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「アルス、待って」
瓦礫の残骸の中、生存者を探そうとするアルスを私は止める。
私は両手にぎゅっと【時戻り】の水晶を持ち、イルーシャの亡骸を見つめた。
娘の命、【時戻り】を使えば蘇らせられる。
この惨劇も”なかったこと”になる。
「エレノア? 何を……」
「イルーシャを蘇らせる方法があるの」
「そんなものない! エレノア、辛い現実だろうけど受け止めてくれ」
「いいえ、私はいたって冷静よ」
魔法や魔術で命を蘇らせることは不可能。
そうアルスも私も教わってきた。
でも、今使うのはカルスーン王国で数人の魔術師しか扱うことのできない魔法。【時戻り】。
普通であれば、壊れた物体を直す程度で時間を戻すことはできない。だけど、私が持っている水晶であればそれが成せる。
「もう一度やり直すの。そうしたら、イルーシャは助かる」
「やり直す? それに、君が持っている水晶の光は――」
「この水晶の力を使えばそれができるの。四人幸せに暮らせるわ」
「エレノア。君はイルーシャを失って、気が滅入ってるんだ」
「いいえ、私は――」
この水晶に戻りたい時期を告げれば、その通りに時を戻してくれる。
昨日、ブルーノの身柄を取り押さえ、彼が秘術を放つのを止めることが出来れば。
この惨劇は回避できる。私たち家族は幸せに暮らすことができる。
イルーシャだって蘇る。
けれど、アルスは私の話を夢物語だと信じてくれなかった。
「ママ」
オリバーが私の足にしがみつく。
「とおくにいくの?」
「オリバー……」
私は息子の名前を呼んで、はっとする。
彼にどうしてオリバーと名付けたのか。
再びオリバー・ソレ・ソルテラと会うためではなかったのか。
アルス、イルーシャ、オリバー、お腹の子。
家族と別れる時がくるなんてとっくに分かっていたじゃないか。
「私は……」
「やり直すって……、まさか!? その水晶は!?」
「これは初代ソルテラ伯爵が造った、魔道具です」
やり直す。
その言葉を聞いたアルスが、ピンときたようで私が持っている水晶が何か問う。
隠す必要もない私は、彼に水晶の正体を明かした。
検品時は効果が発動しておらず、ただの水晶玉と結果が出ていたから、アルスも寝室のインテリアとして置くことを許してくれた。彼も油断していただろう。
「エレノア、すぐにその魔道具を僕に渡すんだ」
「……渡せません」
「それでイルーシャを救えるのかもしれない。でも、君は違うことに使おうとしているね?」
「っ!?」
「五年一緒にいて、僕を欺けると思ったかい?」
「……」
アルスは私へ手を伸ばし、【時戻り】の水晶を私に渡すよう要求する。
私はそれを拒否した。
私の態度と表情を見て、アルスはすぐに私の思惑に気づいた。
息子の名を呼んだことによる私の表情の変化を読み取ったのだろう。
「オリバー・ソレ・ソルテラに会いに行くのだろう」
「どうしてそれを――」
「僕は君の夫だ。君は僕の愛に答えてくれた。けれど……、頭の片隅にあの男がいる」
「そう、です。オリバーさまを忘れることはできません」
「僕はその不満を、オリバー・ソレ・ソルテラに当てていた。あいつに会って、君の事をよく自慢しにいったよ」
「オリバーさまに会っていたんですか!?」
「あいつはいけ好かない男だ。嫌がらせでエレノアの話をしているのに、あいつはその話を喜んで聞いていた」
アルスはマジル軍で中核の立場にいる。
幽閉されているオリバーに会いに行くのも容易だっただろう。
アルスは幽閉されているオリバーに従者であった私の話をしていたらしい。
きっと、結婚し妻になった私が、娘を息子を三人目をと産んでゆくのを自慢げに話していたに違いない。
「君の心を僕でいっぱいにしたいのに、君はあいつの事だけは忘れない。五年かけてもあいつへの気持ちは消えない」
「消えません。私はオリバーさまのメイドですから」
「そうか……」
アルスは優しい夫ではあるが、私が他の男性に意識を向けるのは許せない。
息子のオリバーは愛しているけれど、幽閉されていたオリバーの事は大嫌いなのだろう。
「ごめんなさい。私、もう決めたんです」
私はアルスに謝った。
彼は良き夫だ。それが知れて本当によかった。
けれど、そんな彼とも今日でお別れ。
私はあそこへ戻ってオリバーを助けないといけない。
(オリバーさま、イルーシャのために【時戻り】の水晶を使おうとして申し訳ございません)
一時、私はオリバーの優しさに甘えようとしてた。
イルーシャと幸せな日々を送ろうと誤った使い方をするところだった。
だけど、この生活を捨てることは五年前から決めていたじゃないか。
【時戻り】の水晶が青白く光った時、私は水晶にこう告げるのだと決めていたじゃないか。
「【時戻り】の水晶よ!!」
私は水晶を掲げ、【時戻り】する時期を告げた。
「私を、五年前のあの日。オリバー・ソレ・ソルテラに会わせて!!」
『協力者よ、時を戻そう』
初代ソルテラ伯爵の声と共に、私は五年前のあの日に【時戻り】をした。