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とと
#関西弁
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「……俺、空の事、好きやから。……やから、全部捨てられる」
「……え?」
駅前のガードレールに腰掛けた新先生が、昼間の冗談の続きを紡ぐように、あまりにもさらりとそう言った。
何これ。俺はまだ、夢の続きでも見てるんやろうか。
「……辞めていいよ。先生なんて」
「……ごめんなさい。俺、そういうつもりじゃなくて……」
俺の態度が思わせぶりやったんやな。
後悔が波のように押し寄せる。大切な人の、傷つく顔なんて見たくなかった。
いつもみたいに、適当な冗談で返してほしかったのに。
「……空は心配せんでいい。俺、空の愛の重さを受け止められる器は持ってると思うで?」
俺があまりにも必死に拒絶しようとするのを見て、空気を変えようとしたのか。
新先生は少しだけ口角を上げて、茶化すようなトーンで言葉を重ねる。
俺だって。俺だって、そんな風に言ってくれる人の胸に、思いきり飛び込みたい。
やけど嫌やねん。学校から新先生がいなくなるなんて。
あの場所で、俺を見守るように微笑んでいる新先生が――俺は、好きやから。
「……俺、次に付き合うのは、自分から本気で好きになった人って決めてるんです。……俺、ちゃんと大人になるまで誰とも体の関係は持たへんて決めてるし。だから、新先生の気持ちには応えられへん」
ああ、なんて勿体ないことを言っているんやろう。
この人なら、俺の歪んだ愛も、重すぎる執着も、全部受け止めてくれるはずやのに。
ふざけているようでいて、真っ直ぐに射抜いてくる新先生の本気の眼差し。
新先生が「先生」であることが、俺にとっては受け入れがたいほど強固な枷になっていた。
「……俺、空のそういうところ、好きやねんな」
新先生の細い指が、俺の頬に触れる。
この人は、俺の何をどこまで見透かしているんやろう。
「……ごめんな。寂しさ紛らわせたかっただけやのに」
「……ううん。新先生が来てくれて、ほんまに嬉しかった。会いに来てくれて、ありがとう」
頬に添えられた手を、そっと外す。
本当はこのままその手を握りしめて、誰かの温もりに溺れてしまいたい。
けれど、ここは危険や。誰がどこで見ているか分からへん。
この人が「先生」であり続けるために、俺は自分の欲を、心の檻に閉じ込めないといけない。
「……じゃあ、また学校で」
少し名残り惜しそうに手を振る新先生の後ろ姿に、俺も手を振り返す。
離れていく背中を見送りながら、自問自答を繰り返す。
俺は、新先生を呼んで何がしたかったんやろう。
何を期待して、あんな身勝手な電話をかけたんやろう。
心と言葉が裏腹すぎて、自分の感情に思考が追いついていかない。
一人に戻った部屋は、さっきよりもずっと広くて、静かで。
吐き出した吐息が白く濁って消えた。
♢♢♢
「……あのメガネーズ、もとちゃんのなんなんやろ」
あの日、駅前での告白があってから、新先生は露骨に目を合わせてくれなくなった。
美術の時間、わざとらしく距離を詰めようとしても、聞こえないふりをして鮮やかにかわされる。
新先生、意外と子供っぽいんやな。
でも、その拒絶にいちいち胸を締め付けられている俺も、相当、子供なんやろう。
窓に肘をついて、グラウンドで珍しくメガネーズに混じってサッカーをしているもとちゃんをぼーっと眺める。
あの日以来、もとちゃんから、何度か着信もLINEもあったけれど、全部無視している。
一番堪えるだろう、冷たい既読無視。
「あっ、気づいた」
視線の熱が伝わったのか、もとちゃんが大きく手を振った。あの日と変わらない、屈託のない笑顔で。
「……あほじゃない?」
自嘲気味に笑って、適当に手を振り返し、教室へ向かう。
最近、教室に戻れば女の子たちがすぐに群がってくるようになった。
カナの存在がなくなって、俺が「空席」になったから。だから、前ほど一人の寂しさに耐えられないわけじゃないはずやのに。
「なぁ!! なんで電話出えへんの!?」
放課後、メガネーズを振り切ってきたのか、肩を上下させて息を切らしたもとちゃんに捕まった。
「……俺の思い通りにならん奴に、興味ないねん」
わざと、一番冷たい声で突き放す。
なんで俺は、もとちゃんをこんなにいじめたくなるんやろう。
中学の時からそうや。いつもニコニコ笑っていて、優しすぎるから周りに弄られて。でも、芯のところでは絶対に折れない強さを持ってるから、周りに愛される。
「……そんなこと言うなよ。友達やろ?」
ほら。俺がこんなに酷いことを言っているのに、俺のすべてを包み込むような、悲しげな顔をしてそんなことを言う。
その「全肯定」が、俺の歪んだ独占欲を余計に刺激する。
「……友達の頼み事を断るような奴、友達やと思ってないから」
「あの日のこと怒ってんの? 急じゃなくて、前もって言ってくれたら行ったのに……」
……それより。なんでもとちゃんは、こんな俺なんかに構うんやろう。
友達なんて他にいくらでもいるやろうに。俺一人いなくたって、お前の世界は何一つ支障がないはずやのに。
「……じゃあ、明日は?」
「……ごめん、予定ある」
「あっそ」
「土曜!! 土曜なら、家に行ける。 お母さんのご飯、お土産にするから!簡単そうなレシピも聞いてくるし、出来たら一緒に作ろ!」
またこんな時にもお母さんかよ。マザコンにも程がある。
けれど、必死に食らいついてくるその熱が、俺の凍りついた心を少しだけ溶かした。
「……ええよ、土曜。絶対な」
「おうっ、絶対!」
そんなに嬉しそうな顔をして、親指を立てて。
お前、自分が俺のソフレ候補――一歩間違えれば、それ以上の執着の餌食になる危機感なんて、微塵も持ってないんやな。
この際、マザコンでもなんでもいい。別に付き合うわけじゃないし、関係ない。
ただ、空っぽの部屋に、お前がいてくれたら。
『約束、破るなよ』
そう書いたメッセージと一緒に、自宅の住所をLINEで送る。
少しだけ、ホッとした。
心の隙間が、泥のように重い期待で、ほんの少しだけ埋まっていく。