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yu.nn
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人になじむちからというのは、生まれもつものなのか、はたまた教わったり、自然と身に付くものなのか知らないが、少なくとも、みんな似通ったちからをもっている。われわれ、子どものちからは大人からして都合が悪く、また、うらやましいものだというが、子どもであるわたしかにいわせてみれば、大人のちからをうらやましく、そしてつまらなく思う。
子どもの中では、子どものちからがなくては生きていけない。しかし、それと同時に大人から気に入られなければ生きていけないので、子供の社会というものは、とてもざんこくである。
それもそのはず、元より子どもは→
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→ざんこくな生き物である。
幼少期、ざんこくな知的好奇心により、虫なんかの小動物をいじめたという人は多いことからよくわかる。
そのざんこくな生き物が、1つ、2つ、3つと年をとっただけの、少年期のわれわれが、ざんこくでないわけがなかった。
ざんこくな生き物の成す社会がざんこくなら、つまらない生き物ーまたの名を、大人とも言う。ーの成す社会もまた、つまらないものだろう。そして、大人は少年期のわれわれと同じく、ざんこくな生き物が年を重ねただけの、幼少期の延長にすぎないので、そのざんこくさは、幼少期から少年期のそれと同様に、形を変えて残り続けている可能性が高いだろう。前述の式に→
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→あてはめてやると、大人の社会というものはつまらない上、ざんこくということになる。子どもの社会も、大しておもしろいものではないので、大人だろうが子どもだろうが、その社会の主観的な部分は、さほど変わらないということになる。
似たような社会で必要なちから(また、その中の者が持つちから)は似たようなちからのため、私は、大人のもつ形をした人になじむちからというものを、わざわざうらやましいと思う必要はないのかもしれない。
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コメント
1件
読ませていただきました……これ、すごく好きです。 「子どもの社会も大人の社会も、ざんこくでつまらない」っていう視点、怖いくらいに腑に落ちました。子どもだから残酷でいられるって認めた上で、大人だって形が変わっただけで同じって言い切るところ、痺れます。 まだ1話だけど、このまま深く潜っていく感じがして、続きがすごく気になります。近藤さんの言葉、じっくり受け止めさせてください🌙