コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「久しぶり。絶対にいると思ってた。後で雪の会社のブースに行こうと思ってたの」
女性は屈託無い笑顔で近付いてくる。
頭上で雪斗の小さな溜息が聞こえた。
間違い無い。きっとこの女性は雪斗の元奥さんだ。
私は声も出せずに、目の前の女性を見つめていた。
身長は私と同じ位で平均的。でも全身から醸し出される雰囲気と表情が普通じゃ無かった。
凄く目立つと言うか、決して悪い意味じゃなく人目を引く女性。
美人だけど、ただの美人じゃなくて……上手く言えないけど内から溢れる輝きを感じる。
雪斗の元奥さんだと意識しているから、そんな風に思ってしまうのかな。
彼女に圧倒されている私とは違い、雪斗はとても嫌そうな声を出した。
「……春陽、少しは空気読めよ」
元奥さん……ハルヒって言うんだ。
綺麗な名前。それにしても空気読めって、久々の再会だろうに厳しすぎない?
「ごめん、つい嬉しくて」
春陽さんは雪斗の素っ気無い態度を気にした様子は無かったけれど、隣に居る私の存在に気付き戸惑ったようだ。
「もしかして、雪の彼女?」
「そう。一緒に住んでる」
雪斗は即答すると、私に目を向けた。
「美月、彼女は加々美春陽。前に話した一時期結婚してた相手だ」
私に気を遣ってくれてるのか、雪斗は私には優しい声音で言う。
だから私は笑顔になる余裕ができた。
「はじめまして、秋野美月です」
「加々美春陽です。ごめんなさい、突然割り込んでしまって」
「いえ、気にしないでください」
「で、何の用なんだよ」
「特に用は無いけど挨拶くらいした方がいいと思って」
春陽さんは屈託無く言う。
「じゃあ話は終わりだな、美月行くぞ」
「え……いいの?」
あまりにあっさりと素っ気無い。
こんな態度でいいのかな。
気になりながらも私が口出す訳にもいかない。
雪斗に手を引かれ、その場から離れた。
そのまま食事スペースに向かう。でも元奥さんとの遭遇で私の食慾はどこかに行ってしまった。
「気にしてるのか?」
いつも通りの食欲でパスタを食べていた雪斗が言う。
「……気にならない訳はないよね」
正直に言うと、雪斗もまあなと頷いた。
「けど、変に想像しえているよりはよかったんじゃないか。意識するような相手じゃないと分かったんだから」
……全く分からないし、私はものすごく意識してしまっている。
「ねえ、どうしてあんなに素っ気無くしたの?」
聞いてみると雪斗は怪訝な顔をした。
「仲良くして欲しかったのか」
「え、そうじゃないけど……」
確かに目の前で仲良くされたら嫌だ。
ショックで今頃ご飯なんて食べれなかったかもしれない。
「特別冷たくしたって訳でもない。前からあんな感じだったしな」
「そうなんだ」
どんな夫婦だったんだろう。想像がつかない。
「とにかく美月が心配するようなことは無いからな」
雪斗は私を真っ直ぐ見て断言した。
「うん」
「そろそろ行くか、他社の様子を見るのも仕事だからな」
「あ、そうだよね」
慌てて残りのパスタを食べる。
今日は大事な仕事で来たって言うのに、私は何をやっているんだろう。
雪斗の元奥さんの事、いつまでも気にしても仕方ない。
彼の言う通り、謎の存在だったのがはっきりして、逆にスッキリしたとも言えるし。
あまり考え過ぎない方がきっといいんだ。
休憩後は担当ポジションに戻り精一杯働き展示会初日は無事終了した。
残り二日有るけど流れや雰囲気も掴めたし、明日はもう少し余裕を持って動けると思う。
帰りは雪斗とは別行動だ。チームの人たちと打ち合わせを兼ねて食事に行くらしい。
私達はその場で簡単に反省会をして大人しく引き上げることになった。
最寄り駅までの道程は、有賀さんと後輩の男性社員一人が一緒だ。
展示会についてあれこれ話していたのだけれど、途中で後輩が不満そうに零した。
「有賀さん最近付き合い悪くないですか?」
もしかして、雪斗のチームのように食事に行きたかったのかな?
「そんなこと無いだろ?」
「有りますよ。もしかして彼女でも出来たんじゃないかって噂してたんですよ」
からかう様に言う後輩に、有賀さんは苦笑いをした。
「もしかして社内の人ですか?」
後輩はちらりと私を見る。
「秋野さんは違いますよね、よく一緒に居る所は見るけど、秋野さんには藤原さんが居るし」
「違うよ、秋野さんに失礼だろ?……会社とは関係無い人だよ」
有賀さんは仕方無さそうに答える。
「やっぱりいるんじゃないですか!」
盛り上がる後輩の言葉を、私は複雑な気持ちで聞いていた。
有賀さんは水原さんを彼女だと断言した。
私と雪斗は社内公認の扱いになっているし。
何ヶ月か前までとはガラリと変わった関係。
湊については分からないけど、今、みんなそれぞれ上手くやっていると言えるのかもしれない。
傷付いて別れた過去はもう昔のことみたいになっていて。
それでも少しの接点が付いて回っている。