テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「おはよ。」
「おはよう。」
「おはよ〜。」
長かった期末試験期間も今日で終わり。
そして、期末試験が終われば待ちに待った春休みが始まる。
「今日が終われば春休みだあー!」
元貴が、まだ半分布団にくるまりながらも、珍しく朝から元気に叫んだ。
その声に、涼ちゃんがくすりと笑いながら、暖房のスイッチを入れる。
「テンション高いな、元貴。」
「だってさ、やっと試験終わるんだよ?目覚めが違うよ、目覚めが!」
「でも…寒いのは変わらないけどねぇ。」
そう言って、涼ちゃんはすぐにまた布団の中へ顔を引っ込めた。
「春休み入ったら何するー?」
部屋が温まるまでの雑談タイム。
テンションは高いけど、部屋の寒さには勝てずに布団の中でもぞもぞしている元貴と、顔だけ出してこちらを見ている涼ちゃんに話し掛けた。
「ぼく、三人で旅行行きたいなー。」
『旅行?』と聞き返したのは涼ちゃんで、おれはその言葉のあとを待っていた。
「うん、近場でもいいからさ。夏と冬のバイト代もまだ残ってるし!」
「いいねぇ。僕、グランピングとか行ってみたいな〜。」
「いいね!今、流行ってるし!おれも行ってみたい!」
「じゃあ決まり!グランピングしよー!」
元貴の声がひときわ明るく跳ねる。
その顔を見てると、なんだかこっちまで嬉しくなるから不思議だ。
期末試験最終日の朝。
まだ布団の中で、誰もちゃんと起きてないのに、もう春休みの予定が決まってしまった。
(あー、早く終わんないかな、試験。)
おれは小さく伸びをして、右を向き、二人の顔を見た。
春休み、きっと最高になる気がした。
・・・
涼ちゃんが作る朝ご飯を食べて、エネルギーをチャージしたおれ達は、三人並んで大学へ向かい、 おれと元貴は1年生の…涼ちゃんは3年生最後の試験に挑んだ。
涼ちゃんの朝ご飯…のおかげかは分からないけど、最終日も思ったように筆が運び、スラスラと問題を解く事が出来た。
午後、最後の試験が終わって、講義室のドアを開けて外に出た瞬間、ようやく重たいものがストンと肩から落ちた気がした。
横に目をやると、元貴がこっちを見てにかっと笑った。
その顔は、たぶん、おれと同じ。やり切った、って顔だった。
「お疲れ。」
ただ、それだけ言い合って、ハイタッチを交わした。
帰りは、涼ちゃんは、春休み入る前に先生と院進の件で話があるとの事で、久しぶりに元貴と二人での帰宅になった。
期末試験期間中はずっと三人での帰り道だったので、何だか少しだけそわそわする。
「あのさ、若井…」
そんな中、元貴がチラっとおれを見て口を開いた。
「なにー?」
おれは、明日から春休みだし、てっきり春休みの話かと思い、軽く返事をしたのだけど、元貴の表情からおれが予想してた話ではない事が直ぐに分かった。
さっきの試験が終わった開放感に満ちた表情とは違い、もう一度チラッとおれの事を見ると、少し言いにくそうに口を開いた。
「若井ってさ…本当に男の人、好きになったりしないの…?」
ぽつんと落ちたその一言に、心臓が小さく跳ねた。
前にも涼ちゃんがふざけて、俺にそんなような事を言ってきた時があったけど、それとは全然違う温度感…あの時のように誤魔化す事の出来ない空気感におれは戸惑ってしまった。
言葉の意味は理解出来るけど、それを聞く元貴の意図が分からなくて、言葉に詰まってしまう。
元貴の事は好きだ。
でも、涼ちゃんのように、男が好きかって言われたらそうではない。
おれは“元貴”が好きなだけだから…
「……どうしたの、急に。」
口から出たのは、そんなぼやけた言葉だった。
本当は聞き返したい。
…どうしてそんなこと聞くの?
…誰かに何か言われたの?
…それとも…おれの気持ちに気づいてる?
でも、そんなの聞いてしまったら、もう後戻りできない気がして。
喉の奥に、いろんな言葉が引っかかって、息が詰まりそうだった。
「別に…。気になっただけ。」
そう答えた元貴の横顔が、ほんの少しだけ不安そうに見えた。
それを見たら、おれの胸の奥が、ぎゅうっと音を立てて痛んだ。
言いたい。
好きだって。
だけど、それを言ってしまったら、今の“何でもない日常”が崩れてしまう気がして、怖かった。
それに、おれの気持ちを聞いても…同じ人を好きになったのにそれでも“大切な友達”だと笑ってくれる涼ちゃんを裏切りたくもなかった。
だからおれは…
「どうだろうね?おれは、男だからとか女だからとか…関係ないかも。」
できる限りの、作り笑いを浮かべながら、そう言った。
それが、精一杯だった。
元貴は、少しの間うつむいたままだった。
その顔がどんな表情だったのかは、見えなかった。
「そうなんだ。」
ぽつんと落ちたその声が、やけに小さく響いた。
それっきり、元貴は何も言わなかった。
おれも、何も言えなかった。
夕暮れの帰り道。
会話のない時間が、いつもよりずっと長く感じた。
だけど、その沈黙すらも、おれには壊す勇気がなかった…
コメント
1件