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妖狐のおふとん
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雨が、やまない町だった。
私が引っ越してきたその町では、
いつも空が鈍い灰色で、
しとしとと雨が降り続いていた。
天気予報も当てにならず、晴れ間を見たことがない。
「慣れるよ」
そう言ったのは、隣に住む青年だった。
名前は拓海。
私より少し年上で、
いつも傘を持たずに歩いている不思議な人だった。
「濡れるでしょ?」
と聞くと、彼は笑った。
「この町の雨は、そんなに冷たくないから」
確かに、不思議な雨だった。
服は濡れるのに、なぜか体の芯までは冷えない。
まるで、優しく触れられているような感覚。
ある日、私は町のはずれにある古い図書館に足を運んだ。
木造の建物で、どこか懐かしい匂いがする。
奥の棚に、一冊だけ妙に新しい本があった。
タイトルは――『雨の記録』
何気なくページをめくると、そこには手書きの日記が綴られていた。
「今日も、帰ってこなかった」
「雨が降っている間は、まだこの町にいる気がする」
「お願いだから、やまないで」
胸がざわつく。
ページをめくるごとに、文字は荒れていった。
「どうしていなくなったの」
「ここにいるんでしょう」
「雨がやめば、あなたも消えてしまう」
最後のページには、にじんだ文字でこう書かれていた。
「だから、雨を止めない」
その瞬間、図書館の窓ガラスに何かが映った。
振り返る。
誰もいないはずの館内に、濡れた足跡が点々と続いている。
しかもそれは、私のいる方へ、ゆっくりと近づいてきていた。
「……誰か、いるの?」
声はやけに大きく響いた。
返事はない。
ただ、足跡だけが増えていく。
ぽたり、ぽたりと、水滴の音。
気づくと、足跡は私のすぐ目の前で止まっていた。
なのに、そこには何もいない。
――違う。
「いる」
見えないだけで、確かに“何か”がいる。
息がかかる距離。
冷たい気配が頬をなぞる。
次の瞬間、耳元で囁きが聞こえた。
「……やっと、見つけた」
全身が凍りついた。
逃げなきゃ、と思うのに足が動かない。
心臓の音だけがうるさい。
そのとき、強い光が差し込んだ。
「何してるの!」
振り向くと、拓海が立っていた。
図書館の扉を開け放ち、こちらを見ている。
その瞬間、目の前の気配がふっと消えた。
足跡も、水音も、何もかも。
私はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫?」
拓海が駆け寄る。
私は震えながら、本のこと、足跡のこと、声のことを話した。
すると彼は、少しだけ困ったように笑った。
「……ああ、その本、見つけちゃったんだ」
「どういうこと?」
彼は窓の外を見た。
相変わらず、雨が降っている。
「この町の雨はね、“誰かの願い”なんだよ」
静かな声だった。
「大切な人を失った誰かが、“消えないでほしい”って願い続けてる。
その願いが、雨になってる」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「じゃあ、あれは……」
「たぶん、その人の“想い”だね。強すぎて、形になっちゃった」
背筋が冷たくなる。
「……怖いよ」
思わず本音がこぼれた。
拓海は少し黙って、それから優しく言った。
「でもさ、その人は、ただ会いたいだけなんだと思うよ」
その言葉に、胸が締めつけられた。
怖かったはずなのに、なぜか少しだけ悲しくなる。
その夜、私は夢を見た。
雨の中で、誰かがずっと立っている夢。
顔は見えない。
でも、確かにこちらを見ている。
私は、勇気を出して声をかけた。
「……誰を待ってるの?」
その影は、ゆっくりと手を伸ばした。
「帰ってきてほしいだけ」
その声は、あの図書館で聞いたものと同じだった。
目が覚めたとき、雨音がいつもより強く聞こえた。
それから数日後。
珍しく、空が明るくなった。
雲が薄くなり、雨が止みかけている。
町の人たちは、どこか落ち着かない様子だった。
「……やむのかな」
私が呟くと、隣にいた拓海が静かに首を振った。
「やまないよ」
「どうして?」
彼は少しだけ笑った。
「まだ、終わってないから」
そのとき、ふと気づいた。
彼は今日も、傘を持っていない。
いや、それだけじゃない。
――彼の足元に、水たまりができていない。
「……拓海?」
名前を呼ぶと、彼はゆっくりとこちらを見た。
どこか、あの夢の影と重なる。
「ごめんね」
その一言で、すべてがつながった。
「俺も、待ってる側なんだ」
息が止まる。
「帰ってきてほしい人がいる。だから、この町にいる」
彼の輪郭が、わずかに揺らいだ。雨粒と同じように、ぼやける。
「君が来てくれて、少しだけ楽になった」
優しい声だった。
怖さは、もうなかった。
ただ、どうしようもなく切なかった。
「……帰ってくるといいね」
私がそう言うと、拓海は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「ああ」
その瞬間、ぽつり、と雨が一粒落ちた。
そしてまた、いつものように降り始める。
私は空を見上げた。
この雨は、誰かの願い。
終わらない想い。
そしてきっと、消えない優しさ。
あの町では今日も、静かに雨が降り続いている。
本日は『この雨は願い』を
お手にとっていただき誠にありがとうございます。
そして、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
今回は、挑戦したことのないホラー&感動で書いてみました。
是非とも別の作品もご覧くださいませ。