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今度は食べた経験のある白和えに手をつける。

キヌソイ(絹ごし豆腐)の和え物だ。

ふわふわの食感が他になく、ヘルシーなのもあって和食の中ではよく食べる一品。


しかし、今回は初めて食べる組み合わせだった。

更に単純なキヌソイの白和えではなかった。

どうりで緑がかっているはずだ。

白和えにはすり潰したスタッチも混ぜられていたのだ。

白和えにもかかわらず香ばしい風味が残っているのが乙というもの。

基本的には野菜を和えるのだと認識している料理なのだが、今回食べている白和えはなんと果物を和えていた点も目新しい。

オレンジ色はパースィ(柿)、赤色はアプルン(林檎)、白色はペーア(梨)で間違いないはず……。


和食では鉄板らしいだし巻き卵は、所謂、変わり種とされている種類らしかった。

エグックの黄色に、レッドジンジャー(紅生姜)の赤色、コギーネ(小葱)の緑と実に鮮やかだ。

小さな正方形なのは珍しい。

断面図がよく見えるので、彩りも映える。

レッドジンジャーの食感と辛みが、癖になりそうだった。


山茶花の花に見立てているのはローストまるうし。

見慣れた料理だが、味は驚くほど違う。

これぞ和風! といった味付けだ。

以前訪れた幻桜庵の主人が教えてくれた、ワビサビ(ワサビ)とソイソース(醤油)を適度なバランスで和えたソース。

少量がかかっているだけなのだが、味が強い。

もっともローストまるうしの、高級肉の風味も負けていないので、良い組み合わせなのだ。


どれも一口で食べるのが寂しくなってくる美味しさだった。

ほうじ茶を啜りながら周囲を伺うと、皆食べながらも商談に励んでいる。

自分も参戦すべきだろうか? と首を傾げるも、ここでは無理をしないでいいのだと思い直す。

アリッサも自分同様に料理を楽しんでいるように見受けられる。


引き続き箱の中身を堪能しようと決めた。


前菜の箱を食べ尽くし、次は食事の箱へ……と指先を伸ばす途中で、強い視線を感じて箱から視線の元へと目を向ける。

そこには驚いたような表情の透理がいた。


「申し訳ございません! 不躾に見つめてしまいまして……」


「いいえ、この茶会は無礼講。構いませんわ。もしかして、私に何か聞きたいことでもあるのかしら?」


「えぇとぉ! です、ね。ローザリンデ様は守護獣をお持ちにならないのかなぁ、と思いまして……」


「今までは縁がありませんでしたのよ。あとは……元婚約者の許可が下りませんでしたの」


ハーゲン・アインホルン。

幼い頃から愛しさを持って接してきた元婚約者。

現プリッツダム王国の国王。

光をそのまま宿したかのような美しい金髪に、豊かな森を思わせる深い緑眼。

堂々たる風格で、誰もが聡明な王になるであろうと信じて疑わなかった彼の方。

最後に会ったのは、あの忌まわしい追放の場。

味方が一人もいない中での断罪劇は、今でもローザリンデに悪夢を齎す。

まるでよくできた物語のようだったと、思い返せたのは娼館で身を落ち着けた頃合いだった。


そんなハーゲンは、実に嫉妬深い男だった。

上手に隠していたし、ローザリンデもそつなくフォローしてきたので、その度を超した振る舞いは、ゲルトルーテに寵が移るまで気付く者は限られていたけれど。

さて今は、どうなっているのだろう……。


「尊き御身に守護獣は必要な存在と思われますが、如何でございましょう?」


以前であれば許さなかった守護獣の主になる夢も、ハーゲンに貸ししかない現状であれば叶うに違いない。


「透理殿が勧める守護獣はおられますか?」


「……ローザリンデ様であれば、今現在拒否する者はおらぬのでしょう」


「それならば……隠蔽に長けた者だと嬉しいわ」


他者にはできる限り見えないと嬉しい。

ローザリンデにしか見えない者であれば、最高だ。

お茶会参加者は全員口を噤んでくれると信じて疑わない。

今であれば、秘密の護衛者が得られるのだ。


「で、あれば。避役《カメレオン》族か豹族の黒豹がお勧めです。できれば両方を。避役は結界がメインの防御系、黒豹は雷魔法がメインの攻撃系ですのでバランスがよろしいかと。尚、避役は周囲の景色に溶け込んで気配を消しますし、黒豹も闇や影に潜み気配を感知させないのです」


「! 私が望む者です。足を運ぶことは叶いませんが、希望する者を連れてきてもらえるでしょうか?」


「許可さえいただけましたら、可能でございます。本人の希望を優先させますが、きっと。ローザリンデ様には御満足いただけるかと存じます」


「素敵! リゼット! 透理殿の許可証発行をお願いできるかしら!」


バザルケットと話し込んでいるバローに声をかける。


「承りました、ローザリンデ様。透理殿の都合に合わせますので、何時なりとも御連絡くださいませ」


「……ふむ。ローザリンデ嬢の話がすんでいるのであれば、茶会終了までに希望者を妾たちが連れてこよう」


茶会には参加しないが、同じ部屋にいた彩絲がそんな発言をする。


「いいんですか、彩絲?」


「妾も雪華も構わんぞ。早いにこしたことはなかろう?」


「じゃあお願いね。候補者が多かったら彩絲と雪華の判断で、選別してくれて構わないから」


「了解だよー。では、ローザリンデ様。楽しみにしていてくださいねー」


容貌が自慢の貴族令嬢たちも彼女にはかなうまい。

雪華はどこまでも愛らしく、彩絲は恐ろしいほどに妖艶だ。

本性が蛇と蜘蛛と聞かされても、そちらの姿もきっと美しいのだろうとしか思えない。

これまで蛇も蜘蛛も苦手な生き物であったのだが、この二人のお蔭で忌避感は随分と薄れた。

二人が連れてきてくれる守護獣なら、きっと忠誠を誓ってくれるだろう。

その分大切にしよう。

守護獣は得ようと思っても得られる存在ではないのだから。


透理が彩絲に鍵を渡している。

店は閉めてきたようだ。

留守番がいないのは意外だった。

それだけ扱いが難しい守護獣が多いのかもしれない。

守護獣屋は少なくないが、信用できる店は多くないのだ。

アリッサが認める守護獣屋ならば、安心してお願いもできるけれど。


「彩絲と雪華は最愛様に仕えるまでは、守護獣屋の中で一、二を争う実力者でした。こちらのお屋敷へ連れてくるまで、守護獣たちが損なわれる心配は皆無ですので、御安心くださいませ」


なるほど、そんな心配もあるらしい。

優秀で、誠実な者は何処の世界でも引く手数多だ。

だが優秀な者が必ずしも強いわけではない。


「……ふむ。何となくじゃが、想像はついたぞ。あやつらも初めて仕える主がローザリンデ嬢になるとは、果報者じゃな」


バザルケットが楽しそうに笑う。

その笑いがまた、ローザリンデの守護獣になる者が優秀なだけでなく、自分にあう守護獣なのだと知れて嬉しい。


「初めて主を持つとなれば……そこまで練れてはいなかろう。となれば……ローザリンデ嬢。バザルケット製のバッグなどを持たぬかのぅ? 一つであれば帰還祝いとして贈ろう。それ以上欲しくば、これまた祝いとして希望数を販売してもよいが」


「是非にお願いいたします! 守護獣たちに初めて差し上げる私からのプレゼントですので、そちらは購入させてくださいませ。図々しくもいただけるのであれば……その……アリッサ様がお持ちの型と同じバッグを……よろしいでしょうか?」


アリッサを見つめて問う。

バザルケットもアリッサを見た。


「同じ型のバッグ……王宮で持っていてもおかしくないものとなると……今のバッグは向かないわね。新しい注文を受けていただこうかしら?」


「アリッサの注文とあれば、無理難題でも聞くぞ。王宮に持ち込んでも無難なデザインにしておくか?」


「……幾つか案がございます。手前にお任せいただけますでしょうか?」


リゼットが会話に入ってきた。

王宮へ持ち込むのに相応しいデザインともなれば、この中ではリゼットが一番通じていよう。


「おぉ! バロー殿にお願いするという手があったのぅ。我は王宮の流行にはとんと疎いからのぅ」


「バザルケット殿が望まれれば、最先端の流行も掌握できましょうに」


お互い牽制しているのかと思ったら、表情がやわらかい。

どうやら褒め合っているようだ。

心の底から技術などを称えているのだろう。

貴族同士の遠回しで面倒なやり取りを見慣れた身としては、何とも面映ゆくそれ以上に憧れた。


「守護獣も主との繋がりが深まれば、バザルケット殿のお手に匹敵する収納を会得できますが……すぐにとはいかないでしょう。現時点では収納力の高いバッグを、お持ちになればよろしいと愚見いたします」


「これも何かの縁じゃ。透理殿にも一つお作りしようかのぅ」


「! よろしいのですか! それでしたら、収納力の高いリュックサック型をお願いいたします! 機会があれば手に入れたいと思っておりました。機を窺っていたのです!」


「ん? エリスさんのバッグは普通に購入できるのではなかったのかしら?」


不思議そうなアリッサに、バザルケットがにやりと笑う。

弟子に秘密を明かす、師匠の表情というのが最も相応しい笑いだった。


「我の店は訪れる者を選ぶ。邪な者にはそもそも見えぬ店なのじゃよ」


「ふぉ!」


「魔法に長けたエルフ族でも、簡単には会得できぬ希少な魔法でございますよ」


感動するアリッサを見て我慢できなかったのかもしれない。

キャンベルも話に入ってきた。


「エルフ族の長けた者ほどには、上手くできておらぬよ。キャンベルは我より上手いのではないのかのぅ?」


「短時間であれば、あるいは。ですが営業時間中一度も解除せずとあれば、バザルケット殿の足元にも及びませんよ」


他種族を下に見る傾向にあるエルフ族ではあるが、キャンベルは実力者には相応の敬意が払えるらしい。

王族に近しくなると、接するエルフはプライドだけが高い無能が多く、辟易としていたのだ。

優秀で場の空気を壊さないキャンベルと、きちんと縁を持てたのは嬉しかった。


世辞でもなく、心の奥から湧き出るような好意を隠すでもなく、伝えあえる関係なんて早々得られるものではないのだ。


食事に入るのも忘れて会話を楽しむ最中にも、リス族の一人が淹れてくれたお代わりのほうじ茶を美味しくいただく。

健康にもいいのです、と会話の妨げにならぬよう耳元で囁いてくれたリス族の愛らしさに、こっそりと悶えるのも忘れない。

ふと目線を感じるのでそっと伺えばナルディエーロが神妙に頷いている。

驚愕を禁じ得ないが、美しくも聡明な吸血姫であるナルディエーロは、リス族の愛らしさをローザリンデ同様に感じていると気がつく。

何時かその愛らしさについて論じる機会があればいいと、ローザリンデも神妙な瞬きをしておいた。


話が一段落したところで、ローザリンデは再び目の前にセッティングされた美しいアフタヌーンティーセットに視線を移す。

一の重を堪能したので続いて二の重に手をつけた。

二の重は食事。

今回は見た目が可愛らしいのと種類が無限に近い豊富さを誇っているという点で、手まり寿司を選んだのだと教えてもらう。

まずは丸みが愛らしい。

以前食べたときには然程感じなかったが、今箱にちんまりと収まっている手まり寿司は彩りが鮮やかで見栄えがする。

かの寵姫などに見せた日には、この手まり寿司だけでも専属シェフにしなさい! と即座に命じそうだ。


箱に収まっているのは六個。

一つずつ説明をしてくれる、リス族の長女と思しき、一番応対が丁寧な子の声が一生懸命で愛くるしい。

一つ目にと選んだのはキュッカバとサモンプッチンを使った手まり寿司。

向こう側が透けるほどに薄く切られたキュッカバを丸みに沿わせて重ねている。

その中央にサモンプッチンが三個ほど載せられていた。

これも桜の花びらに見立てているらしい。

桜は桃色が基本なのだが、緑色もあるのだという。

植わっている物や花瓶に生けられた物を、数度見たが全てが桃色だった。

赤が強い物はあったが、あくまでも桃色で緑色は図鑑にも掲載されていない。

このキュッカバよりも薄い色味で、黄緑色に近いそうだが、それもまた美しいだろう。

アリッサがその気になればこの世界でも根付くかもしれない。

もし緑の花が咲く桜がこの世界に根付いたときには、是非お花見をしていただきたいものだ。

さぞ、美しかろう。


少し甘めの寿司飯に薄いキュッカバのみずみずしい食感と、サモンプッチン特有のぷちっとはじける食感はよくあった。

一口でぺろっといただけてしまう。

貴族社会において、特に女性の場合は、どんなに小さな料理でも何口かに分けて食べるという暗黙の了解が存在する。

正直食べた気がしない……そう思う令嬢たちは多いだろう。

ローザリンデも幾度思ったかしれない。

本来ならこの手まり寿司も、最低三口はかけて食べなければならないところなのだ。

一口でいただける、ある種無礼講の場がしみじみと有り難い。

アリッサなら一口で食べていいものとそうでないものを、明確に線引きしているに違いない。

彼女の常識がこの世界の常識、それが無理なら暗黙のマナーになってくれればいいのに……と人事のように願ってしまう。


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