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このまま私は死ぬのだろうか。

飢えと寒さで朦朧もうろうとするミアは、荒屋あばらやにあったわらを編んだだけの即席の防寒具に身を包み、横になったまま身を屈めた。

それで寒さを防げるわけはなかったが、身体に直接風が当たらないだけでもマシだった。


「ぐるじぃよぉ、たずげて、おかあさん……、たずけて……」


奉公に出ることが決まった夜から、ミアはずっと孤独だった。

冒険者だった父親が死に、母親に出された最初の奉公先は、名もない地主の家だった。


それから三十余年、各地転々と渡り歩いたミアは、どうにか歯を食いしばり生き抜いた。しかし日々の生活は好転することなく、ずっと地べたを這いずってきた。

私はきっとこのまま死ぬのだと目をつぶり、静かに涙を流した。


「このまま眠れば、もう楽になれるよね。おとうさんにも、きっと会える……」


強く優しかった父の面影を思い出しながら、幼少期の記憶を辿ったミアは、これでもう終わりにしようと全てを諦めた。止まらなかった震えが不思議と止まり、体温は急激に下がっていった。


何も感じなくなっていく中で、ミアは夢を見た。

父が命を落とすことなく、平和なエルフの里で暮らしている夢だった。


しかしどこか灰がかっている風景は秒ごとに煤けていき、輪郭にもやがかかった。

ハッキリと見えていたはずの両親の顔も、目鼻口のないのっぺらぼうに変貌し、いつしかミアは夢の中でも何かに追われ、逃げ続けていた。


自分はいつまで逃げ続けるのだろうか。

誰にも救われず、必要とされず、愛されず、ずっとひとり。

ツバを吐きかけられ、辛辣な言葉が胸に突き刺さり、心を抉るような毎日。

それを無理矢理取り繕った笑顔で躱すだけの日々に、なんの意味があるだろうか。


涙は自然と止まっていた。陽の光が落ちて夜がくれば、気温は低下し、死が目の前に現れる。

夢の中で目を開けたミアは、川を挟んだ反対側で、「おいでおいで」と手招きする人の影を見つけた。


「お父さん? ……お父さんなの?」


勢いのある川の水に身体を投げ売ったミアは、手招きする誰かの元へと走った。

バシャバシャと水を掻き、深い水底を跳ねながら進めば、影は確かに大きくなった。


「待っててお父さん、今すぐ行くからね!」


思い切り手を伸ばし、死物狂いで川を渡るミアは、大きくなる人影に確信を強めた。

やっぱり父親だ、父親が待っていてくれるのだと。

そしていよいよ川底に足が付き対岸近くに辿り着いたミアは、両手を開き、飛び込んでおいでとジェスチャーをする誰かの元へ全速力で走った。


「お父さん、お父さん!」


水が膝の高さになり、手招きする影はもう目と鼻の先だった。

肩で息するミアは、初めて自分を待つ影を見つめた。影はほがらかな笑顔に溢れ、ミアがくるのを待ちわびているように見えた。


「ミアね、頑張ったんだ。でもね、全然上手くできなかった。お父さんみたいに立派にはなれなかったけど、それでも褒めてくれるよね?」


いよいよ足先だけが水に付いた状態で立ち止まったミアは、荒い呼吸を繰り返しながら、影と対面した。しかし誰かは、どこか薄らぼんやり歪んでいて、不思議と直視できなかった。


「お父さん……? お父さんなんだよね」


飛び込んでおいでとジェスチャーをするだけの影は、それ以上何もしてはくれなかった。

ジッと立ち止まったミアは、何も言わない影に聞いた。


「お父さん、何か言ってよ。私だよ、ミアだよ……?」


影は答えなかった。

それ以上動くこともなく、ただ待ち構えるだけだった。


「こんなに、……こんなに近くにいるんだよ。なんで何も言ってくれないの?」


記憶がフラッシュバックし、一気に涙が溢れた。

記憶の中にいる父親なら、どうしてくれただろうか。

きっと一目散に抱きついて、頭を撫でてくれただろう。頑張った頑張ったとささやき、自分を讃えてくれたに違いない――



しかし目の前にいる影は、そうではない。

何かがおかしい。気付いた時、物事は既に手遅れのことが多い。


周囲は途端に闇に包まれ、影だけを微かに残したまま、景色は少しずつ変わり始めた。

沼のように沈み始める川岸で藻掻くミアは、「誰か、助けて」と叫んだ。

父親だと思った影は、ミアに手すら差し伸べず、口元だけが怪しくねじ曲がっていく。

深層心理に訴えるような嫌な笑い声が頭の中で響き、沈んでいく身体を蝕んだ。


泥水に埋もれガボガボと溺れれば、夢のはずなのに酷く息苦しかった。

全てを馬鹿にされたような一連の出来事を受け入れられず、ミアは悔しさから歯を食いしばった。


最初から最後まで、私はどれだけ惨めなんだろう。

誰からも必要とされず、邪険にされ続けるだけの日々。お前にはなんの価値もないと冷笑され、言い返す言葉すら持ち合わせない。


馬鹿で、間抜けで、愚図グズで、ノロマで、可愛いくもなく、秀でたものすらない。

耳は不格好に長くとんがっていて、手入れされていない肌や髪は荒れて見る影もない。

知性も、才能も、それどころか一般的常識すらない。


だからといって、こんなのは酷すぎやしないか。片や貴族に生まれた誰かは、生まれながら全てを手に入れ、片や売られた奴隷は幸せの一つも掴めず泣きながら死んでいく。


―― ミアは初めて、自分の意志で腕を伸ばしていた。


ずっと、いつ死んでも構わないと考えていた。

しかし惨めに沈むほど、理不尽で悲しすぎる結末は違うと思った。どうせ死ぬのなら、自分が納得できる最期が良いに決まっていると。


沈んでいく身体を必死に動かし、何もない空中へ指先を差し向けた。

何もないことは知っていた。こんなことをしても、変わらないことも知っていた。

それでもミアは全力で腕を伸ばした。これまでの鬱憤うっぷんを晴らすようにただ無心で。


誰かに掴んでほしいと願ったわけでもなく、ただ納得したかっただけなのかもしれない。

私は必死に戦った、だからたとえ死んだとしても悔いはないと――


茶色の世界に沈んでいく視界は、茶色から漆黒へと染まっていった。

伸ばしていた腕にも、もう力は入らなかった。


骨が、筋が、皮膚が限界と叫び、抗っていた指先も泥の海に沈んでいく。

肘、手首、親指と順に沈むミアの身体は、いよいよ小指を残し、闇に染まった。

しかし意識なく消えていくミアの小指が沈む刹那せつな、茶色の世界に一筋の光が差し込んだ。


天高くよりまっすぐ差し込んだ光の束に包まれながら、柔らかな綿毛のようなものがひらひらと落下し、小指の爪が泥に沈む間際、ミアの指先を優しく掴まえた。



「まだです。ここは貴女の死に場所ではありません」



――――――

――――

――

異世界最速のダンジョン案内人 職場を解体されたので自分で無理ゲー迷宮を拵えることにしました

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