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大きなイベントだった展示会も終わり、通常業務の日々が戻って来た。


元々抱えている仕事の量が多い雪斗は、相変わらず急がしい。


今度の人事で昇進するってう噂もあるし、ますます責任が増えているようだ。


それでもプライベートでは変わず、情熱的で優しい恋人だ。


[今日はもう帰るね、ご飯作って待ってるから]


5時半過ぎに雪斗にメッセージを送る。


社内で公認の様な関係になってからは逆に話しかけ辛くなって、用件はメールで済ますことが多くなっている。


でも雪斗は同僚の目なんて気にならないようで、メッセージを読むとすぐに私のデスクまでやってきた。


「気をつけて帰れよ」


涼しげな目元に優しい笑みを浮かべて私を見下ろす。


その様子は惚れ直すほど魅惑的だけれど、堂々としすぎじゃない?


社内恋愛は自由な会社ではあるけど……私は気恥しくなって急ぎ席を立つ。


「お疲れさまです」


フロアを出るとき、背中に嫌な視線を感じた。


おそらく真壁さんだ。皆が私と雪斗の仲を公認扱いする中、彼女は批判的だから。


オフィスビルを出て、薄暗くなった街を足早に進む。


この時期まだ風は冷たいから向かい風だときつくて下を向いて歩いていたため、近付いて来ていた人影に気付かなかった。


「美月」


聞き覚えのある声に、私は驚き顔を上げた。


「……湊」


久しぶりに会う彼は、暗く疲れた印象に見えた。とても幸せな暮らしを送っている様には見えない。


以前、水原さんが言っていた通りの様子に衝撃を受けていると、彼はもう一度呼びかけて来た。


「美月」


「……湊、どうしたの?」


湊の様子から、これは偶然の再会なんかじゃない事が分かった。


湊は私に用があって、この会社から駅に続く道でわざわざ待っていた。でも一体どうして?


「美月に話が有るんだ」


「話?」


「少し時間を取れないか?」


湊の話は気になる。でも、二人きりで話すのは気が乗らなかった。

今更彼とどうにかなる訳は無いけれど、雪斗に対しても後ろめたい。


「私もう帰らないといけないから……」


「聞いて欲しいことが有るんだ」


湊は私の言葉を遮り強く訴える。強引なその口調に私は眉をひそめた。


「話を聞いても、私は何もできないよ」


「……」


「相談事なのだとしたら他の人にして。もっと身近な人いるでしょう?」


そう言うと湊は一瞬傷付いた様な表情になった。


胸に小さな痛みが走る。これは冷たく突き放す自分の無情さに対する罪悪感なのか。


自身のそんな感情に苛立ちを覚えた。


湊は自分勝手だ。私のことをあれほど拒否したのに、今頃弱弱しく、まるで助けを求めるかの様に近づいてくるなんて。


「美月、頼む……少しだけだから」


こんなの、責めて脅されるよりもよほど辛い。


結局私は湊に請われるまま近くの店に入った。


会社のすぐ近くだから誰かに見られるかもしれない。

早く話を聞いて帰らなくちゃ。


「それで、何が有ったの?」


それなのに、湊は先ほどの強引さはどこにいったのか、なかなか話を始めない。


続く沈黙。やっぱり付いて来たのは失敗だった。そう思った直後に湊がようやく口を開いた。


「この前、室井に会ったんだ」


「湊の高校時代の友達の?」


湊と仲がよくて、同棲を始めたばかりの頃はよく遊びに来ていた人だ。


私達の仲が冷めはじてからは来なくなったけれど、湊は連絡を取り合ってたのだろう。


「久しぶりに会ってそこで美月の話になったんだ。美月に会いたいとも言ってた」


「……別れたこと言ってないの?」


「タイミングを逃したんだ。あいつ美月に連絡してみようかって言ってたよ」


なんとなく話が見えた気がした。


「私が室井さんに余計なことを言わないか心配しているんだ。彼にはアドレスが変わったことを伝えてないし、今後連絡を取り合うことはないから大丈夫だよ」


拍子抜けしながら言うと、湊はなぜか首を横に振った。


「そんなんじゃない」


「じゃあ、何?」


意味が分からない。


「ただ……室井と話していたら昔のことを思い出して、美月に会いたくなった」


「え……それ本気で言ってるの?」


懐かしくなって会いに来た?


「信じられない」


思わず声にしてしまった批難の言葉。


「本当の事だよ。懐かしくなって顔を見たくなった」


私が信じられないと言ったのは湊の気持ちじゃなくて行動なのに、彼は違う意味で受け取ったようで的外れな返事をする。

私は呆れてため息を零した。


「昔の友達と会って懐かしくなるのは分かるけど待ち伏せみたいなことをされるのは困る。前にも言ったけど私達友達じゃないんだから」


はっきり拒絶したせいか、湊の目に怒りと失望が浮かんだ。


「いつか友達に戻れたらって、美月が言ったんだろう!」


「それは、言ったけど……」


私が言ったのはもっとずっと先、完全に過去の思い出になったときのことだ。


「美月はまだ許せないって言うのか? 一度の過ちを許せない程心が狭いのか?」


「もうそんな問題じゃないんだけど」


「だいたいあれは浮気じゃ無かった。俺と奈緒は付き合ってなんていなかったんだからな」


「それは嘘でしょ?」


そんな話今更しても仕方ないって思いつつ、反論してしまった。


「嘘じゃない。あの時だって言ったろ? 奈緒とは未来が無いって」


湊は感情的になって言う。その様子で察した。


「水原さんと別れたの?」


だから私に会いに来たのかもしれない。


室井さんの事なんてただの口実。

彼女と別れてショックを受けたけれど、他に話せる人がいなかっただけなのかもしれない。


以前訪ねて来た時の水原さんの態度。そして笑顔で「付き合ってる」と言った有賀さんの顔が思い浮かんだ。


あのつかみ所の無い彼女は、明確な別れを言わずに曖昧なままにすると思っていた。でも湊ははっきり言葉にして捨てられたの?


「別に……付き合ってた訳じゃない」


でも、湊は彼女に本気だった。それは間違いない。


だからこそ何か言い訳をしないと自分を保てないくらい落ち込んでいる?


私に頼るのはどうかしてると思うけれど、裏切られる辛さは理解できる。


少しだけ湊が可哀想だと思った。


「……今は彼女と会ってないの?」


湊は溜息を吐きながら答えた。


「会社では会ってる。プライベートでは連絡してない」


「どうしてそんなことになったの?」


少し前までは湊は彼女に夢中で、彼女も湊に寄り添っていた。


私が家事放棄した時はマンションに入ってまで湊を世話してたのに。


水原さんは私と別れたことで湊が弱ってしまったとを言っていたけれど、実際は水原さんとの別れこそが彼を苦しめてるに違いない。


「理由なんて俺だって分からない。けど奈緒とは元々先は無かったから」


先が無いのに、二人はなぜ付き合ったんだろう。


周りを傷つけてまで。それとも傷付ける方はそんな事気にしないのかな。


本人達にとっては、ただ恋をしただけ?


自分の気持ちに素直になっただけで、何も悪いことはしていない。結婚していても同棲していても、心までは縛ることはできないんだから仕方がない。


そんな風に考えて、心のままに行動していたのかな。


でも……湊はともかく、水原さんは少し違う気がする。


少なくとも恋に夢中で周りが見えなくなっていた訳じゃないと感じる。


むしろ冷静で、何か理由が有って湊と付き合いそして、捨てた?


考えても彼女の心は見えない。でもどちらにしても私には受け入れられない。


本能のまま恋をして、誰かを傷付けることが正しいだなんて思えないから。


欲望のまま動いて、それで理性有る人間って言えるの?


湊は自分も被害者だと思っているのだろう。私に会いに来て水原さんのことを話すのがその証拠。


自分がやったことで、相手を傷つけた自覚がまったくない。


湊は変わった。出会った頃は人を思いやる優しさがある人だったのに……。


「湊は水原さんに振られて、私に慰めに貰いに来たんでしょう?」


失望しながらそう言うと、湊は不機嫌そうに顔をしかめた。


「嫌な言い方するなよ」


「でも本当のことでしょう?」


「……美月の事思い出して懐かしくなったって言ったろ?」


「そう……」


これ以上言っても湊は折れないと思った。

だったら勝手に話すしかない。


「湊やつれたね、精神的にまいってるように見える」


「……そうかもな」


「水原さんに振られたからでしょ?」


「何で、そんなことばかり言うんだ?」


「湊が少しも私の気持ちを考えないから。ねえ、今の湊の辛さを私も味わったんだよ?」


「……」


「湊に信じられないくらい冷たく振られて、私も今の湊くらい傷付いた。そのことは分かってる?」


「……おおげさだろ?」


「傷付けた張本人から過去のことだから早く忘れて許せって言われてどうして納得出来るの? こんな風に会うのだって本当はおかしいんだからね」


思ってた以上に感情が昂ぶり一気に言い募る。


湊は蒼白な顔をして私を見ていたけれど、少しすると目を伏せながら言った。


「……傷付いたって言うけど今の美月は元気だろ? 過去にしてるのは俺よりむしろ美月の方だろ?」


「……」


「被害者だって主張する割には一番割り切ってるのは美月だよ」


「そんなことは……」


「辛くて眠れない夜があるか?」


答えられなかった。

確かに今の私はもうあの事は過去にしていて、湊の様に追い詰められてはいない。


割り切っていると言われればそうなのかもしれない。


私が黙ると今度は湊が勢いをつけて言った。


「だいたい別れてすぐに藤原雪斗と付き合ってるところが、大して傷付いてない証拠だろ」


「そんな訳ないでしょ? 私がどんな気持ちだったか湊には分からないだろうけど」


「分からないな、少なくとも俺は今関係無い女と付き合う気なんてならない」


「雪斗とは突然出会った訳じゃない、湊が私を置いて行った時だって気を遣ってくれたし」


「失恋した女に付け込んだだけだろ?」


「そんなわけないでしょ?」


「どうだかな。あの男かなり胡散臭いからな」


「雪斗は胡散臭くなんかない」


湊は眉をひそめて私を見た。あからさまに嫌そうな態度。


「藤原雪斗は適当に女遊びし過ぎたんだよ。今更美月と真面目に付き合ってるなんて言っても誰も信じない」


「それは昔の話だから」


今の雪斗は私を大切にしてくれてるし、誠実にしてくれている。


「随分気楽に考えてるな。あの男にとっては過去でも、遊んで捨てられた女からしたら過去じゃないだろ?」


「それは……」


「美月だっていつまでも俺のしたこと責めてるじゃないか」


「一緒にしないでよ!」


湊の言葉にカッとしてしまった。


私と湊の関係は遊びでも割りきったものでも無かったはずなのに。


そりゃあ、その女性が雪斗を本気で好きだったんだとしたら傷付いただろうけど。でも……


「湊は何の為に私に会いに来たの?」


イライラした。いつもいつも私の心を惑わす事ばかり言う湊に。


せっかく幸せな気持ちでいるのに、どうして邪魔をするんだろう。


弱弱しく懇願して来たのかと思えば、強気で馬鹿にした様な態度をとったり。


別れの前もそうだったけど、湊は私を傷付ける。


それも悪気なく。自覚なく。


このままでは引きずられて、良くない方向に行ってしまいそうな気がした。


「帰るから。もう会社の側で待ち伏せなんてしないで」


立ち上がり湊を見下ろして言った。


「迷惑だから」


湊の顔が歪んでいく。


私も湊を傷つけてるんだろう。


でもここではっきり切り離さないと、私と雪斗の関係まで駄目になってしまう気がした。


湊を置いて店を出ようとするより早く、棘の有る声が追ってきた。


「美月だって初めは遊びだったろ?」


「……」


「藤原雪斗とは体の関係だったんだろ? 真剣じゃなかった」


「……だったら何?」


この瞬間、別れた元彼に僅かながらも感じていた感傷は綺麗に消えた。

この作品はいかがでしたか?

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