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「おはようございます」
次の日の朝。身だしなみを整えたあと椅子に座っているとトオルが来た。
この地下の部屋に来るまで、きっと寒かっただろう。
それなのに、太陽のように明るくて温かい笑顔を向けてくる。
「よく眠れましたか?」
「ゆっくり休めたよ。
お姫様みたいな生活だなって思った」
「ボクと結婚すれば、ここよりもいい生活ができますよ。
美しい雪景色だって見ることができます。
こんな地下の部屋でお姫様みたいな生活だと言うってことは、グリーンホライズンとクレヴェンでとても苦労をされたんですね」
「まぁ……、不便だと思うことはない、といえば嘘になるけど。
自然の中で過ごすのも楽しいと思ったよ」
「なるほど。自然の中での暮らしか……。
大変そうだと思いますけど、面白そうですね。
さて、朝ご飯にしましょうか。
ボクもかけらさんと一緒に食べます」
朝ご飯は、目玉焼きとベーコン、三種類ほどの野菜が混ざっているサラダ、ロールパン。温かいスープと紅茶。
どれも美味しそうで、食欲をそそる匂いがした。
「前にいた世界でも、こういう朝ご飯だった。
こっちの世界でも食べれるなんて嬉しいな」
「そうでしたか。かけらさんに喜んでもらえて何よりです」
しかし、箸がない。目玉焼きの白身がつるっとフォークから落ちて苦戦する。
テーブルマナーを学んでおけばよかった。
一方、トオルはフォークとナイフを上手に使って優雅に食べていた。流石、王子様だ。
私がお姫様になるには、訓練が必要かもしれない……。
「スノーアッシュの暮らしは、かけらさんのしていた生活に似ているんですね」
「うん。食事だけでなく、お風呂とベッドも似ている。だから、昨晩は快適に過ごせたよ」
「かけらさんのいたところも文明が発達していたんですね。
それじゃあ、ボクのお願いを叶えるのは、簡単かもしれません」
トオルのお願い。
それは昨日、教えて欲しいと言っていたことなんだろうか。
食事を終えたあと、トオルに案内されて他の部屋よりも頑丈なドアの前に案内された。
「かけらさんに教えてもらいたいこと……。
それを説明するための物がこの部屋にあります」
説明する物とはなんだろう。
私が持っているダイヤモンドくらい貴重な宝とか……?
ごくりと唾を飲み込み、トオルがドアを開けるのを待つ。
しかし、部屋の中が見えた時、その緊張感が一気になくなった。
「これは……、絵……?」
「そうです。ボクの描いた絵です」
隙間なく部屋一面に飾られているものもあれば、床に重ねて置いているものもある。大量の絵画。
水彩画や油絵、鉛筆で描かれたものなど、色んな道具を使って描いているようだった。
これは、雪が積もっている街並みだろうか。
建物が写真のように鮮明に描かれていて、太陽の光が当たっている部分の色使いがとても美しい。
他の絵も素敵なものばかりで、美術館に来たみたいだ。
でも不思議に思ったことが一つだけある。
部屋の中を見た感じ、雪景色の絵しかない。
「スノーアッシュは、一年中ずっと雪が降っているので、他の景色のイメージが湧いてこないんです。
雪がない場所に行ったことがあるのは、この地下と戦場だけ。
元はグリーンホライズンとクレヴェンだった土地は、平民が働く場所になっているので、訪れる機会がないですし……。
戦い以外で王都から離れることもできないですから、殆ど雪景色しか見たことがないんです」
「だから、雪の絵が多いんだ……。
でも、どの絵も素敵だと思う」
「いいえ。このままじゃダメなんです!」
握り拳を作って否定したトオルは、必死な目を向けてくる。
こんなに素晴らしい絵を描けるのに、何がいけないんだろう。私はそう思いながら首を傾げた。
「ボクは雪景色以外の絵を描きたいんです。
今までたくさんの作品を作ってきましたが、描いているうちに楽しくないなって思うようになって、筆を置いてしまいまして……。
でもスノーアッシュで見ることができない景色の絵を描けたら、また楽しく描くことができるかなって思うんです」
「なるほど……。違う景色かぁ……」
「でも残念ながら他国に行くことはできません。
……きっと、この先も、ずっと。
だから、かけらさんがいた世界の話を聞きたくて。
教えてもらったことからイメージを膨らませて、誰も見たことがない世界の絵を描いてみたいんです」
「私のいた世界の絵を描くの!?」
「はい。かけらさんがボクに必要な理由は、結婚だけではない。
絵を描くためでもあったんです」
もっと荒っぽいことをされるのかと思っていたけど、想定外で拍子抜けする。
トオルに上手く伝えられるか分からないけど、自分のいた世界を話すことくらいできそうだ。
私はトオルの悩みを解決するために協力することにした。
「私の知っている限りだけど、頑張って答えるから。なんでも言って」
「それじゃあ、かけらさんの見たことのある景色を教えてください。
なんでもいいので絵で描いてもらえませんか?」
「えっ!?」
椅子に座ってから、トオルにスケッチブックと鉛筆を渡された。
その時ふと学生時代の美術の授業を思い出す。……成績はよくなかったけど。
「私は絵が下手だから、トオルみたいにちゃんとしたものを描けないよ……?」
「他人の絵を見るのは、とても勉強になりますから気にしないでください。
かけらさんの描く絵、楽しみだなぁ……」