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夜明け前の青白い闇の中、俺たちはかつて白と黒が「製造」され、茶々が「廃棄」されたあの忌まわしき施設へと向かっていた。豪雨が去った後の空気は氷のように冷たく、アスファルトからは湿った土の匂いが立ち上っている。
車中、俺の首筋のチップは依然として微かな熱を持ち続けていた。黒が即席で作ったジャマーが機能しているおかげで意識の主導権は辛うじて保たれているが、時折、視界の端を走るノイズが施設の「強制同期」が近いことを警告していた。
「⋯⋯ん。⋯⋯フロントゲート、⋯⋯警備ドローン、三。⋯⋯巡回サイクル、⋯⋯四十五秒。⋯⋯ハッキング、⋯⋯開始」
後部座席でラップトップを叩く黒の指先が、流れるような動きで施設の防壁を崩していく。だが、その指先はわずかに震えていた。かつて自分を縛り付けた「支配者」のシステムに触れるたび、当時の絶望が細胞の奥から蘇ってくるのだろう。
「お兄さん、施設の裏口……資材搬入口の電子ロックなら、アタシの指紋データがまだ生きてるはずです。あそこなら、正面から入るよりは……」
助手席の茶々が声を絞り出した。彼女の膝の上にある手は、目に見えてガタガタと震えている。自分の命を救うためとはいえ、トラウマの源泉へと自ら戻るという選択は、彼女にとって地獄へ引き返すのと同義だった。俺はハンドルを握る手を一度離し、茶々の震える手を力強く握りしめた。
「怖いなら、ここで待っていてもいいんだぞ。……三人ともな」
バックミラー越しに白と黒を見る。強気な白でさえ、その耳は力なく伏せられ、ピンク色の鈴が震えに合わせて頼りなくチリチリと鳴っていた。
「……バカ言わないでよ。ご主人様を一人で行かせるわけないでしょ。……アタシたち、もうあの頃の『無力な商品』じゃないんだから」
白は震える自分の両肩を抱きしめ、必死に自分を鼓舞するように笑ってみせた。
車を工場の死角に停め、俺たちは茶々の案内で搬入口へと辿り着いた。無機質なコンクリートの壁、鼻を突く消毒液の匂い。一歩足を踏み入れるたび、三人の呼吸が浅くなっていくのがわかる。
黒は端末を抱え込み、自身の震えを押し殺すように壁際を影のように進む。茶々は俺のシャツの裾を離さず、視線を床に落としたまま記憶を辿った。
「……あそこの廊下の奥、一番偉そうな男がいた場所、アタシ覚えてるわよ。……足が、すくんで動かなくなりそうだけど……」
白が壁に手をつき、荒い息を吐きながら言った。彼女たちの恐怖は、勇気で消せるほど小さなものではない。それでも彼女たちは、俺の首筋にある「楔」を抜くために、足を前に進めていた。
廊下の曲がり角で、突如として警報が鳴り響いた。赤色の警告灯が回転し、冷徹な機械音が「侵入者」の抹殺を宣告する。
「侵入者確認。直ちに制圧せよ」
正面から現れたのは、強化外骨格を装備した警備員たちだった。かつて彼女たちが死ぬほど恐れた、「管理」の象徴だ。
「ヒッ……!」
茶々が身を竦めた。だが、俺が彼女たちの前に立ち、銃を構えたその時――。
「……どきなさいよ! ご主人様に触らせないって、決めたんだから!」
白が叫びながら飛び出した。震える足で地面を蹴り、恐怖を怒りに変えて爪を振るう。
黒もまた、震える指を猛烈な勢いで動かし、施設のドローンの制御を奪い取った。
「⋯⋯ん。⋯⋯怖いけど、⋯⋯負けない。⋯⋯もう、⋯⋯檻には戻らない」
逃げたい、隠れたいという本能を、俺を守りたいという意志が凌駕していく。三匹の猫娘たちは、互いの震えを分け合うように背中を合わせ、圧倒的な連携で警備をなぎ倒していった。
最深部のサーバー室へと続く巨大なハッチの前に辿り着いたその時、俺の首筋がこれまでにない熱を発した。
「ぐ、あ……っ!」
強制同期プログラムが、ジャミングを強引に突破して俺の意識を塗り替え始める。ハッチが重々しく開き、そこには大量のデータを背負ったメインサーバーと、武装した管理官が待ち構えていた。
「よく来たな。……だが、そのチップのマスターキーは私の手元にある。お前たちの主人が、自分の手でお前たちの喉を掻き切る姿を見せてやろう」
管理官は嘲笑いながら、手元の拳銃を無造作に俺の足元へと投げ出した。
「さあ、拾え。そしてその三匹を殺せ。それがお前の新しい『任務』だ」
脳を直接書き換えられるような強烈な負荷。俺の指先が、自分の意志を裏切って床の銃へと伸びる。鉄の冷たさが指に触れた瞬間、全身の血管に冷気が走った。
「……に、逃げろ……みんな……!」
喉をかき消すような叫びも虚しく、俺の右腕はゆっくりと、最も近くにいた白の眉間へと銃口を向けた。
「……撃ちなさいよ。ご主人様の意志じゃないことくらい、アタシが一番よく分かってるから」
白は向けられた銃口を避けることもせず、ただまっすぐに俺の瞳を見つめた。その目には恐怖ではなく、揺るぎない信頼が宿っていた。
震える三匹の猫娘たちが、支配の心臓部で最後の一歩を踏み出す。