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羽田空港第2ビル、スカイラウンジ。
ここは、空港関係者しか入れない特別なラウンジだそう。
「ママ、すごい! ひこうき、めのまえ!」
空港で待ち合わせた壱月とともに足を踏み入れたここは、壁一面が全面ガラス張りの窓で、ちょうど着陸後の飛行機が止まっているのが目の前に見える。
窓際の四人がけのソファ席に案内されるやいなや、息子の花斗は窓ガラスに鼻先をくっつけて外を覗いていた。
「タラップしゃもトーイングカーもみえる! あ、あれはなに?」
「花斗、静かにしなさい。……なんかごめん、壱月」
終業後、急なことだったので姉に花斗を預けられず、保育園に迎えに行ってから空港に直行した。
それだけでもテンションだだ上がりの所に、服装こそスーツだが前に会ったパイロットが目の前にいて、さらにこのスペシャルなラウンジである。
大人しくしていろ、というほうが無理か。
「全然構わない。僕、どの車だ?」
「あー、あれ! ういーんって、うしろがあがってるやつ!」
「あれはケータリングカー。飛行機の中で食べるご飯とか、飲み物とかを運ぶ車だ」
「へえ~」
テーブルを挟んではいるものの、ともに窓の外を眺める姿になんとなく〝親子〟を感じる。
その事実に、胸がもやもやしてくる。
離れていても、親なのか。知らなくても、親なのだろうか。
私はひとりで、この子をここまで育ててきたのに。
「愛音、夕飯まだだろう? 何か食べていけば?」
不意に振り返った壱月の顔に、思わずドキッと胸が鳴った。
「え、いいよ」
私は咄嗟に否定してした。
外食は高くつく。こんな高級感漂うラウンジで食事なんて、なおさらだ。
「えー、ぼく、おなかすいた」
突然の花斗の腹ペコ攻撃に、私はため息をついた。
花斗は俗に言うイヤイヤ期真っ只中なのだ。きっと今日も、駄々をこねるに違いない。
「おうちに帰れば、何か作ってあげるから」
「ええー、いまがいい」
「わがまま言わないの」
「ヤダ」
案の定、ヤダヤダ星人がやってきた。こうなると、花斗の気持ちを切り替えるのはなかなか難しい。
「食べていけよ」
壱月はそう言うと、花斗に笑みを向けた。
「花斗はハンバーグ、好き? ここのは絶品だぞ」
「すき!」
壱月の質問に、花斗が即答する。
「ちょっと、なに勝手に……」
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「いいよ。俺の奢りだから、な」
爽やか笑顔とともに向けられた、『奢り』という言葉。
――もしかして、夕食代が浮くのでは?
現金な自分に呆れつつ、壱月が差し出したメニュー表を受け取る。
「どれにする?」
「ハンバーグ!」
私の手にしたメニュー表には目もくれず、花斗は私の問いにそう答えた。
するとすぐ、壱月は手を上げてギャルソンを捕まえる。
結局、壱月はハンバーグを三つ注文して、花斗にはオレンジジュースのおまけをつけてくれた。
「そうだ、愛音。旦那さん、怒らない?」
注文を終えた壱月は、不意に私にそう訊ねた。
「え?」
キョトンとしていると、壱月の視線はちらっと花斗に注がれる。
花斗はオレンジジュースを啜りながら、窓の外に夢中だ。
「子どもがいるから。結婚、してるんだろう?」
「あー、えっと、して、ない」
そこまで伝えて、言葉に詰まった。
言うべきか、言わざるべきか。『花斗はあなたの子です』と。
だが私が迷っているうちに、壱月が先に口を開く。
「……そうか。なんだか悪い」
私が「ううん」と答えるも、彼は気まずそうな顔をして、テーブルの上のお冷を手に取る。
「パイロットのおにいちゃん、あのね」
窓の外を見ていたはずの花斗が、急に壱月をじっと見つめた。
「ぼくは、パパがいない。でもね、かわいそうじゃないんだよ。ママがいっぱいギュウしてくれるんだよ。ママ、いつもそういってる」
「花斗……」
息子の言葉に胸がいっぱいになり、思わず涙がこぼれそうになる。
下唇をぐっと噛んでこらえると、ちょうどハンバーグが三つ運ばれてきた。
「わーい、ハンバーグ! ママ、きって!」
「はいはい」
「『はい』はいっかいでしょ」
「はい」
次の瞬間にはこんな風なんだから、子どもは恐ろしい。
もっとも、花斗にとってはそれが当たり前の世界だから、急に何かが変わったわけでもないのだが。
ふと視線を前に向けると、壱月は苦笑いを浮かべながら、ハンバーグを頬張っていた。
ハンバーグを食べ終えた頃、壱月が急に話を切り出す。
「それで、話したいことって?」
花斗は窓の外の飛行機が動き出したと、またそちらに夢中になっていた。
「あー……」
何をどう伝えるべきか。
壮馬に『会ってみろ』とか言われたから、勢いで来てしまったけれど、私の心は決まっていない。
ならばここは、とりあえず当たり障りのない話作戦だ。
「私の姉がさ、結婚するんだよね」
「……へえ」
壱月の相づちの微妙な雰囲気を察知し、私はしまったと思った。壱月にとっては、だから何だって話だ。
そんな自分にイライラしていると、急に横から花斗の声が飛んでくる。
「ママー、つぎのおうち、いつみにいくの?」
それで、思わずピクリと肩を揺らした。
「お家?」
壱月が聞き返すと、花斗は得意気に知っていることを話し出す。
「ママとぼくね、せんせいといっしょにすんでるの。せんせい、ケッコンするの。ぼくとママ、おうちがなくなっちゃうから、あたらしいおうちをさがしてる……だよね?」
最初こそ得意げに語っていた花斗だが、急に自信を無くしたのか、最後は疑問系の語尾をこちらに投げかける。
「あー、えっと、そうだね。あ、先生っていうのは私の姉のこと。保育園の先生なの」
花斗のカタコトの日本語を通訳しながら、住む場所がなくなることをかいつまんで壱月に説明した。
「ああ、なるほど。そういうことだったのか」
壱月は顎に指をあて、しばらくなにかを考え込む。
それから、ふっと息を吐き出して、こちらをじっと見た。
「住むとこないなら、うち来れば?」
「あはは、それもいいかも……って、え!?」
さらりと言われたら言葉の内容に後から気づき、私は目を見開いた。
あなたのおっしゃった『うち』って、あなたの部屋ってことですよね?
「ちょうど一部屋空いているし。あ、愛音の職場、遠くならないといいんだけれど」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそういう話になるの?」
淡々と話す壱月にパニックになり、つい聞き返す。
「昔のよしみで引越費を用貸してくれ、とかいう頼みだったんだろう? それなら、いっそうち来ればいいんじゃないかって。引越先を探す手間も省ける」
ああ、なるほど、そういうことですか。
……って、どういうことですか!?
「とりあえず、今日この後、うちに来てみれば? 内覧がてら」
*
壱月の言葉は冗談ではなかったらしい。
申し訳ないと断ろうとしたものの、なぜか壱月は花斗にまで「うちに来ないか?」と誘い出した。
花斗がどうしても「いきたい」と言って折れないので、仕方なく空港から壱月の車に乗せてもらった。
スカイブリッジを渡って川崎市内に入ると、見慣れた道が見えてくる。
だが、彼が車を止めた前の建物を見て、私は思わず窓の外を二度見した。
「俺の家、ここ」
壱月の家は、なんと我が家のアパートの二軒隣にある、立派なタワーマンションだったのだ。
コメント
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おお、この2人がついに再会したか——って感じだわ! 花斗くんの「パパいないけどかわいそうじゃない」発言はグッときたな……ママの愛情がしっかり伝わってる証拠だよね。そして壱月がまさかの「うち来る?」って、しかもタワマンがまさかの隣って!? 展開が気になりすぎる🔥 愛音が「言うべきか言わざるべきか」で悩んでるの、すごく伝わってくる……。続きが待ち遠しい!