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朝になってランナは目を覚ました。昨晩の悪夢のような闇から一転、目に飛び込む金色の天井が朝日よりも眩しい。
すぐに顔を横に向けて両側の隣を確認するが、当然ながら誰も一緒に寝ていない。
(ヒルくんは……いるわけないか)
ヒルのベッドは一人で寝るには大きすぎる。そもそもヒル人格は昼しか活動できないのだから、ヒル自身はこのベッドは昼寝にしか使えない気がした。
ベッドから下りてクローゼットを開けると白いドレスを手に取る。昨日はカレンに手伝ってもらったが、今日はもう一人で着れる。
着替えてリビングに行くと、そこにはテーブルの前で両手を揃えて立つカレンの姿があった。今日もメイド服で無感情な黒髪ボブのカレンはミステリアスだ。
「カレンさん、おはよう。ずっとこの部屋にいたの?」
「おはようございます。いいえ。少し前に参りました」
カレンは中立という割には昨日の夜も付き添ってくれたし、今も朝なのにランナの側にいる事が不思議にも思える。
今は昨晩と違って明るい朝なので度胸が出る。真っ直ぐで正直なランナは、その疑問を堂々と口にする。
「カレンさんは中立なのに、朝も夜も私のお世話をしてくれるの?」
「はい。ランナ様のお側にいる事が中立なのでございます」
(……どういうこと?)
なぜかランナだけが特別扱いをされているように感じる。カレンの返答は要領を得ないが、これ以上踏み込むのも怖い気がした。
本来のランナは陽気で明るい性格なので、カレンとは打ち解けたい。ここは話題を変えて、いつもの調子で明るく笑いかけてみる。
「ねぇ、カレンさんって何歳? 私は19歳だけど同じくらいだよね!?」
「20歳でございます」
「あ、1つ年上だったんだ! ポーラ姉さんと同い年ね!」
「…………」
会話が続かなくて、明るく振る舞ったランナの笑顔が固まって引きつる。いくら笑ってもカレンは笑顔を返してはくれない。
ランナはいつの間にか年上のカレンにタメ口になっていたが、一応王妃だし立場的には問題ない。すると今度はカレンが話を変えてきた。
「今朝はアサ様とモニカ様が、ランナ様と朝食をご一緒したいとの事です。アサ様の城へ参りましょう」
「え? 私と?」
意外なお誘いに驚く。昨日の感じでは、アサとモニカは純粋に愛し合う夫婦に見えた。朝の二人の時間に『昼の妻』が入り込んでもいいのかと。
アサは穏やかな紳士なのでヨルほど警戒はしないが、心が読めない怖さがある。それは淑女のモニカに対しても同じ。
(でも、モニカ様もアサ様の指輪の呪いに……)
モニカの左手で煌めいていた白銀の指輪も、おそらく呪いの指輪。ランナは真実を知るために二人と話をしてみたいと思った。
朝の日差しで照らされたヒルの城の廊下は寝起きの目に痛いほどに眩しい。アサの城への連絡通路を真っ直ぐ進むと、やがて視界の色は金から純白へと変わる。
ランナを守るようにしてカレンは前方を歩いて先導する。その逞しいメイド服の背中を見てランナは思う。
(カレンさんて、メイドよりも護衛に近い気がする)
アサの城へと入って階段を下ると、案内された場所は一階のテラス。中庭に面していて、そこから見える花壇には朝日を浴びて輝度を増した白薔薇が咲き誇っている。
テラスには白く丸いテーブルがあって、すでにアサとモニカが座っていた。銀髪の夫婦は服装も純白で、朝に相応しく見た目も清々しい。
国王だというのに、アサは立ち上がって丁寧な口調でランナを迎える。
「おはようございます、ランナさん。どうぞお座りください」
後ろに回ったカレンが椅子を引いてくれたので、ランナは誘われるままに着席する。
すぐに執事長のデイズがテーブルに来て三人分のお皿やティーカップを配膳する。カレンはテラスの端に立って常にランナの方を見ている。やはり護衛のようだ。
熱々のトーストに挟まれた、とろけるチーズの香ばしい香り。朝食は片手でも食べやすいクロックムッシュであった。
「わぁ! おいしそう! いただきます!!」
ランナは今の状況を忘れて飛びつくようにしてクロックムッシュを両手で掴む。貴族の食事のマナーなんて知らないランナは、元来の明るさで朝の空気すら変えてしまう。
そんなランナの笑顔を見て、アサとモニカも自然と微笑む。しかしアサの何気ない言葉が、さらに空気を一変させてしまう。
「どうですか、ランナさん。昨夜はよく眠れましたか」
「……昨夜……」
急にランナの手が止まって笑顔も消える。昨夜のヨルとポーラを思い出して、自分が置かれている現実に引き戻された。
だが、そんなランナの反応だけで見抜いたアサは涼しい顔をしている。ランナの表情を曇らせる言葉を投げたのも意図的であるかのように。
「ヨルに会ったのですね。恐ろしい男ですよ、あれは。まさに悪魔ですね」
自分自身の別人格なのに他人事のように罵る。アサは銀髪だが、赤い瞳だけはヨルと同じ色。天使のようなアサも実は悪魔かもしれない。
しかし、朝しか活動できないアサがヨル人格に会った事があるかのように話すのは何か違和感がある。今度はランナがアサに探りを入れる。
「アサ様は朝4時から昼12時までの人格だと聞きましたが、それだと実際は短いですよね?」
今は朝の8時くらいなので、あと4時間ほどしかない。実際の活動時間としてはヒル以上に短いと感じる。
「はい。ですから僕は朝4時に起きて朝の城に移動します」
「私も朝4時起きですわ。アサ様とご一緒に過ごしたいですもの」
モニカはアサを愛しそうに見つめながら微笑む。それは純愛にしか見えなくて、呪いの効果だとは思いたくない。
この話だと朝4時起きで睡眠時間が削られる分、ヨルは寝る時間が早いのだろう。確かに昨夜を思い返すと、夜10時過ぎにヨルはポーラとベッドで過ごしていた。
(だめ、思い出すと……ポーラ姉さん……)
ヨルの奴隷となったポーラの姿を思い出すと、ランナの心はドロドロとした黒い暗雲に包まれて重く苦しくなる。
顔を伏せて苦悶の表情を浮かべるランナを宥めるかのように、モニカがランナの片手を優しく両手で包む。
ハッとしてランナが顔を上げると、モニカの青空のような碧眼と天使のような微笑みが心の暗雲を吹き飛ばす。
「分かりますわ。不安ですわよね。私は第一王妃としてランナさんのお力になりたいですわ」
「第一王妃……?」
モニカは年上として、王妃の先輩として好意を持って接してくれているのは分かるが、それ以上に気になる言葉があった。
第一王妃がモニカならランナは何番目の妃なのか。朝昼夜の時系列で言うなら昼の妻は第二王妃であると予想した。
しかし、その予想をアサがあっさりと覆す。
「ランナさんは第三王妃ですよ」
(え、なんで?)
ランナは思わず脳内でツッコミを入れる。結婚した順だと言うならポーラよりもランナの方が先に指輪を受け取った。
しかし、その疑問の答えはシンプル。単純に王妃の年齢順であり大した意味はない。
ヴァクト陛下には三つの人格があるが一人の人間。形としては一人の国王に対して三人の王妃がいるという一夫多妻みたいなものだ。
(そもそも、なんで陛下には三つの人格が?)
そこが最大の謎ではあるが、どこまで核心に触れていいのか分からない怖さがある。
いつの間にか朝食を食べ終えていたモニカは立ち上がると隣のアサの膝の上に座る。さらにアサの首に両腕を絡めて抱きつく。
唐突に絡み始めた夫婦を目の前にしてランナは目を見開いて停止してしまう。急に大人の色気を纏ったモニカをアサは平然と抱き返す。
「ランナさん、よく見てください。これが『呪い』なのです。モニカさんは僕を愛しています。そうですよね、モニカさん?」
「はい……アサ様、愛していますわ……」
モニカはアサの両頬を両手で包むと深く唇を重ね合わせる。ランナは咄嗟に顔を背けて目の前の現実を視界の中に入れる事を拒絶する。
アサに呪いだと言われてもモニカは何とも思わない。ポーラと同じでモニカもアサの愛の奴隷でしかない。それこそが『呪い』なのだと見せつけられた。
(なんで、アサ様もヨル様も……それを私に見せるの!?)
ランナは唇を噛み締めて時が過ぎるのを待つしかない。王妃の中で唯一、正気を保っているランナだからこそ『辛い』という感情が湧き起こる。
ヨルとポーラを見た時と同じ、耐え難い不快感が今もまたランナの心を掻き乱していく。
アサの狙いはモニカとの愛を見せつけるためのものではない。ようやく唇が解放されたアサは邪気のない微笑みでランナを見るが、その赤い瞳は悪魔の瞳だと確信した。
「分かりますよね。僕の人格が1つであれば、誰も苦しむ事がないのですよ」
穏やかな口調で説き伏せるかのように、顔を伏せたランナの耳にはアサの誘導の言霊が鳴り響く。アサの目的と真意はヒルとヨルと同じ。
呪いにかからなかったランナは誰よりも苦しい思いをする。不条理な愛を正常な心が認めない。誰に対しても不快感と嫌悪感としか生まない。
「ランナさん。あなたの力が必要です。ヒルとヨルを殺すために」
アサは、ヒルの呪いに支配されていないランナを協力者として取り込もうとしていた。