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自分語りになってしまい恐縮ですが、なんだか昔の恋心を思い出しました… こういう気持ちを感じる若い時代は決して無駄な時間ではなかったんだなと初めて思いました。 やっとスタート地点に立った2人のこれからが楽しみです。いつもありがとうございます。
うわあああああもうマジで最高すぎる……!!😭💕💕 「恋ってやつだろ。これ」からの流れ、完璧すぎて心臓もたんわ…。お互いに嫉妬して、でも仕事に持ち込まないように必死で。それでちゃんと夜に共有して、“今だから言える”って空気がエモすぎるよ…!! しかも「今日のタイキ、強いな」のルイの困り顔が目に浮かぶ…!強がってるのに素直なタイキ、めちゃくちゃ尊い。キスの前の「止まれなくていいって意味で取るけど」「取るな」の応酬、あれ絶対名シーンだからね!!? そして朝のベッドシーン…「離さなくていい?」って訊くルイと自分からキスするタイキのバランス、天才すぎか?? 自分からキスしたのに照れるタイキと、同じ気持ちだよって抱きしめ返すルイ…助けて尊死しそう💀💕 まだ続きがあるなら絶対読みたい…てか読みます!!おやすみなさいのキスからのこの展開、最高でしたありがとうございます…!!✨
#ころんくん
Yuka🍀🐼
79
ちゃちゃ@あきしお最高
281
#パクリ❌
まずい。
ルイはタイキの手を掴んだ瞬間そう思った。
嫉妬をそのまま出したかったわけじゃない。
そんなことを口にしたら、タイキが仕事をやりづらくなる。
後輩との距離感に変に気を遣わせるのも違う。
だから言えない。
言いたくない。
でも、このまま何もなかったみたいにもしておけない。
止めたい。
でも、何を。
どう言えばいい。
言葉が出ない。
タイキは、掴まれた手を見た。
それからルイの顔を見る。
何を考えてる。
どうして掴まれた。
さっきの話のどこが、そんなに引っかかった。
頭の中を色々な可能性が巡る。
怒ってるわけじゃない。
でも、静かに熱い。
自分の言葉が、何かに触れたのは分かる。
でもそれが何なのか、まだ輪郭が掴みきれない。
ルイは思う。
嫉妬してる。
そう言えば早い。
でも言えない。
それをそのまま口にした瞬間、タイキの日常を少し変えてしまうから。
だけど、このまま飲み込んで、何もなかった顔で終わるのも違う。
今の気持ちを、なかったことにはしたくない。
なのに言葉が出ない。
沈黙だけが濃くなっていく。
その空気を壊したのは、タイキだった。
「ルイ……」
低くて、でも静かな声。
ルイが顔を上げる。
タイキは、掴まれたままの手を少しだけ見てから、そっと続けた。
「あのさ……」
そこで一度呼吸を整える。
そして、ソファに手をついたまま少し沈んでいたルイのもう片方の手に、自分の手を重ねた。
やわらかく。
逃がさないでも、縛るでもなく。
ルイの目がわずかに揺れる。
「……今日、もやもやした?」
その一言が、静かに落ちる。
ルイは何も言えない。
タイキは、重ねた手の指先を少しだけ動かす。
ギュッと握るほどじゃない。
でも、大丈夫だと伝えるみたいな小さな力で。
「俺たち、仕事ではちゃんとできてた」
タイキはゆっくり言う。
「…だからこの気持ち、同じなら」
「共有していいと思う」
「今は他に、誰もいないし…」
「俺は、正直モヤついてた」
タイキがそう溢すと、ルイの喉が小さく動く。
タイキは少しだけ照れを残しながら、でも目を逸らさずに続けた。
その言葉に合わせるように、重ねているルイの指先を、今度はもう少しだけしっかり握る。
ルイの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
タイキは静かに話し始める。
「今日さ、合同練習で」
「お前が他のやつと喋ってるの見て、ちょっと嫌だった」
自分で言って、少しだけ口元が苦くなる。
でも止まらない。
「距離近いのとか」
「同じペットボトルとか」
「……なんか、変に引っかかった」
ルイは、その言葉をひとつも逃さない。
「でも、そのあとお前が歌のイメージの話した時」
タイキは少しだけ目を細める。
「俺たちのこと言ってくれてんのかなって」
「めちゃくちゃ刺さって」
「それでまた、すげぇ嬉しくて」
小さく息を吐く。
「で、歌った時の顔で、もうだめだった」
ルイの目が、今度ははっきり揺れる。
タイキはその反応を見て、少しだけ勇気を出したみたいに覗き込む。
「ルイも、同じ、だった?」
問いかけながら、握っていた手をほんの少しだけ緩める。
大丈夫。
そう行動で伝えるみたいに。
それからタイキは、ソファに座ったまま、ほんの一歩だけ距離を詰めた。
静かに。
でも、はっきりと。
ルイは掴んでいた手を、ゆっくりと下ろした。
乱暴さの欠片もなく。
触れてしまった理由を、今さら自分でも理解したような顔で。
「……同じだった」
低い声。
「かなり」
その答えに、タイキの胸が少しだけ熱くなる。
でも今度は、焦る熱じゃない。
共有されたことで少し落ち着く熱だった。
ルイは重ねられた手を見下ろして、静かに言う。
「後輩の話、聞いた瞬間」
「正直、嫌だった」
タイキが息を止める。
ルイは視線を上げる。
「でも、それ言ったら」
「タイキが仕事しづらくなる気がして」
「……言えなかった」
タイキは小さく頷く。
「うん」
「分かる」
「俺も、お前が他のやつと話してんの見て」
「変な顔したくなかったし」
それが、同じだった。
モヤっとして。
独占したくなって。
でも、それを仕事の場でぶつけるのは違うと分かってる。
だから飲み込んで。
でも、夜になった今はもう言ってもいい気がした。
タイキは、優しく握ったままのルイの手を少しだけ撫でる。
「共有していいって、そういう意味」
「ここでは言っても良い」
ルイはしばらく何も言わなかった。
ただ、その手の熱を受け取っている。
そして、やがて小さく笑う。
「……今日のタイキ、強いな」
「強くねぇよ」
「いや」
ルイは静かに首を振る。
「かなり助けられた」
タイキは少しだけ照れたみたいに目を逸らして、それでも手は離さなかった。
風呂上がりで。
近くて。
危なかった空気は、まだ完全には消えていない。
でも今は、その熱がちゃんと二人の間で言葉になっていた。
嫉妬も。
独占欲も。
触れたい気持ちも。
ちゃんと共有していいものとして、そこに置かれている。
それだけで、空気は少しだけやわらいだ。
ルイはようやく深く息を吐いて、重ねられた手の上に自分の指先をそっと返す。
「……ありがとな」
「ん」
「言葉にしてくれて」
「……お前が黙ってるからだろ」
その返しに、ルイがまた少し笑う。
タイキも、小さく笑った。
そして二人は、近づいたぶんだけ静かに呼吸を整えながら、もう少しだけその距離にいた。
空気は、そこで少しだけ沈黙を生んだ。
さっきまで言葉にしていた嫉妬も、触れたままの手の熱も、まだちゃんとそこにある。
でも今は、それを急いで埋める必要がない静けさだった。
ふぅ、と息を吐いて。
タイキはルイの手を優しく握ったまま、ソファに座ったまま一歩だけ距離を詰めた。
静かに。
ほんの少しだけ。
でも、さっきまでより確実に近い。
その動きを、ルイは止めなかった。
止めないどころか、目だけでずっと追っている。
追っているくせに、追い詰めない。
大丈夫か。
ここまでなら。
この距離は。
この空気は。
そうやってひとつずつ確認しているような、慎重な熱だった。
タイキはちゃんとルイを見た。
ドキドキしている。
心臓は全然静かじゃない。
でも、大丈夫だった。
この人の前でなら、今はちゃんと息ができる。
そう思えるくらいには、もう逃げなくていい気がしていた。
「あのさ……」
タイキは一回だけ視線を落とした。
自分の膝のあたり。
重なった手。
それから、またルイを見る。
喉が少し鳴る。
でも、声は止めなかった。
「恋ってやつだろ。これ」
ぽつり、と落とした言葉だった。
でも、それはたぶん今日いちばん、まっすぐだった。
ルイの目が、僅かに見開く。
その反応を見て、タイキの耳がまた少し熱くなる。
言ってしまった。
ちゃんと言ってしまった。
でも、ここまで来たらもう隠す方が変だった。
タイキは、照れをごまかすみたいに少しだけ頬をかいた。
視線はまだ完全には定まらない。
それでも言葉は続く。
「誰かに取られんの、やだなーとか」
「いちいちやってること、目について……かっこいいとか思ったりとか……」
「俺のこと見てほしいって……思ったりとか……」
言いながら、だんだん声が小さくなっていく。
自分で言ってて、恥ずかしい。
何をそんなに素直に並べてるんだと思う。
でも、もう止まらなかった。
「流石に自覚するよな…」
最後は、少しだけ逃げるように。
でも、ちゃんと聞こえる声で。
ルイと目が合わせられないまま、タイキは息を吐く。
頬をかいた指先が、少しだけ落ち着かなく動いた。
「だから、恋」
一拍。
そこでタイキは、また小さく呼吸を整える。
それから最後に、確認するように。
でも、逃げ道を残さないように。
「俺はルイに恋してる」
その言葉を、落とした。
ルイはすぐには何も言わなかった。
言えなかった、の方が近い。
目の前にいるタイキが、今、自分の意思でそこまで言った。
恋。
ちゃんと自分たちに向けて落とした。
さっきまでの嫉妬の共有とも違う。
もっと先だ。
ルイの喉が、目に見えて上下する。
重ねられた手に、ほんの少しだけ力が入る。
「……やばい」
ようやく出た声は、ひどく小さかった。
タイキが少しだけ目を上げる。
ルイの顔を見る。
ルイは困っていた。
でも、それ以上にうれしそうで。
信じられないものをもらった時みたいに、少しだけ途方に暮れた顔をしていた。
「お前」
ルイが低く言う。
「それ、今ここで言う?」
「……今だからだろ」
タイキは少しだけ唇を尖らせる。
「ここまで来て、違うとも言えねぇし」
ルイは一度だけ目を閉じた。
そのまま額に手をやりたそうな顔をして、でもしない。
本気で理性が追いつかなくなるのをただ静めたいだけ。
「何」
「いや」
ルイは少しだけ苦く笑う。
「タイキ、今日強すぎる」
その言い方に、タイキはようやく少しだけ笑った。
照れてるくせに、どこか吹っ切れた笑い方だった。
「そっちが、散々言わせたんだろ」
「言わせた覚えはない」
「ある」
「どこが」
「全部」
小さな応酬。
なのに、その軽さの下で空気はちゃんと熱いままだ。
ルイはやがて、ゆっくりと息を吐いた。
それから、重なったままの手を少しだけ持ち直して、今度はちゃんと握り返す。
優しく。
でもさっきより、少しだけ深く。
「……恋、ね」
その言葉を、ルイはたしかめるみたいに口の中で転がした。
甘くも、軽くもなく。
ちゃんと現実にしていく声音で。
タイキの肩が、わずかに揺れる。
「やめろ」
「何が」
「お前が言うと、変に現実になる」
「現実にしたいから言ってる」
即答だった。
タイキの呼吸が浅くなる。
でも今度はもう、逸らさない。
ルイはそんなタイキを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「俺も」
静かな声。
「恋だと思ってる」
「とっくに」
「……うん」
「誰かに取られたくないし」
「見てほしいし」
「近くにいたいし」
「他のやつに向ける距離、普通に嫌だった」
ルイがそこまで言うと、タイキの頬がまた少しだけ熱を持つ。
でも、それは嫌な熱じゃなかった。
同じだったことへの、安心の熱だった。
「じゃあ……」
タイキが小さく言う。
「同じか」
「同じ」
ルイは頷く。
「かなり」
また少しだけ沈黙が落ちる。
でも今度の沈黙は、さっきまでのものとは違った。
もう曖昧じゃない。
言葉になったあとに落ちる、静かな余韻。
ルイはタイキを見たまま、少しだけ声を落とした。
「タイキ」
「ん?」
「確認だけど」
「なに」
「俺ら、恋人でいいってこと?」
ルイはそこで少しだけ口元をやわらげる。
タイキは一瞬だけ固まって、それから一気に顔が熱くなる。
「っ……」
「いや、その」
「そういう、つもりで言ったけど」
「わざわざ言い直されるとむずい」
ルイの喉の奥で、小さく笑いが転がる。
でもからかわない。
今の空気を壊さないように、本当に少しだけ。
「じゃあ、ちゃんと返す」
ルイが言う。
タイキは無言でルイを見る。
真っ直ぐ。
逃げない目だった。
ルイは、その視線を受け止めたまま、静かに言った。
「恋人になって」
タイキの喉が、小さく鳴る。
ルイのまっすぐな視線から少し伏せるようにタイキは瞼を下に落とした。
その一言で、何かが変わる音がした気がした。
派手じゃない。
でも、もう元には戻らない種類の変化だった。
ルイは重なった手を少しだけ引き寄せる。
引き寄せるといっても、抱き寄せるほどじゃない。
ただ、離れない位置へ整えるみたいに。
「これで、いい?」
低い声。
タイキはその手を見てから、小さく頷いた。
「……いい」
それから少しだけ、照れたみたいに目を伏せる。
「なんか、変な感じするけど」
「うん」
「でも」
タイキはまたルイを見る。
「嫌じゃない」
「俺も」
ルイの返事は、今まででいちばん穏やかだった。
たぶん二人とも、分かっていた。
今ここで急に全部が変わるわけじゃない。
仕事は仕事であるし、明日からの距離も一足飛びにはいかない。
でも、それでも。
今この瞬間から、自分たちはもう“そういう名前”で呼べる位置にいる。
それが、静かに嬉しかった。
タイキは重なった手を見ながら、小さく笑う。
「 …恥っず…」
「知ってる」
「…言うな」
「でも言ったの偉い」
「うるさい」
ルイも少しだけ笑う。
空気はまだ甘い。
でも、さっきまでの危うさとは少し違う。
ちゃんと、言葉で落ち着いた熱だった。
そして、ルイはもう一度だけタイキを見た。
「タイキ」
「ん?」
「今日、来てくれてありがとな」
その言葉に、タイキの目が少しだけやわらぐ。
「…うん」
タイキは重ねた手を今度は自分から少しだけ握り返した。
安心したからか、ふっとタイキの肩の力が抜けた。
さっきまで、恋とかそういう言葉を口にするだけでいっぱいいっぱいだったはずなのに。
ちゃんと名前がついた瞬間、胸の奥に張っていた糸が少しだけ緩む。
なのに。
……近づいてこない。
タイキは、重なった手を見たまま思う。
恋人になって。
ちゃんとそう言った。
それなのに、ルイはそれ以上をしない。
手は握ってる。
でも、手だけだ。
“手だけだ”と思ってる自分も相当やばい。
でも、そう思いたくなる気持ちもわかって欲しい。
好きって言われる前は、あんなに距離を詰めてきて。
控室でキスして。
視線で追い詰めて。
散々こっちをぐちゃぐちゃにしてきたくせに。
今、手繋いでるだけって
どういうことだよ……。
少しだけ口が尖る。
ルイはそんなタイキの顔をまだ見ていない。
いや、見ているのかもしれないけど、あえて拾わずにいる。
重ねた手を大事そうに持ったまま、静かに呼吸している。
今日、強い。
さっきルイはそう言った。
でも、そういうんじゃない。
頑張って強くしてるわけじゃない。
言いたくなったから言ったし、今だって手を握っていたいから握っているだけだ。
そういう気持ちが、もう前みたいに全部恥ずかしくて引っ込めるものじゃなくなっていた。
だからこそ。
今日、どこまでなら
ルイは許してくれるんだろう。
その考えが胸の奥に静かに灯る。
離れたくない。
もう少しこのままでいたい。
できるなら、あと一歩くらい近づきたい。
でも、それを自分からどこまで言っていいのかは、まだ少しだけ分からない。
重ねた手に、ほんの少し力が入る。
「ルイ……」
呼ぶ声は、自分で思ったより静かだった。
ルイがふっと顔を上げる。
目が合う。
その瞬間、タイキの喉が小さく鳴る。
でももう逸らさない。
「お前さ」
一拍。
「…今日、どこまでなら我慢できんの」
言ったあとで、なんか棒読みになった、と思った。
視線だけちょっと上に泳いで、また正面に戻る。
……今日の俺、やば。
そう、自覚した。
言ってからようやく、今の自分がどれだけ際どいことを聞いたのか分かる。
でももう遅い。
言葉はちゃんとルイのところに落ちてしまった。
ルイは、しばらく何も言わなかった。
表情だけが、ほんの少しだけ止まる。
重ねた手に入っていた力が、わずかに変わる。
握り返すわけでも、離すわけでもない。
ただ、息の仕方が変わった。
「……それ」
ルイの声は低かった。
「今、聞く?」
「……今だからだろ」
タイキはできるだけ普通みたいな顔で返す。
返したつもりなのに、最後の方は少しだけ掠れた。
ルイは目を細める。
困っている。
でも、うれしそうでもある。
その混ざり方が妙に大人で、余計にタイキの心臓に悪い。
「我慢、ね」
ルイが小さく息を吐く。
「正直に言う?」
「……聞いたの、俺だし」
「じゃあ正直に言うけど」
ルイはタイキを見たまま続ける。
「もうだいぶしてる」
タイキの耳がじわっと熱くなる。
ルイは、そこで止まらなかった。
「手だけで止まってるのも」
「そうした方がいいって思ってるからだし」
「今、近づいたらたぶん」
一度だけ喉が動く。
「俺、ちゃんと止まれる自信なくなる」
その言葉に、タイキの呼吸が一瞬だけ止まる。
手だけで止まってる。
やっぱり、そうなのかと思う。
ルイも意識して止めていた。
自分だけが“何で来ないんだ”って思っていたわけじゃなかった。
でも、分かった途端に、今度は別の熱が上がる。
「……じゃあ」
タイキが小さく言う。
「我慢してんの、俺だけじゃねぇんだ」
「当たり前だろ」
その返しが早すぎて、タイキは思わずルイを見る。
ルイは少しだけ苦く笑った。
「タイキ、ほんとに自覚したあと強いな」
「だから、強くねぇって」
「いや」
ルイは静かに首を振る。
「自分で“恋”とか言って」
「次に“どこまで我慢できる”って聞いてくるの、かなり強い」
「というか…危ない」
ルイは困ったように笑う。
タイキは口を尖らせた。
「……お前が来ねぇからだろ」
「それに…今更、後戻りしたくないだけ」
その言い方が、少しだけ拗ねていた。
ルイの目が、僅かにやわらぐ。
でもその奥で、また理性を更新しているのが分かる。
「行かないようにしてるんだよ」
ルイは低く言う。
「今のタイキ見てたら、油断すると俺が危ない」
タイキの喉が鳴る。
「その場の空気で一気に行くのと、一緒に考えて進むのは全然違うだろ」
それはもう、ほとんど口説いてるみたいなものだった。
でもルイの声は落ち着いていて、変に煽らない。小さく俯きながらも、ちゃんと考えてる顔だった。
その冷静さが余計に熱い。
「……どこまでなら、って」
ルイが少しだけ言葉を選ぶ。
「今の俺の限界で言えば」
そこで一度、重なった手を見下ろす。
「手、繋いだまま」
「この距離で」
「タイキが変な顔しないなら、もう少し近く座るくらいまでは」
タイキは、その答えを聞いて少しだけ目を見開く。
もう少し近く。
それだけの言葉なのに、急に現実味が増す。
「……だけ?」
思わず出た声は、小さかった。
ルイの口元がわずかに緩む。
「だけって…それ以上聞く?」
「……聞いたの、俺だし」
「タイキ…」
タイキは少しだけ息を吸う。
頬は熱い。
でも引かない。
「それ以上だと、何」
ルイは今度こそ少し困った顔をした。
視線を逸らしかけて、でも戻す。
(わかってるのか…わかってないのか…)
タイキの少しムキになってる顔に無防備さを感じて、ルイは小さくため息をついた。
「キスしたくなる」
「……っ」
「抱き寄せたくなる」
「……」
「だから、今はそこまで」
言い切られて、タイキの頭の奥がじわっと熱くなる。思わず口を結ぶ。その表情を見てルイは思った。
(やっぱり…)と。
急にタイキは落ち着かなくなる。
聞かなきゃよかったかもしれない。
でも、聞いてよかったとも思う。
頭のどこかではわかってた。…多分。
でも言葉にされると妙に現実味が増す。
ルイがどこで止まっているのか。
どういう気持ちで今ここにいるのか。
それがちゃんと見えたから。
タイキは、口元を少しだけ引き結んで、それから小さく呟いた。
「……じゃあ、そこまでいかなきゃいいんだろ」
ルイの目が、また少しだけ見開く。
「タイキ」
「何」
「それ、かなり危ない言い方してる自覚ある?」
「ある」
タイキは正直に言う。
「今日の俺、やばいってさっき思ったし」
ルイが息を止める。
その反応を見て、タイキは自分でも少しだけ笑いたくなった。
怖くないわけじゃない。
ドキドキもしてる。
でも今は、逃げるより知りたい気持ちの方が強い。
今の自分たちが、どの距離までなら落ち着けて、どこから先は危ないのか。
それをもう少しだけ知りたい。
タイキは、握っていた手を少しだけ持ち上げた。
ルイの指先がつられて動く。
「じゃあ」
タイキの声は静かだった。
「試すか」
「……何を」
「もう少し近く」
そう言って、タイキはほんの少しだけ身体を寄せる。
「お前がさっき言った、ここまでは大丈夫ってやつ」
ソファの沈みが変わる。
肩が、触れそうでまだ触れないところまで近づく。
ルイの呼吸がまた浅くなる。
「タイキ」
「ん」
「今、かなり理性使ってる」
「知ってる」
「分かっててやってる?」
「……うん」
その“うん”があまりにも素直で、ルイは一度だけ目を閉じた。
「ほんとに今日、無理」
「何が」
「可愛すぎる」
なんならルイは空いてる手で更に目元を隠した。
タイキの耳まで熱くなる。
でも、今はもう逃げない。
「……それは、お互い様だろ」
そう返すとルイは目を開けて、少しだけ笑う。
かなりやばそうな笑い方だったけれど、それでもちゃんと優しかった。
「じゃあ、ここまで」
ルイが低く言う。
「今日は、ここまでで我慢する」
「……俺が決めてもいい?」
タイキは正面を見たまま言う。
「何を」
ルイもタイキを見ていない。
「この距離、嫌じゃない」
「だから、しばらくこのまま」
ルイはそれを聞いて、また静かに息を吐いた。
たぶん、これ以上何か言ったら本当に危なくなると分かっている顔だった。
「……了解」
それだけ返して、ルイは自分の肩をほんの少しだけタイキの方へ預ける。
触れる。
本当に、わずかに。
布越しの温度。
体温の境目がやわらかく混ざる。
タイキの心臓は一気にうるさくなる。
でも、不思議と落ち着く。
これが今の自分たちの“ちょうどいい危ない距離”なんだと思う。
ルイもそれを感じているのか、すぐには動かなかった。
重ねた手もそのまま。
肩だけが静かに触れている。
「……ルイ」
「ん?」
「今のとこ、大丈夫?」
ルイは少しだけ笑って、答える。
「ギリギリ」
「じゃあ、ちょうどいいな」
「そうかも」
そんな会話のあと、二人はしばらくそのままだった。
肩が、ほんの少しだけ触れていた。
布越しの熱。
重なった手の重み。
ソファが二人ぶんだけ沈んで、同じ呼吸の間隔を覚えていくみたいな静かな時間。
テレビはついたままだった。
でも、どちらももう画面を見ていない。
会話が途切れる。
さっきまでなら、その沈黙に何か言葉を足していたかもしれない。
くだらないことを言って誤魔化したり、テレビの内容を拾ったり、わざと軽くしたり。
でも今は、どっちもそうしなかった。
肩が触れているだけで十分すぎるくらい、空気が甘かったからだ。
タイキは、視線を前に向けたまま小さく息を吐いた。
落ち着く。
でも、同時に全然落ち着かない。
ルイの肩の熱が伝わる。
呼吸のたびに少しだけ位置が変わる。
そのたびに、自分の中の何かが静かに揺れる。
「……ルイ」
先に名前を呼んだのは、タイキだった。
ルイが隣で少しだけ顔を向ける。
「ん?」と返すその声は低くて、もうそれだけで胸の奥がきゅっとする。
タイキはすぐには続けなかった。
言いたいことがあるわけじゃない。
ただ、名前を呼びたくなっただけだと、自分でも分かっていた。
ルイはそれを分かった顔で待っている。
「……いや」
タイキは視線を落とす。
「なんでもない」
ルイが小さく笑う気配がした。
「知ってる」
「何が」
「呼びたくなっただけだろ」
「……うるさい」
そう返したくせに、声は全然強くなかった。
ルイはそこで何も言い返さない。
ただ、重ねた手を少しだけ持ち直して、指先をやわらかく絡める。
その動きだけで、タイキの喉が鳴る。
「……タイキ」
今度はルイが名前を呼ぶ。
タイキが横を向く。
ちゃんと、近い距離で目が合う。
さっきより近い。
肩が触れているせいか、視線の交わり方まで密度が増した気がした。
ルイはしばらく黙っていた。
言葉を探しているというより、たぶん今の空気を崩さない言い方を選んでいる。
「さっき、キスしたくなるって言っただろ」
タイキの心臓が跳ねる。
「……うん」
「今、かなりその続きにいる」
正直すぎる声だった。
タイキは目を逸らせなかった。
逸らしたら、たぶんそこで終わる気がした。
でも終わらせたくないと思っている自分も、もうちゃんと分かっていた。
ルイの目がやわらかく細くなる。
「嫌なら、言って」
その言い方は落ち着いていた。
「今なら、まだ止まれる」
“まだ”が入っている時点で、全然余裕がないのが分かる。
でも、ちゃんと聞いてくる。
その優しさに、タイキの胸がまた熱くなる。
嫌じゃない。
むしろ、したい。
たぶん今の自分は、それを待っていた。
さっき心の中で拗ねていたくらいには。
でも、いざ聞かれると簡単に言葉が出ない。
タイキは重ねた手を少しだけ握り返した。
それから、目を逸らさないまま小さく言う。
「……止まれんなら」
一回だけ息を吸う。
「…いちいち言うなよ」
ルイの目が揺れる。
「止まれなくていい、って意味で取るけど」
「……取るな」
「無理」
「……っ」
その短いやり取りだけで、空気がまた少しだけ深くなる。
ルイが、重ねた手を離さないまま、もう片方の手をゆっくり持ち上げた。
タイキの髪に触れそうで、でもすぐには触れない。
最後の確認みたいに、一瞬だけ止まる。
タイキは逃げない。
それを見てから、ルイの指先がそっと頬の横に触れた。
耳の近く、髪を軽く払うような、やわらかい手つき。
そこから、ほんの少しだけ輪郭をなぞる。
触れられた瞬間、タイキの息が震えた。
「……っ」
ルイは近づく。
本当にゆっくり。
急がない。
でも迷いもない。
タイキはその顔を見ていた。
近づいてくる目。
少しだけ落ちた睫毛。
静かな呼吸。
この距離になると、ルイの香りまでちゃんと分かる。
風呂上がりの清潔な匂いと、まだ少しだけ残る体温の熱っぽさ。
唇が触れる直前で、ルイがもう一度だけ止まる。
「タイキ」
呼ばれて、タイキの喉が小さく動く。
「……ん」
「キスしていい?」
今さらずるい、と思う。
ここまで来て。
こんな顔で。
でも、そのずるさごと好きだと思ってしまう。
タイキは、ほんの少しだけ唇を噛んでから、こくりと頷いた。
「……いい」
その返事が落ちた瞬間。
ルイが、キスした。
最初は、触れるだけだった。
確かめるみたいに。
やわらかく、短く。
唇が重なる。
それだけで、タイキの頭の中が一瞬白くなる。
熱い。
でも、思っていたより静かだ。
奪われる感じじゃなくて、ちゃんと受け止められている感じがする。
離れる。
ほんの少しだけ。
ルイは近いところにいたまま、タイキの顔を見る。
その目があんまりやさしくて、タイキの胸はもう限界だった。
「……もう一回」
言ったのは、タイキの方だった。
自分で言って、自分で驚く。
でも、もう遅い。
ルイの目が僅かに見開いて、それからどうしようもなく甘く細くなる。
「……今日のタイキ、ほんとにやばい」
「うるさい」
「嬉しい」
「……知ってる」
そう返した時には、タイキの耳まで真っ赤だった。
ルイが小さく笑って、今度はさっきより少しだけ深く近づいてくる。
頬に添えた手が、そっと熱を包む。
二度目のキスは、さっきよりちゃんと長かった。
やわらかく重なって、でも急がない。
角度を少しだけ変えて、触れる場所を確かめるみたいに。
ルイの手が頬にあるせいで、逃げ場なんてないはずなのに、不思議と苦しくない。
タイキは無意識に、繋いだままの手に力を入れた。
ルイがそれに気づいて、唇を重ねたままほんの少しだけ笑う気配がした。
それが妙にくすぐったくて、でも甘い。
離れたあと、どっちもすぐには喋れなかった。
呼吸だけが、近い。
ルイの額が、ほんの少しだけタイキのこめかみに寄る。
触れそうで、でも触れない。
「……大丈夫?」
低い声。
キスしたあとに聞く言葉かよ、と思う。
でも、その優しさにまた胸が熱くなる。
タイキは少しだけ息を整えて、それから小さく言う。
「……大丈夫じゃねぇかも」
ルイがふっと笑う。
「どっち」
「……いい意味で」
そう返すと、ルイはたまらなそうに一度だけ目を閉じた。
抱き寄せたいのを我慢している顔だった。
「それ以上言うと」
ルイが低く呟く。
「また更新必要になる」
「何の」
「理性」
タイキはそれに少しだけ笑った。
笑ったけど、まだ心臓はうるさいままだった。
肩は触れたまま。
手もまだ繋がってる。
キスまでした。
恋と認めたふたりが
ちゃんと今、形になっている。
タイキは少しだけルイの方へ身体を預けた。
ほんの数センチ。
でも、自分からそうした。
ルイはそれを受け止めるだけにとどめた。
それ以上強く引き寄せたりはしない。
ただ、重ねた手を少しだけ持ち上げて、親指でやわらかく撫でる。
「……今日はここまでにする?」
ルイが聞く。
キスしたあとにそんなことを聞くのも、やっぱりルイだと思う。
タイキは口元を少しだけ尖らせた。
「…やけに冷静だな」
「冷静じゃない」
ルイは即答した。
「かなり危ない」
「じゃあ何で聞くんだよ」
「大事にしたいから」
その一言で、タイキはもう何も言えなくなる。
ずるい。
ほんとにずるい。
でも、そのずるさのせいでまた好きになる。
タイキは小さく息を吐いてから、ルイを見る。
「……もうちょい、このまま」
ルイの目がやわらぐ。
「キスは?」
「……もうしただろ」
「した」
「だから、今は」
タイキは少しだけ視線を落として、でもまた戻す。
「……このままでいい」
ルイはその答えに、静かに頷いた。
「了解」
そして二人は、また肩を触れたまま、手を繋いだまま、しばらくそのまま座っていた。
テレビの音は遠く。
部屋の灯りはやわらかく。
キスの余韻は、思っていたよりずっと静かだった。
胸が苦しくなるほど甘いのに、騒がしくない。
熱はある。
でも、それが暴れるんじゃなくて、二人の間にゆっくり沈んでいくみたいな感じだった。
タイキは、まだ繋いだままの手を少しだけ握った。
それから、何も言わずにルイの肩へ額を落とす。
「……もう少し、このままで」
小さく、こぼれるみたいな声。
ルイの肩口に頭を預けたまま、タイキは目を閉じた。
鼓動が近い。
自分のものだけじゃない。
隣にあるルイの熱が、肩越しに、腕越しに、じわじわ伝わってくる。
安心する。
それが、もう隠しようもないくらいだった。
ルイは、一瞬だけ息を止めた。
タイキが自分から寄ってくる。
しかも、キスのあとで。
頬じゃなく、肩へ。
言葉も小さくて、でもちゃんと甘えるみたいに。
無理。
まず最初に浮かんだのは、それだった。
手を繋いで。
恋って言われて。
キスまでして。
そのたびに、“ここまで”を積み重ねてきた。
なのに最後にこれをされると、全部崩れそうになる。
でも、崩したくない。
この体温を、今のまま大事にしたい。
無理に動いて、この甘さを変えたくない。
タイキの額が肩に触れている。
重さは軽いのに、存在はやたら大きい。
閉じたまぶた。
少しだけ浅い呼吸。
キスのあとの熱をまだ残したまま、自分に預けてくる感じ。
ルイは、握ったままの手にほんの少しだけ力を返した。
強くじゃない。
ちゃんとここにいるって伝えるくらいに。
それから、空いている方の手をゆっくり持ち上げる。
一瞬迷って、でも最後には、タイキの頭の後ろにそっと添えた。
抱き寄せるほどじゃない。
でも、落ち着ける位置に支えるみたいに。
「……うん」
返す声まで、自然と小さくなる。
言葉を増やしたら、今の空気が揺れそうだった。
たぶんタイキも、それを分かっている。
だから二人とも、そのまま何も言わなかった。
しばらくして、ルイが少しずつ背中をソファの背もたれに預ける。
タイキの頭が肩から滑らないように、角度を合わせながら。
肩を貸したまま、二人でゆっくり沈んでいくみたいな動きだった。
タイキも抵抗しない。
目を閉じたまま、ルイの肩口へさらに少しだけ体重を預けてくる。
足元ではテレビがまだ小さく光っていた。
でも、もう音はほとんど入ってこない。
部屋の灯りはやわらかくて、夜はすっかり深い。
その深さの中で、二人だけが少しずつ静かになっていく。
タイキは、自分の呼吸がゆるく整っていくのを感じていた。
ルイの肩。
腕の熱。
繋いだままの手。
背もたれ越しに伝わる小さな振動。
鼓動まで近い。
さっきまであんなに心臓がうるさかったのに、今はそのうるささが少しだけ気持ちよくなっている。
落ち着く。
安心する。
好きだと思う。
そういうことを、目を閉じたままぼんやり考えていたはずなのに。
気づけば思考の輪郭は少しずつほどけていった。
ルイもまた、眠気と戦う気がなくなっていた。
肩にある重みが、たまらなく愛おしい。
こうしてタイキが力を抜いていることが、うれしい。
恋人になったばかりの夜に、最後の最後でこんなふうに預けてもらえるなんて思わなかった。
もっと触れたい気持ちはある。
髪を撫でたい。
頬にも触れたい。
抱き寄せたい。
でも今は、それよりもこの無防備な重みを守る方が大事だった。
ルイは目を閉じる。
肩に触れるタイキの額の熱。
近い呼吸。
時々少しだけ深くなる眠りの気配。
繋いだ手の、小さく残るぬくもり。
夜はそのまま、二人をゆっくり眠りへ押していった。
テレビの光が何度か変わって。
部屋の空気が少しずつ冷えて。
それでもソファの上のその一角だけは、体温のかたまりみたいにあたたかかった。
タイキは肩に額をつけたまま。
ルイはその重みを受け止めたまま。
どちらからともなく、眠ってしまう。
言葉もなく。
でも、離れないままで。
深夜。
テレビはいつの間にか自動で暗くなっていて、部屋には薄い待機ランプの光だけが残っている。
ソファにもたれた身体が、じわじわと重かった。
ルイは、浅い眠りからふと目を覚ました。
「……っ、いて」
小さく息を吐く。
首も肩も、背中も、全部が少しずつ固まっている。
そりゃそうだ、と半分眠った頭で思う。昨日も今夜も、結局ちゃんとベッドで寝ていない。
肩には、まだタイキの重みがあった。
額を預けたまま、安心しきった呼吸で眠っている。
その寝顔を見た瞬間、起きたばかりのぼんやりした意識が少しだけやわらぐ。
(……起こすか)
いや、とルイはすぐに自分の中で首を振った。
こんな気持ちよさそうに寝てるのに起こすのは違う。
だったら。
ルイは静かに呼吸を整えて、そっと身体を動かした。
繋いだままだった手はもう途中でほどけていたけれど、タイキはルイの肩に完全に重心を預けたままだ。
ベッドに連れていく。
その結論にたどり着くまで、時間はかからなかった。
連日ソファーでは身体が休まらない。
「よし…」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
ルイは慎重にタイキの頭を肩から離した。
起こさないように片手を背中へ、もう片方を膝裏へ入れる。
こうして抱き上げるのは、思っていたよりも簡単で、思っていたよりずっと危なかった。
タイキは少しだけ眉を動かしたが、まだ起きない。
ルイの胸元に頬が触れる位置で、また小さく息を吐いただけだった。
「……寝ろ、寝ろ」
自分に言い聞かせるみたいに低く言って、ルイはゆっくり寝室へ向かった。
ベッドのシーツはひんやりしていて、ソファよりずっとちゃんとしていた。
タイキをその上にそっと下ろす。
頭が枕に沈んで、ようやく身体が楽そうにほどける。
その顔を見て、ルイは少しだけ安心した。
これでいい。
自分はソファに戻ればいい。
さすがに同じベッドは…危ない。
眠ってる相手にどうこうするつもりはなくても、理性の守り方として距離は必要だ。
そう思って身を引きかけた瞬間だった。
シーツの上で、タイキの指先が小さく動いた。
「……ん」
半分だけ目が開く。
焦点の合わない、眠気に濁った目。
それでも、ルイが離れようとしていることだけは本能で分かったみたいだった。
「……ルイ……」
掠れた声。
ルイの足が止まる。
タイキはまだ半分夢の中みたいな顔のまま、ゆっくりとシーツを掴んだ。
それから、あまりにも無防備な声で言う。
「…離れないで」
時間が、止まった気がした。
ルイはその場で目を閉じたくなる。
胸の奥が一気に熱を持って、静かに暴れる。
「……ほんと……」
小さく漏れた本音は、たぶんタイキには届いていない。
届かなくていいと思った。
寝ぼけたまま。
甘えるつもりも、困らせるつもりもなく。
ただ、離れてほしくないからそう言う。
そういうところだ。
自覚なく一番深いところを掴んでくる。
なんならタイキは今、夢の中だ。
ルイは数秒、その場で立ち尽くした。
戻るか。
戻らないか。
理性は戻れと言う。
でも、今この状態のタイキを置いてソファに戻る自分を想像したら、妙に後ろ髪を引かれた。
「……分かった」
観念したように息を吐いて、ベッドの反対側へ回る。
あくまで、自分の理性を守れる距離で。
それだけは崩さない。
ルイはマットレスの端にそっと身体を横たえた。
タイキとの間には、腕一本ぶんより少し広いくらいの距離。
近いけれど、触れない。
今の自分がギリギリ平常を保てる位置。
それでも、ベッドの安心感はソファとは比べものにならなかった。
身体が沈む。
首も背中も、さっきよりずっと楽だ。
張っていた筋肉が、ようやくほどけていくのが分かる。これはこれで正解だったかもしれない。
タイキはもう、また眠りに落ちていた。
呼吸は深く、静かで、さっきの「離れないで」だけが、夢みたいにそこに残っている。
ルイは天井を見つめたまま、ゆっくり息を吐いた。
危ない。
でも、大丈夫。
タイキは寝てる。
自分は触れていない。
この距離なら、きっと問題ない。
そう思いながら、視界の端ではどうしてもタイキの寝顔を捉えてしまう。
薄暗い中でも分かる輪郭。
枕に落ちた前髪。
閉じたまぶた。
少しだけ開いた唇。
眠っているだけなのに、胸が静かに持っていかれる。
「……明日、ちゃんと起きれるかな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
返事はない。
でも、その返事のなさが今は心地よかった。
ベッドで眠れる安心感に、少しずつまぶたが重くなっていく。
理性はまだ起きていたいと言っているのに、身体の方が先に限界を知っている。
タイキは寝ている。
大丈夫。
このまま少し目を閉じるだけ。
そう思ったところで、眠気が一気に深くなる。
最後に感じたのは、同じ部屋の空気のあたたかさと、少し離れた場所にあるタイキの穏やかな呼吸だった。
その安心に身体ごと持っていかれるようにして、ルイもまた静かに眠りに落ちていった。
早朝。
最初に目が覚めたのはタイキだった。
けれど、いつもの朝みたいにすぐ身体は起き上がらなかった。
まぶたを開けるより先に、熱と重みと、近すぎる呼吸に意識が引っ張られたからだ。
「……っ」
息を吸った瞬間、胸の奥が跳ねる。
あたたかい。
近い。
近すぎる。
薄く目を開けると、視界の端に布地と肌の気配があった。
自分は、ルイの腕の中にいた。
背中にまわされた腕。
腰のあたりに落ちている重さ。
胸にぴたりとついた自分の身体。
それだけでも十分すぎるのに、頭の上には、ルイの顔が半分埋まっていた。
髪にかかる浅い呼吸。
寝起きの熱っぽい体温。
首筋のすぐ近くにある、ルイの気配。
「……え」
声にもならない音が漏れる。
昨夜、ベッドに入ったところまでは覚えている。
でもそのあとがない。
ないのに、起きたらこれだ。
ルイの腕の中。
ほとんど抱き込まれるみたいな格好で、自分はすっぽり収まっている。
「……っ、ちょ……」
動こうとして、やめた。
やめるしかなかった。
動いたら、余計にどこかが触れる。
今ですら心臓が普通じゃないのに、それ以上は無理だ。
その小さな気配で、ルイもゆっくり目を覚ましたらしかった。
「……ん……」
低い、寝起きの声。
タイキの頭に顔を埋めたまま、ルイの腕がほんの少しだけ動く。
抱き直すみたいに、無意識のまま。
「っ……!」
タイキの喉が鳴る。
「……タイキ?」
まだ眠気の残る声。
でも、次の瞬間にはルイも状況を理解したらしく、呼吸が一拍止まった。寝ぼけた目がはっきりとする。
しばらく、どちらも動けなかった。
本当に、全く動けない。
離れた方がいい。
絶対そうだ。
そうなのに、離れるための最初の一動作がもう難しい。
「……俺たち」
タイキがようやく絞り出す。
「……ちゃんと寝た、よな?」
言いながら、自分でも何を聞いてるんだと思う。
でも、今のこの状況は、それくらい余計なことまで口にさせた。
ルイが少しだけ顔を上げる。
でも距離はまだ近いまま。
目が合う。
「寝た」
ルイが低く言う。
「ちゃんと寝た」
「……だよな」
ほっとしたいのに、全然ほっとできない。
タイキは視線の置き場に困って、ルイの喉元あたりを見る。
でもそれも近すぎて、余計に苦しくなるだけだった。
そして、口がまた勝手に動く。
「……ほんとに …何も……」
言った瞬間、自分で終わったと思った。
何もない。
たぶん本当に何もない。
でも何もないのに、今のこの距離と熱が、そう簡単に“何もない”って気持ちにさせてくれない。
ルイも、その言葉に少しだけ呼吸を変えた。
「……何もしてない」
そう答える声が、妙に低い。
落ち着いてるのに、変に意識してしまう温度がある。
「でも」
ルイが少しだけ苦く笑う。
「その聞き方は、だいぶ危ない」
「……っ、だって」
タイキは言い返しかけて、でも続かない。
「この状況で、変なこと考えない方が無理だろ……」
そのまま息が苦しくなって、タイキは耐えきれず上を向いた。
逃がすみたいに。
胸の奥の熱を少しでも外へ逃がしたくて。
でも、それで状況がよくなるわけじゃなかった。
上を向いたせいで、ルイの顔が真正面に来る。
鼻先が触れそうな距離。
ほんの少し動いたら、唇まで届いてしまう距離。
「……っ」
タイキの呼吸がまた止まる。
ルイも、今度はもう笑えなかった。
目を逸らさないまま、でも何かを必死に堪えている顔をしていた。
その空気の中で、ルイが静かに聞く。
「……まだ、離さなくていい?」
その一言が、タイキの胸を真っ直ぐ打つ。
離れた方がいい。
たぶん、今すぐ。
でも、この距離を手放すのが惜しいと思っている自分も、もう隠しようがなかった。
言葉が出ないまま、タイキはルイを見た。
近い。
苦しい。
心臓がうるさい。
でも、嫌じゃない。
だめだ、と思う。
この距離は…ほんとにだめだ。
その考えが浮かんだ次の瞬間には、タイキの方が動いていた。
本当に、そっと。
吸い込まれるみたいに。
自分でも信じられないくらい自然に、ルイへ唇を寄せる。
触れた。
やわらかい。
一瞬だけ。
でも、ちゃんと自分からしたキスだった。
ルイの喉が、目に見えて上下する。
タイキも、触れた直後に息を止めた。
何してるんだ、と思う。
でももう遅い。
遅いのに、後悔はしていなかった。
そのままもう一度近づきそうになったタイキの身体を、ルイが静かに引き寄せる。
今度は、胸の中へ戻すみたいに。
背中に腕が回る。
頭を肩口へ押し戻される。
抱きしめるほど強くはない。
でも、これ以上を止めるには十分な腕だった。
「……ルイ…?」
タイキの声は熱を持っていた。
ルイはタイキの髪に鼻先を寄せるみたいにして、低く息を吐く。
「同じ気持ちだよ」
その声が、胸のすぐ上から落ちてくる。
「でも…」
一拍。
「朝からタイキに無理させたくない」
タイキの指先が、ルイの服をきゅっと掴んだ。
同じ気持ち。
その言葉だけで十分なのに、続きがもっと熱い。
「今ここでそのままいったら」
ルイは静かに言う。
「たぶん、俺、優しくできる自信ない」
その言い方に、タイキの全身が一気に熱くなる。
優しくできない。
その先。
今は止める。
でも、止める必要があるってことは。
頭の中に、勝手に“これから先”がちらつく。
いつか来るかもしれない、その先。
触れるだけじゃない距離。
今よりもっと近い、どうしようもない時間。
「……っ」
胸の中で、タイキはまともに息もできなかった。
ルイの言葉はいつも、ちゃんと止まるのに。
その止まり方が、逆に“先”を予想させる。
「…今はこれでいい」
ルイが小さく言う。
「…タイキから来てくれただけで嬉しい」
最後の一言で、タイキの耳まで熱くなる。
「……言うなよ」
「事実だろ」
「うるさい……」
そう返しながらも、タイキはルイの胸の中から出ていけない。
出る気にもなれない。
ルイの鼓動は、自分と同じくらいちゃんと速かった。
それが少しだけ救いになる。
同じ。
ルイも同じだけ苦しくて、同じだけ惜しいと思ってる。
でも、止めてくれている。
その優しさが、また苦しいくらい好きだった。
しばらく、どちらも動かなかった。
動けなかった、の方が近い。
ベッドの上。
朝の薄い光。
近すぎる体温。
キスの熱。
胸の中で速い鼓動。
ふたりとも、まだしばらくは動けそうになかった。
朝の静けさを裂くみたいに、スマホのアラームが鳴った。
「……っ」
タイキが先に肩を揺らす。
ルイの胸に額を預けたまま、びくっと反応して、それから現実に引き戻されたみたいに目を瞬く。
ルイも小さく息を吐いた。
夢から覚めるみたいな音だった。
「……アラーム」
タイキが掠れた声で言う。
「…うん」
ルイは低く返す。
「仕事の準備」
分かっている。
分かっているからこそ、どちらもすぐには動けなかった。
ついさっきまでのゼロ距離。
胸の中に戻された熱。
朝のキス。
それが、まだちゃんと身体のあちこちに残っている。
止まっていた時間が、アラームのせいで一気に“仕事”の方へ流れ始める。
なのに気持ちは、全然そこへ追いつけない。
「……行かなきゃな」
タイキが小さく言う。
「うん…」
ルイは答える。
でも、腕はすぐにはほどかない。
タイキも、自分から離れようとはしなかった。
ただ、少しだけ顔を上げて、ルイを見る。
近い。
でも、さっきよりは少しだけ現実の顔。
それでも、目の奥にはまだ熱が残っている。
「……やばいな」
タイキが呟く。
「何が」
「このままスタジオ行っても」
少しだけ目を逸らしてから、また戻す。
「多分、まともに仕事できねぇ」
ルイが小さく笑った。
笑うしかない、みたいな空気だった。
「俺も」
その“俺も”に、タイキはほんの少しだけ口元をゆるめる。
でも次の瞬間にはまた名残惜しさが滲む。
まだ、口に出してそれを言えるだけ良かったと思う。
スタジオで、ステージで、音が鳴ればまた身体は自然と動く。歌える。それが好きだから。
それは2人とも言わずともわかっていた。
それでもこの時間だけは、もっと繊細で、大切な時間だった。
好きな仕事と比べものにならない人がこんなにも近くにいるのだから。
ゆっくり、腕がほどかれる。
急に離れない。
名残を確かめるみたいに、少しずつ。
背中に触れていた手が軽くなって、胸の間にあった熱が空気に変わる。
その動きすら、寂しい。
タイキが身体を起こす。
ルイも少し遅れて身を起こす。
ベッドの上に、ほんのわずかに距離ができる。
その距離に、二人ともまだ慣れない。
「……タイキ」
ルイが呼ぶ。
「ん?」
返事をしたルイは、次の瞬間には少しだけ身を乗り出していた。
さっきのキスに返すみたいに。
今度は、唇じゃなく。
タイキの額に、そっとキスを落とす。
やわらかく。
甘いまま。
でも、熱をほんの少しだけ残すようなキス。
「……っ」
タイキの睫毛が揺れる。
額に触れられただけなのに、胸の奥がまたじんと熱くなった。
さっきまでの余韻に、静かに蓋をするみたいな。
でも、完全には閉じないみたいなキスだった。
ルイが離れる。
離れても、目はすぐには逸らさない。
「行こ」
低い声。
「準備しないと」
「……うん」
タイキは頷く。
でも、その返事はかなり小さい。
ふたりは名残惜しさを隠しきれないまま、ようやくベッドを出た。
朝の光の中、少し熱を残したまま。