルは緊張しながらも、
「いや…実は慣れてなくてさ。でも、君を見てたら…何か、特別な夜になりそうだなって思ったよ」
と正直に答えた。葵はそれを聞いて目を細め、
「そうですか…私、あなたのこと、気に入っちゃいました…」
と小さな声で呟いた。
そして、葵はポケットから小さな紙を取り出し、サトルの手にそっと握らせた。そこにはホテルの名前と部屋番号が書かれていた。
「数日後の夜…もしよかったら、私に会いに来てください…約束ですよ?」
葵の声は甘く、少し震えていて、本心が垣間見えた。
サトルが
「うん…約束するよ」
と頷くと、葵は立ち上がり、サトルの頬に軽くキスをした。その柔らかな感触に、サトルの心が一瞬止まり、顔が熱くなった。葵は微笑みながら舞台裏へと消え、サトルは呆然とその背中を見送った。
同僚がニヤニヤしながら近づいてきて、サトルの背中をバシンと叩いた。
「おおっ!サトルさん、やったな!あの葵に選ばれるなんて、運がいいぜ!」
とお祝いの言葉をかける。サトルは照れ笑いを浮かべながら、
「まさか…こんなことになるなんて」
と呟き、手の中の紙を握り潰さないようそっとポケットにしまった。
店を出た後、夜風が頬を冷やしても、サトルの心は熱いままであった。葵のダンス、甘い声、キスの感触が頭から離れず、数日後の約束が待ち遠しくて仕方なかった。一方、舞台裏に戻った葵は仮面を外し、鏡の前で頬を赤らめていた。
「あぁ~~…思い切って話しかけたけどすごく緊張した…」
「あと、ホテルに誘っちゃったし…あぁ…あの人いい人そうだけど、こういうの慣れなさそう…サトルさん、ほんとにごめんなさい…」
と呟きながら、自分の胸に手を当てた。恥ずかしがり屋な本性が顔を覗かせ、初めて出会ったサトルへの淡い想いが芽生えていた。
二人の夜は、まだ始まったばかりだった。
コメント
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書き方美味…あまちがえた上手……なんでそんな凄いんです??天才ですね…???