テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
視界が真っ赤に染まる。脳の深部を直接電極で掻き回されるような激痛が走り、俺の身体はもはや俺のものではなくなっていた。足元に転がされた拳銃を、右手が勝手に拾い上げる。指先に伝わる金属の冷たさが、今の状況が現実であることを残酷に突きつけていた。
「ハハハ! 見ろ、この滑稽な姿を。どれほど強い絆を気取ったところで、神経系を握られた人間はただの操り人形だ」
サーバー室の奥、防弾ガラスに守られた高座で管理官が勝ち誇ったように笑う。その指先がコンソールのレバーを叩くたび、俺の首筋に埋まったチップが「命令」という名の高電圧を脳へ流し込む。
「……ぐ、あああ……っ! 逃げ、ろ……撃つな、白……!」
歯を食いしばり、喉の奥から血を吐くような思いで声を絞り出す。だが、俺の右腕は機械的な正確さで、目の前に立つ白の眉間に銃口を固定した。
銃口を向けられた白は、逃げるどころか一歩前に踏み出した。彼女の体は、この施設の冷たい消毒液の匂い、そしてかつて味わった屈辱の記憶への恐怖でガタガタと震えている。それでも、その瞳だけはまっすぐに俺を射抜いていた。
「……撃ちなさいよ。ご主人様の指が引き金を引いても、アタシを殺すのはご主人様じゃない。あの汚い機械だって、アタシが一番よく分かってるから。アタシたちの絆は、そんな安っぽいチップひとつで壊せるようなもんじゃないわ!」
白の言葉に呼応するように、黒が端末を激しく叩き、茶々が俺の背中に飛びついた。
「⋯⋯ん。⋯⋯意識のレイヤーを、⋯⋯強制分離する。⋯⋯施設のマスターキー、⋯⋯上書き開始。⋯⋯ご主人様を、⋯⋯返せ!」
黒の指が、かつてない速さでキーボードの上を踊る。彼女もまた、トラウマに全身を震わせながら、その震えをすべてタイピングのエネルギーへと変えていた。
「おじさん、負けないで! アタシを助けてくれた時の、あの温かくて強いおじさんに戻って!」
茶々が俺の首筋にあるチップに、黒が改良した「強制バイパス・デバイス」を必死に押し当てる。青白い火花が散り、俺の脳内に凄まじいホワイトノイズが爆発した。
「……な、何をしている!? 警備隊、その出来損ないどもを今すぐ排除せよ! 殺しても構わん、データを回収しろ!」
管理官の怒声と共に、親衛隊が銃を構えて突撃してくる。だが、三人の結束はもはや恐怖を完全に凌駕していた。
白が俺の銃口を手で力任せに逸らしながら、死角から迫る敵の喉元を鋭い爪で切り裂く。彼女の動きは、かつて施設で教え込まれた「殺戮兵器」としての技術ではなく、愛する者を守るための「牙」へと昇華されていた。
黒がハッキングによってサーバー室の消火システムを起動し、周囲を白い煙で包んで敵の視界を奪う。同時に、施設の電力を不安定にさせ、管理官の端末への供給を遮断しにかかる。
「⋯⋯あと、⋯⋯少し。⋯⋯心の深層に、⋯⋯直接アクセス。⋯⋯お兄さん、⋯⋯聞こえる? ⋯⋯アタシたちの、⋯⋯声が」
脳内で、冷酷な機械音をかき消すように、三人の声が響き渡る。
白の勝気で温かい声。黒の静かで理知的な声。茶々の幼くも懸命な声。
それらが混ざり合い、俺を縛り付けていた漆黒の支配を内側から食い破っていく。
「……ガッ、あああああ!!」
最後の一撃。茶々がデバイスのスイッチを最大出力で押し込んだ。
俺の意識が、肉体の檻から解き放たれる。管理官が狂ったようにレバーを引くが、もはや俺の肉体は彼に呼応しなかった。
「⋯⋯ゼロ。⋯⋯首輪(ログアウト)、完全完了。⋯⋯全ての管理権限、⋯⋯消失」
黒の声が響いた瞬間、俺の身体を縛っていた不自然な重力がふっと消えた。右腕の力が抜け、拳銃が床に乾いた音を立てて落ちる。視界を覆っていた赤いノイズが霧散し、そこには涙を浮かべながらも、誇らしげに俺を見つめる三人の姿があった。
「……お待たせ、ご主人様。……やっと、戻ってきたね」
白が、震える足で駆け寄り、俺の胸に飛び込んでくる。俺は彼女を強く抱きしめ、そして傍らに立つ黒と茶々の肩を力いっぱい引き寄せた。
管理官は、全てのモニターが「CRITICAL ERROR」の文字で埋め尽くされたコンソールの前で、呆然と立ち尽くしている。
「馬鹿な……私の完璧な管理、完璧なハードウェアが、そんな……不確定要素の塊のような連中に……」
「……管理官。あんたが『失敗作』と呼んだのは、俺たちの『家族の絆』だ。あんたの冷たい計算式じゃ、一生計れないものさ」
俺は床に落ちた銃を今度は自分の意志で拾い上げ、管理官が座る高座のメインサーバーに向けて銃口を構えた。もはや迷いも、外部からの干渉もない。
「お前たちの支配は、ここで終わりだ。二度と俺たちに触らせない」
引き金を引く。爆音と共に施設の中枢が火を吹き、何千人もの人生を歪めてきた管理データが、激しい火柱と共に灰へと変わっていった。