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23
#執着
さぶれ
1,448
──背を向けたものの、(このまま帰ってもいいのかな)と、ぼーっとマンションの前に立ち尽くしていた。
今行かなかったら、またしばらくは来づらくなる気がして、だけど行くような決心もつけられなくて、いつまでも階段の途中に立ちすくんだままでいる私の横を、マンションの住人が不審そうに振り返っては、通り過ぎて行く。
行ってみようかと思ってはやめ、階段を上がったり降りたりをくり返した末に、
やっぱり今日はよそうと階段を降り切って、また元来た道をとぼとぼと帰ろうとしたところで、ふとあのバーにでも行ってみようかと思った。
……このまま帰るにはどうにも気持ちがやり切れなくて、せめてお酒でも飲みたかった。
──以前、鷹騰社長に連れて行ってもらったあのお店は、マンションの近くにあった。
お店に入ると、普段は貸し切り状態だと社長が話していたように誰もいないのは相変わらずで、人とあまり顔を合わせたくないこんな日は、静かなお店の雰囲気が心地よくも感じられた。
カウンターに座りマスターにドライマティーニを頼むと、初めてここを訪れた時のことが思い出された。
「……やっぱり、おいしい……」
出されたグラスから一口を飲んで呟くと、
「ありがとうございます」
マスターが軽く頭を下げて、笑顔を返してくれた。
「……あの、最近は、鷹騰社長は来られないんですか?」
マティーニを飲みながら訊ねる。
「社長ですか? 社長は、この頃はお忙しいようで、あまり飲みには来られないですね」
「そうなんですね……」
あんまり来ないんだとわかると寂しくもなって、誰もいないだろうからとこのお店に来たはずなのに、私もたいがい救われないなと思える。
混乱する頭を酔いで少しでも落ち着かせようと、マティーニを飲み干して、
「もう一杯ください」
と、マスターにグラスを手渡した。
「……ドライマティーニは、お気に召されましたか?」
受け取ったマスターに尋ね返されて、
「ああ、はい。すごく気に入ってます」
素直な感想を伝えた。
「よかったです。私の作るドライマティーニは、だいぶ辛口にしてあるので、社長以外はあまり飲まれる方がいないのですよ」
言いながら手際よくカクテルを作るマスターに、
「そうなんですか。でも、私は好きです」
思っているままを返した。
「それは、嬉しいですね」
マスターが出来上がったショートグラスの柄を指で挟んで、カウンターへスッと滑らせるように置いた。
──と、突然にバーの扉が開く気配がして、
まさかこのタイミングでと思い、振り返って見ると──、
「いらっしゃいませ。霧嶋様」
さっき新聞で見たばかりの彼女が、そこに現れた。
「あっ……」「あっ……」
互いに口にして、同時に顔を見合わせる。
カウンターへ真っ直ぐに歩いて来た彼女が、私の隣に腰を下ろして、
「……どうしてあなたが、このお店に?」
こちらを探るように流し見た。
「……。えーっと……その、以前に一度だけ、鷹騰社長に連れてきてもらったことがあって……」
前にエレベーターの中で話した時のようにはやり過ごすこともできなくて、本当のことを打ち明ける。
「……顔見知り程度って聞いてたのに、あの人といっしょに飲みに来たことがあって?」
怪訝そうに尋ねられて、思わず「ごめんなさい!」と、頭を下げた。
「……ちょっと私が落ち込んでた時に、鷹騰社長が励ますためにここに連れて来てくれたことがあって、言わなくてすいません……!」
事情を話して、最後にもう一回謝ると、
「そうだったのね…」と、クスリと彼女が笑いを浮かべた。
クスクスと笑いながら、「私の方こそ、ごめんなさいね。ぶしつけに聞いたりして」と、彼女が口にする。
「別に怒ったりしてるわけじゃないから、謝らなくていいのよ」
そのあとをそう続けると、
「……やっぱり感じてた通りの人みたいね」
ふと思わせぶりにも呟いて、片手で髪を掻き上げた。
瞬間、以前に会った時と同じフレグランスが、彼女からふわりと匂い立って、
その香りの記憶が、『鷹騰社長って、ああいう人がタイプなんだ』と感じた時のことを、つぶさに呼び醒ました。
同時に、婚約の事実が改めて思い起こされて、何も言えないまま黙ってグラスに口を付けた。
「……それ、ドライマティーニよね?」
彼女が気づいて声をかけてきて、
当然、誰の好みなのかはわかってるんだろうなと思いつつ、「そうです……」とだけ答えた。
「あの人が好きなカクテル……薦められたのね?」
女性の私でも見とれてしまいそうな、睫毛が長く潤んだ瞳で見つめられて、
「同じものを頼んでもらっただけなので……」
そう短く返すと、うつむいて目を逸らした。
「そう。私は、辛口のお酒は飲めないから、ドライマティーニは飲んだことがなくて……」
彼女が独り言のようにも話すと、
「私には、カルーアミルクを」
マスターにそうオーダーをした。
コメント
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寺島あおいです🌷 第32話、読ませていただきました。主人公がマンションの前を行ったり来たりしながら迷っている様子、すごくリアルで胸に迫りました。そんな気持ちを抱えたままバーに足を運ぶ流れも自然で、ドライマティーニを味わうシーンからは「静かな孤独」が染みるように伝わってきました。 そこに霧嶋さんが現れる偶然──お互いに「あっ」と見つめ合う場面、すごくドキドキしました。彼女が「やっぱり感じてた通りの人みたいね」と呟く一言が、何とも言えず気になります。お二人の距離感、これからどう変わっていくんでしょう…。続きが楽しみです🤍