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さて、どんな絵を描こう。
自分の絵でトオルに何を伝えたいか考える。
この世界と私がいた世界の違いを描いた方がいいだろうか。
毎日見ていた景色や行ったことがある場所を思い出してみる。
私の住んでいたアパートの近くには、工場や小さなビルが建っていた。
遊具とベンチがある広い公園もあって、引っ越したばかりの頃はよく散歩に行っていた。
秋になると、銀杏の葉が落ちていて綺麗だった覚えがある。
小学生の頃の遠足では、牧場にも行ったな。
牛と馬がいて、グリーンホライズンみたいな草原があった。
他には、テトラポットが置いてある海岸も行ったっけ……。
トオルから聞いた話によると、スノーアッシュは雪国だ。だから、私が思い浮かんだ景色は見れないと思う。
その景色をスケッチブックに描いていく。
遠近法とか美術の授業で習ったけどうろ覚えだ。
確か、まずは紙に斜めの線をバツになるように描く。
その線に沿って手前に見えるものは大きく、奥にあるものは小さく描くんだっけ……?
よく分からないけど、これでトオルに伝わりやすくなるといいな。
今まで行ったことのある場所は、私にとって当たり前に存在していたけど、この世界にはない。
行けないと思うと、なんだか恋しくなる。
そんなことを考えながら、馴れない手つきで鉛筆を動かしていく。
トオルは、その様子を目を輝かせながら見守ってくれていた。
心から絵が好きなんだということが伝わってくる。
――……数時間後。
「おまたせ! 完成したよ」
スケッチブックを開いて渡すと、トオルは目を丸くしてから満面な笑みを浮かべる。
「こっ、これは……、ボクには描けないものばかり!」
「大事なスケッチブックなのに、四ページも使ってごめんね」
「いえいえ。四枚も絵を描いてもらえるなんてありがたいです。
かけらさんは……、その……、すごいですね!」
一瞬考える素振りを見せるトオル。
きっと、言葉が出てこなかったんだろう。
なぜなら私の画力があまりにも低いからだ。
ビルやアパートは長方形、窓はそれより小さい四角。
木は丸太とブロッコリーを組み合わせたみたいな絵で、草も一本線で尖った山のように描いている。
真剣に描いたけど、我ながら酷い出来だ。
「道のところに描いてあるものが気になったんですけど……。
横長い四角の下に黒く塗りつぶされている二つの丸。
これは何を表しているんですか?」
「車っていう乗り物だよ。
スノーアッシュでは、馬車を使っているよね。それと似たようなもの。
馬がいなくても、燃料さえあれば走ることができる便利な乗り物なんだよ」
「へえー、そういう乗り物があるんですか……。
国の研究者に伝えて設計してもらおうと思います」
まずい。今よりもっと文明が発達しそうなことを言ってしまった……。
未来人が現代人に未知の技術を教えているみたいだ。
トオルに話してしまったことによって、元の世界に帰れなくなったりしないよね……。
ひやりとしていると、トオルが椅子を寄せてきて、肩が当たりそうなくらい距離を縮めてくる。
そして、テーブルに伏せてから、透き通ったブルーの瞳で見つめて、そっと手を重ねてきた。
私より体温が少し高い……。
トオルのぬくもりを感じて鼓動が早くなる。
「綺麗な手をしていますね。
集中している時のかけらさんも素敵でしたよ。
いつか、かけらさんを絵に描いてみたいな……」
「私を……!?
すごく恥ずかしいから描かなくていいよ……」
「かけらさんの恥ずかしがる顔も見てみたいんですけど」
トオルはくすっと笑ってから、ゆっくりと顔を近づけてきた。
私の頬にトオルの唇が届きそうなくらいの近い距離。
こういう時、なんて反応をしたらいいの……?
恋愛経験がないせいで分からない。
混乱した私はぎゅっと目を閉じてこの状況に耐える。
「顔が赤くなってますよ。
このままキスしたらどうなるんですかね?」
「っ……、そんな困ること……、聞かないでよ……」
「他の王子たちにもその可愛い顔を見せてきたんですか? ……ボク、嫉妬しちゃいますよ」
「ううっ……」
緊張して顔が熱い。
質問に答えることも、トオルの顔を見ることもできない。
「無垢な反応をしますね。
ボクはかけらさんのそういうところも好きです」
髪にそっと触れられてから、トオルの顔が離れたことを知る。
視線を向けると、にっこりと微笑んで私を見ていた。
太陽のように明るい笑顔で盲愛する王子様。
ずっと恋をしてみたいと思っていた。
だから、その甘い言葉に弱くて、揺らいでしまいそうになる。
でも出会ったばかりだし、トオルのことを全部知ったわけではない。
私の鼓動、早く落ち着いて……!
心の中でそう願いながら話の続きをする。
「とっ……、とにかく、どんどん進めていこう。
えーっと、この絵は私が会社に行く時によく見ていた景色で……」
「会社ってなんですか?」
「働く場所だよ。
この世界だと作業所って言われているのかな?」
「なるほど。元の世界では作業所で働いていたんですね」
「そんな感じ。今は無職……、ただの冒険者だけど」
「じゃあ、ボクのお嫁さんに就職すればいいじゃないですか」
「あはは……。それは就職っていうのかな」
結婚の話を回避しながら、元の世界のことを教えていく。
トオルは私の伝えたことをイメージして、紙にメモするように絵を描いていた。
何を行っても信じてくれるのか、真っ直ぐに受け止めて、私のいた世界のことを学ぶ。
その姿は活き活きとしていて、輝いているように見えた。
「誰も見たことがない景色か……。
トオルは、どんな風に描いてみたいの?」
「皆が憧れるような場所を描いてみたいです。
行ってみたいな、世界がこうなって欲しいな、とか思えるようなものを……」
「明るい未来が見える世界か……」
「そのために雪景色以外の絵を描いて、勉強していきたいと思います。
かけらさん、明日も明後日もこんな風に付き合ってもらいますからね。
アドバイスお願いしますよ」