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「いいですか?万五郎さん。これは猿楽ではなく『狂言』としての新たな分野の、その始まりの台本です。それに伴い、猿楽のように細かな掟を決めてください。あとは万五郎さん自身が道を作って行くのです…」
「って言われたけど、どうするべきかな…」
「玄恵様の台本がある上でなら、猿楽に近しい物にしても良いと座長はお考えだ。(元からなんでもよかったらしいが…)したがって、衣装や所作は猿楽そのままで構わないだろう。」
「ああ、そうさせてもらうかな… でさぁ!この台本、すげぇ出来がいいんだよ、品があって、起承転結があって、オマケに面白いときた。流石玄恵和尚じゃな! 」
「わかったからさっさと練習しろ、次の披露までには完璧な物にしてもらわねば困る。」
「いや…それがさ」
「なんだ」
「三人くらい…必要だったりして」
「断る」
「まだ何も言ってないのに…」
「…ふん…犬王がそういうのは分かってたよ…定吉に探してもらうさ」
「そうしてくれ」
「大変だ!」
「どうした座長、そんな慌てて」
「いかがなさったんですか?」
「次の舞台…足利がおいでになるらしい」
「へ〜足利が…足利?!」
「足利様がいらっしゃるのですか…」
「お前もっと緊張感持てよ!足利だぞ!あ、し、か、が!」
「やかましい!わかっている!」
「…っていうか、世阿弥を囲った後すぐこっちに足利が来る理由って…」
「ああ、世阿弥を囲った矢先のこれだ…ここで認めらるるば、俺ら猿楽も認めらるるやもしれん…」
「だよなぁ…」
「…犬王。」
「なんだ」
「足利に認められたいなら、いつもと変わった芸をすべきじゃなかろうか」
「お前らしくないぞ、まっすぐに言え」
「…犬王がいくらすごかろうと、世阿弥を囲った足利は、よほどなことが無い限り、俺達を認める、つまり囲うようなことはせんはずじゃ」
「お前の猿楽はたしかに幽玄じゃ。しかし、それは型を重んじる全ての猿楽師にあることじゃ。犬王にも…世阿弥にも 」
「くどいぞ!何が言いたい!」
「世阿弥に勝つには、狂言をやるしかないということじゃ」
「…断る」
「犬王!」
「前にも言ったが、私はお前のような段階を踏まぬものは嫌いだ!私は何年もこの人生を猿楽に捧げてきたのだ!お前のような腑抜けたものには理解し難い程のだ!この猿楽にお前が入れたのも我々の恐怖心を煽ってつけこんだからではないか!あのような無法をおかして私に自分を捨てろと?笑わせるな!」
「…そうかよ、じゃあ好きにしろ。」
「最初からそのつもりだ。」
(…この勝負はどちらが先に上に行けるかの勝負、協力するのはお門違いじゃ。)
「定吉、狂言をしてくれるやつを2人、集めてくれ。衣装や所作はそのままでいいから、猿楽の連中でもできるはずじゃ。」
「ああ、わかった。しかし今日は元気がないな、何かあったか?」
「いや?別に」
「(こりゃなんかあったな…)嘘ついてみろ、何があったか聞かせてくれ」
「ハァァァ!」
(世阿弥を囲った…)
「天津風……!」
(しかし、それは型を重んじる全ての猿楽師にあることじゃ。犬王にも…世阿弥にも)
「天ならで……!」
(世阿弥に勝つには、狂言をやるしかないんじゃ! )
「…ちっ」
「だから、俺は犬王の事を思って言ったんだよ」
「そんなことがあったのかい…」
「定吉はどう思う?」
「んーそうだなぁ。お前の考えは一理ある。そのうえで、犬王の気持ちを汲んでやりたいな」
「なんで?」
「いいか?お前にはお前の道があり、犬王には犬王の道があり、それは世阿弥にもある。犬王は犬王の道で世阿弥を追い抜きたいと頑張ってるんだ。ここで猿楽を捨て狂言に走るのは、己の道を捨てるも同然の筈。そんな事が、あの犬王に出来ると思うか?」
「んん…」
「もちろん、お前を否定している訳じゃない。その考えは立派だ。俺に話してくれて良かったよ。頑張んな」
「おう。ありがとうな、定吉。」
「…謝ろう」
万五郎は、いつもと変わらない廊下が、まるで回廊のように遠く長い道のりに感じていた。ただ、その遠く長い道のりを歩むものは、もうひとり居たのだ。
「あ」
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「…万五郎」
「犬王、あの…ごめ」
「…せろ」
「え?」
「…狂言の台本を見せろ」
「え!?いいのか?!お前あれだけ…」
「今はつべこべ言う時間ではない!私は狂言をやると言っている!台本を見せろ!」
「あ、ああ!わかった!」
「やるぞ!」
「おう!」