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大きな幸せはいらない。
だから、せめて、幸せのかけらだけでも。
俺に、くれませんか。
生まれたときから、俺に幸せなんてものはなかった。
“生まれただけで幸せ”
“生きているだけで幸せ”
そんな綺麗事、言うだけなら簡単だ。
親にはご飯も食べさせてもらえず、自力で冷蔵庫を漁り、何とか空腹を凌ぐ日々。
衣服も、伸びきったシャツ1枚と、ジャージ1セットしかなく、毎日同じ服。
当然、風呂など入らせてもらえるわけもなく、学校に行けば汚いといじめられ、家に帰れば邪魔だと言われる。
これでも、幸せだといえるのか。
これが、“生きているだけで幸せ”ということなのか。
そもそも、幸せとは何なのか。
もう、生きている意味すらわからない俺に手を差し伸べてくれる人などいなかった。
毎日毎日、幸せのかけらを探して生きる。
そんなもの、どこにもないと分かっているのに。
なぜ俺は、“幸せ”を求め続けているのだろうか。
当たり前の生活がどれほど幸せなのかも知らず、ただただ生き続ける人たちが暮らす世界。
その世界はこう言う。
“幸せになりたい”
幸せとは何かも知らず、“形のないものになりたい”と、その世界は言う。
ただ、そんな世界が羨ましかった。
その世界に入りたくて、俺は今も“幸せ”を求め続ける。
高校に入って数ヶ月経った今、昔のようないじめこそないが、何も素直に受け取ることができない、その性格があの世界に入ることを余計に難しくさせる。
「桃くん!放課後遊びに行かん?」
「ねえってば!行こうよ〜」
しつこく誘ってくる彼は青。俺が何度無視しても話しかけてくる変なやつ。
彼もきっと、当たり前の生活を幸せだとも思わず、幸せとは何かなど考えずとも幸せを掴んでいる人たちの一人で、俺とは違う。
どうしても、そう思ってしまう。
でも、今日こそは善意を素直に受け取ろうと思い、「はい」と小さく答えると、彼は目を輝かせ、本当に嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとう!」
生きてきた中で、数えられるほどしか言われたことのないこの言葉を当たり前のように俺に言うと、自分の席へ戻っていった。
ありがとう、か。
正直、今までは「ありがとう」という言葉をかけられても、“どうせ本心ではない”と思っていた。
でも、彼の言葉はそれを感じさせなかった。
心から思っているような気がして、彼の言葉の力に驚いた。
ついにやってきた放課後。
青くんは真っ先に俺のところにやってきて、
「早く行こ!」
と俺の手を引っ張り歩き出した。
「どこ行こうかなあ…とりあえず駅行った方が良いかな…」
ぶつぶつ独り言を言いながら当たり前のように俺の隣を歩く青くん。
「あ、あの…」
「どうして、俺なんかと関わろうと思ったんですか…」
勇気を出してそう聞いてみた。
「なんでって…」
「僕に似てるから…かな?」
「え…?」
青くんに似てる…?
そんなわけない。青くんはクラスの人気者で、俺は誰の目にも止まらない陰キャ中の陰キャ。
「俺、青くんとなんて似てませんよ…?」
そう言うと、ふふ、と微笑み、
「昔の僕と、かな」
と静かに言った。
「というよりさ、くん付けやめてくれない?」
「え?」
「僕、青って言われる方が好きだから」
「そう…ですか…」
「ああもう!敬語もダメ!タメ口!」
「はい…あ、うん」
慌てて訂正した俺がよほど面白かったのか、ずっと笑っている青。
「そんなに笑う?」
「めっちゃ慌ててんだもんw」
「…あの」
「ん?」
「昔の青ってどんな感じだったの…?」
「あー…それ聞く…?」
小さく頷くと、ちょっと長いよ、と言いながら話し出した。
「桃くんさ、もしかして“幸せ”探してない?」
「え…」
ズバリと言い当てられ、驚きを隠せない俺をよそに、青は話し続ける。
「当たりか。
僕もさ、ずっと幸せを探してる人間だったんだ。
生まれたときから良いことなんて一つもなくて、もとは根暗な性格だから、友達もできるわけなくてさ。
何か得意なことがあるわけでもないし、誰かに認められるなんて、もちろん僕には関係のない話だった。
周りが幸せに見えて、でも幸せって何かわからなくて、生きている意味もわからなくて。
でも、そんな僕を助けてくれる人はいなかった。
きっと、僕も“助けてほしい”なんて思わなくなっていたんだろうね。
そんなとき、僕の前に紫ーくんっていう人が現れた。
紫ーくんだけは、僕を助けてくれた。
あれは、たまたま病院の近くのベンチに座っていたときだった。
“俺は紫!紫ーくんって呼ばれてるんだけど…君の名前はなんて言うの?”
突然、そう声をかけられた。
僕が桃くんに声をかけたように。
本当は答えたくなかったんだけど、“青です”って気づいたら答えてた。
そしたら、
“青くん、すごく暗い顔してるよ。…もしかしてだけど、幸せを探してない?”
って急に言われた。
当たっていることに驚きすぎて、僕は返事もできなかったんだけどね。
“俺も青くんみたいなときあったなあ”
とか言いながら、僕に近づいてきてさ。
普通だったら怖いとか思うはずなんだけど、不思議と怖さを感じなかった。
それから、紫ーくんは聞いてもいない自分の話をしだして。
“俺も昔は幸せを探して生きてたんだ。
だけど、病気になってさ。もう少しで死ぬの。
だからかな。今は、幸せが何かわかる。
もちろん、幸せに形なんてなくて、答えもないよ。
だけどね、幸せっていうのは“生きること”だと思うんだ。
死んでしまったら、幸せも何もないでしょ?
生きること自体が、みんな平等に与えられている幸せのかけら。
それを大きくできるかは、自分次第だけどね。
幸せってさ、きっと探さなくてもあるものなんじゃないかな。”
初めて会った人の言葉なのに、すごく説得力があって、信じることが出来た。
その日から毎日毎日病院に行って、紫ーくんとお話をして、いつの間にか、幸せを身近に感じられるようになっていった。
でも、3ヶ月くらいした頃、紫ーくんは突然来なくなった。
毎日毎日通って、何時間も待ったけれど、紫ーくんは来なかった。
一週間後くらいに、病院の人から紫ーくんが亡くなったことを聞いて、本当に悲しくて、悔しくて、辛いと思った。
それと同時に、紫ーくんの言っていたことは間違っていなかったんだって思った。
“幸せっていうのは“生きること”だと思うんだ。死んでしまったら、幸せも何もないでしょ?”
この言葉は、綺麗事でも何でもない、事実だった。
それに気づかせてくれたのは、全部紫ーくんのおかげなんだ。
だから、紫ーくんの分まで生きたいって思った。
生きる意味もわからなかった僕が、生きたいって思えるようになるってすごいよね。
そう思ってからは、幸せを探して生きることをやめた。
だって、生きること自体が、“幸せ”なんだから。
余計なことまで話しちゃった…w
少しでも伝わったかな…?」
俺は、勘違いしていただけ。
幸せなんてない。
そう思っていたけど、それは間違いで、俺がすぐそこの幸せに気づけなかっただけだった。
何年も探し続けた幸せのかけらは、俺がずっと持っていた。
「…うん。すごく、伝わった。
その…紫さんって人、きっと青が自分の言葉で生きたいって思ってくれたこと、喜んでると思う。
青のこと話してくれて、ありがとう。
…俺、青みたいに生きたい。
だって、幸せは“生きること”だもんね。
生きることが、“幸せのかけら”なんだもんね。
俺も、青みたいに誰かのために生きたい。
そして、幸せを掴みたい。
…できれば、青と一緒に。」
青は、ふふ、と微笑み、
「もちろんだよ。桃くんの目標になれて、何より桃くんが生きたいって思ってくれて、すごく嬉しい。
僕は紫ーくんと一緒に“生きる”ことはできなかったけど、桃くんとならできる。
僕と一緒に、幸せのかけら、大きくしようね。」
と優しい声で言った。
“僕と一緒に、幸せのかけら、大きくしようね。”
その一言がすごく嬉しくて、俺の“幸せのかけら”が少しだけ、大きくなった気がした。
あれから4年。
無事に大人になった俺たちは、友達、ではなく恋人になっている。
あのとき小さかった幸せのかけらも、もうだいぶ大きくなったような気がする。
今日は、毎年来ている紫さんのお墓参り。
ここで、感謝を伝える。
1人ずつ紫さんに想いを伝えるのが、俺たちの毎年の流れ。
紫さん。
毎年言っていますが、青に“幸せ”を、“幸せのかけら”を教えてくれてありがとうございます。
おかげで、俺たちは幸せのかけらを捨てることなく、まだ持つことができています。
これからも、そのかけらを大切に持ち続けていくので、どうか、見守っていてください。
必ず、もっともっと、大きくして見せます。
紫ーくん。
紫ーくんのおかげで、桃くんも生きることを選択し続けてくれているよ。
“幸せ”を知ってくれて、僕のために生きたいって思ってくれてる。
こんなに嬉しいんだね。
自分のために生きたいって思ってくれること。
本当の幸せを知ってくれたこと。
紫ーくんが守ってくれた僕の“幸せのかけら”。
これからも大切にするね。
いつもありがとう。
形のないものを探し続けて、生きる意味もわからなかった俺の人生だったけど、一度捨てかけた俺の“幸せのかけら”は、いろんな人のおかげで、大人になった今も、大切に持ち続けている。
もちろん、これからも、ね。
______幸せのかけら fin.