テラーノベル
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手鏡が落ちてゆくのがスローモーションのように思える。
たくさんの生き物の声が聞こえないほどに、手鏡に集中する。
ぱりん。手鏡が割れた瞬間、どぉん、と大きな音をたてながら地を蹴り、弾丸のようにタルタリヤは駆け出した。
「ーーーアハッ!この攻撃を片手だけで、受け流すのでは無く普通に受け止めるのは相変わらず最高に狂ってるね!」
「ふふっ。私がこの攻撃を受け止めたら反動のダメージで悶絶して転げ回っていた頃があったね。成長を感じられて嬉しく思うよ。」
「よく言う…よねっ!」
「おっと、危ない危ない。」
タルタリヤが双剣のもう片方で薙ぎ払いをするも、危なげなく避けられる。
「ーーー止水の矢!!!!」
「弓の扱いがうまくなったね。
ーーーでも、矢を放つとき体が跳ねる癖は相変わらずみたいだね。」
「どんどん近づいていって最終的に弓についた刃で切り払って相手の目に向かって矢を突き立てようとする鈴風さんがそれを言うか、なっ!」
「だって弓は基本的に頭を一発で撃ち抜いてしまうだろう?遠くからちくちく撃つのはまどろっこしいし。なら四肢を引きちぎるほうが得意だからね。」
「え…こわ…」
「君だって近距離のほうが楽しいからってそっちばっかりやっていたから苦手になっているんだろう?引かないでほしいなぁ…」
「一緒にしないでくれよ…」
「兄弟に手を出そうとした奴がいたら四肢くらい引きちぎるだろう?」
「それもそうだね!」
方や急所を狙いながら攻撃を繰り返し、方や舞うように避け、たまに攻撃を返す。
しばらくそれが続いた時のことであった。
「ああ!やっぱり強いやつと戦うのはさいっこうだ!興奮してきたよ!さあ!すべて飲み込め大食らい!『空鯨』!」
「おやおや、相変わらず元気だねぇ…さあ、すべてを消化するとしよう。『楽園を載せた星呑み鯨』」
水でできた鯨が地面から飛び出し、星海の溶けた鯨がそれを押し返すように顕現する。
鳴き声をを上げながらぶつかった鯨はけたたましい音を響かせながら弾けた。
「ああ!ほんっとうに最高だ!この世界では捕鯨槍に腹をぶち抜かれた時以来の生命の危機を感じるよ!」
「は?」
「それは聞いてないぞ「公子」!?」
アヤックスがこぼした独り言を聞いた瞬間に半ば悲鳴のような声でスラーインがその話は聞いていないと叫ぶがそれ以上にナニカの威圧感が会場に重くのしかかった。
「“アヤックス”」
静かな威圧のこもった声が響く。
「っは」
呼吸を失敗したのは誰だったのだろうか。しぃんと静まり返ったコロシアムに詰まったような呼吸音が響く。
「ぁっ」
やってしまったと言わんばかりの表情のタルタリヤを見るに、おそらく言うつもりはなかったのだろう。
その深淵の瞳に本能の恐怖が灯る。
「“公子殿”。腹を見せてはくれないだろうか?いや、見せろ。傷は残っていないだろうな?“アーシャ”。俺は言ったよね?傷を負ったのなら早めに教えてほしいと。僕は報復をする権利がある。だから君を傷つけた者を教えてほしい、と。内臓はズレてない?傷跡は残ってない?もう痛くないかい?」
そういいながらタルタリヤを追い詰める。
タルタリヤより背の低い彼の目元はタルタリヤにしか見ることはできない。
だが、それでも彼の表情だけで大体何があったかわかる。
「え…あ…その…普通にその後動いた時にそいつらの船の底に俺の腹にぶっ刺さってた槍がぶつかって穴が空いたみたいで…海の藻屑になりました…」
はそっと顔をそらしながら後ずさるタルタリヤの手を掴みじぃっと見つめながら言った。
「そういうことを聞いているのではないのだ。“公子殿”。
傷は残ってない?内臓は欠けてない?“アーシャ”」
「だ、大丈夫デス…っていうかこれじゃほぼ一対一じゃないじゃん!嘘つき!」
「ん?“アーシャ”。俺はいつ一対一なんでいったっけ?俺は俺“たち”と“アーシャ”のなんでもありの手合わせだって言ったんだよ。それに、肉体的には一対一だからね。契約違反ではないよ。」
「ちょ、ちょっと用事を思い出し…」
「“公子殿”。岩喰いの刑をお望みか?それに、つい出できてしまっただけだ。すぐに戻るぞ?
そのまま続行だよ?“アーシャ”。それに今日用事がないことは調べてあるからね。」
「ひぇ」
「あと、今逃げると負けに…」
「師匠師匠!俺今すっごく戦いたいなあ!仕切り直しにしよう!!!!仕切り直しにしてしっかり戦おう!!!!」
「わかった。じゃあこのコインが地面についたら、ね?」
「わかった!!!!」
硬質な音を響かせながら、コインが空に放り投げられた。
まさに、神威。
師匠の技を見ながらぼんやりとそう考える。
技が繰り出されるたびに合わせて飛ぶ斬撃は偽装してあるものの、普通の人間がすれば制御する前に頭が沸騰し、思考が止まり、暴走した力にその身を引き裂かれそうなほどの力が籠もっている。
これで手加減していると言うのだから、先生といい、師匠といい、神の力を振るえる存在はおかしい。
本能が死を察知して警鐘を鳴らし続ける。
絶え間ない攻撃ではなく、静かな反撃だけであるのに、気を抜いたら死を迎えると本能が叫び続ける。
鍾離先生と本気で手合わせした時と同じように、きっと俺はひどい顔をしている。
湯だった頭でふと思いつく。
そういえば師匠の手袋の下を見たことが無かった。
その好奇心のまま、狙いを首から腕に移す。
腕は特にどうなっても構わないのか、避けようとする気すら感じない。
服の袖が、手袋が、俺の操る水元素に蹂躙されてゆくのを見る。
もう少し、そう思った瞬間、
避けろ。
反射で飛び退くとさっきまでいた場所に槍が刺さっている。
隙を見せすぎたか。
鈴風さんの瞳は窘めるようで、つい、苦笑いをする。
服の下の腕は黒く、腕に走る線は青。
人ならざる腕を持つ彼はどうかしたのかと言わんばかりにこてん、と首をかしげている。
ああ!やっぱり師匠との手合わせは最っ高だ!
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