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ベルトランの料理で腹を満たして動く気力を取り戻した二人はまだ残っているミリタリーショップを当たろうとパトカーに乗り込むが、入ってきた時と同じように勝手口から出ていった二人を見送ったベルトランはチーフが不安そうな声を上げたためにどうしたと顔を向ける。
「……オーナー、リオンが料理を残してます」
「何だって?」
この店に来るようになってから数え切れないほど食事をしているリオンだったが、ほとんど料理に手を付けていない事に二人が顔を見合わせる。
やはりウーヴェが誘拐された事はショックで仕事だからと何とか平静さを保っているのだと見抜いたベルトランは、何とかしてリオンには食事をさせたいのにと溜息をつき、ゼンメルに挟んでサンドにすればどうだと他のスタッフに提案されて手を打ち付ける。
「これのサンドと他にチーズとサーモンのサンドも作ろう。サンドなら仕事をしながらも皆で食ってもらえるだろう。後で誰か署に届けてくれ」
「分かりました」
あの様子だとここに来たのも空腹からではなくベルトランが一日に一度は顔を出せと命じたからだとも気付き、義務感からではなくさっきも二人に伝えたように動き回れるだけの体力を温存して欲しいから来いと伝えたのにと頭に手を宛がうが、夜のかき入れ時の前に署に持って行ってくれと伝えるとまだあと少し残っているランチの客を捌くために料理に取りかかるのだった。
ベルトランに不調を見抜かれていると思いもよらないリオンはコニーと手分けをしてショッピングモールの中にある包丁などの刃物を専門に取り扱う店に入るが、携帯が無機質な音を立てたことに気付いて店の外に出る。
「ハロ」
『リオンですか? 今大丈夫ですか?』
「マザー? 大丈夫だけどどうした?」
電話の主はマザー・カタリーナで、モールの中央に置かれたベンチに腰を下ろして溜息をついたリオンは、耳に流れ込んできた言葉に勢いよく身体を起こす。
「何だって!?」
『フィレンツェの教会と連絡が取れました。その方が協力して下さってドイツで働いている教会の児童福祉施設出身の人が何人かいると教えて下さいました』
マザー・カタリーナの声にはリオンの役に立っているのだろうかという不安が滲んでいたが少しの沈黙の後リオンが一声吼えたため、どうしたのですかと慌てて呼びかける。
「今からホームに行く!」
『え、ええ』
こちらに来るのなら気をつけて来るのですよといつもの言葉を最後まで伝えさせてもらえなかったマザー・カタリーナは、どうしたのですかとブラザー・アーベルに問われて携帯を不安そうに見つめるだけだった。
電話の向こうに不安を産み付けた事に気付かず別の店から出てきたコニーを大声で呼ぶと、駆け寄ってくる彼に詳しいことは車の中で話すが今からホームに行くと伝え、覆面パトカーに向けて駆け出す。
さっきとは違って少し顔を紅潮させているリオンに何かあったのかと問えば口の中で何か言葉を転がした後、昨日出勤前にホームに寄ってマザーの知り合いがイタリアにいないかを聞いたと伝え、勘の良いコニーがロスラーの傷口から発見された祈りの言葉かと横顔を見る。
「ああ。聖母マリアの祈祷文を傷口に突っ込む奴はどんな奴なんだろうなって思ってさ」
マザー・カタリーナが話したようにすらすらと祈祷文を書けると言う事は諳んじる事が出来ることであり、それは聖母マリアを深く敬愛するか同じ深さで憎んでいるかだと告げてタバコに火を付けるとコニーがやるせない溜息を吐く。
「愛憎の裏返し、か」
「ああ。で、ジルも児童福祉施設出身だったなぁって。もしかして教会の児童福祉施設かも知れないと思ったからマザーに知り合いがいないか聞いたらいるって」
だからジルベルトの写真を用意して今夜ホームに寄るつもりだったがあちらからの情報の方が先だったと笑い、これでロスラーの身体にあれほどの傷を残した奴の正体が分かるかも知れないと太い笑みを浮かべる。
「ジルじゃないのか?」
「昨日ボスにも言ったけどな、あいつが暴力を振るう相手って女ばかりなんだよ」
「え?」
二年前の事件の時、ゾフィーの髪を切って顔が変形するほど殴ったのはジルベルトだが、ゾフィーとチェコから来た女の子もレイプした男達には手を出していないと当時を思い出しながらリオンが呟き、でもその男達も結局殺されていたぞとコニーが返すと、それは不要になったから殺しただけであって拷問の末に殺したかった訳じゃないとリオンが返す。
「あいつが手を出すのは女だと思う。リアもそうだしゾフィーもそうだった。女に恨みでもあるのかな」
リオンの何気ない呟きは今話題にしているジルベルト本人にも気付かない場所に封印された過去の出来事を見事に読み当てているのだが、そうと知らないリオンは長い髪と白い肌がダメなんだろうともう一度呟き、ならばリアが腿を刺されただけですんだというのは奇跡的な事だなと安堵の溜息を零す。
「……ゾフィーみてぇに殺されなくて良かった」
その言葉に籠もる思いの一端をコニーは感じ取り確かにそうだなぁといつものように暢気な口調で返すとリオンの目が一瞬見開かれ、次いでジルのくそったれ、早く出てこいよーといつもの軽口でコニーに返すが、マザー・カタリーナの知り合いはジルベルトを直接知っているのだろうかと問われて目を瞬かせる。
「どうだろうな。それを聞こうと思ってる。運良くジルを知る人がいれば良いんだけどな」
「最短で七人の知人を介せば知り合いに辿り着くって考え方、その理論でいけば今は半分ぐらいまで辿っていけてるんじゃないか?」
「そーかもなぁ。そうだったら良いのになぁ。でもそんなに都合良くいくか?」
だったら後半分の知人を介してここ数週間のジルベルトの行動を知り今どこにいるのかのヒントも得られるかも知れないのにと、観光客が迷い込みでもしない限り訪れない路地へと車を進ませたリオンは、ボロボロのフェンスの前に車を止めるとコニーを促して教会の敷地に入っていく。
コニーも何度か訪れたことのある教会だが、新聞に書かれたことやテレビでも取り上げられたことから教会を見る目が前日とは打って変わった冷たいものになっていることにまでは気付かなかった。
その冷たさをものともせずにマザー・カタリーナを呼びながらドアを開けたリオンは、出迎えてくれるブラザー・アーベルに手を上げ、イタリアの教会関係者と連絡がついたが探している人の写真か何かがないかと問われコニーを振り返る。
「ジルの写真ならここにある」
ナイフを購入した人物の情報を収集するために使っているジルベルトの写真をブラザー・アーベルに見せるが、いつもは賑やかな児童福祉施設が静まりかえっていることにリオンが気付いて問いかけると、何かあってからでは遅いから子ども達を協力してくれる人の家に預けた、今ここにいるのは大人達だけだと溜息混じりに教えられそうかと短く返す。
キッチンに入りリオンが来たことに気付いて立ち上がるマザー・カタリーナに黙礼をしたコニーは、今ブラザー・アーベルに見せた写真を拝借し、勧められた椅子に腰を下ろしながらその写真を見せる。
「マザー、ドイツで働いていた児童福祉施設出身のやつってどんなやつだ?」
待ちきれないで彼女を急かすリオンに一つ頷き、フィレンツェのある教会にシスター・テレサという方がいるがその方が児童福祉施設の運営に関わっているシスターを紹介してくれた、その中に数名の思い当たる人がいると教えられたマザー・カタリーナがメモ書きをリオンに見せ、そこに数名の男女の名前が記されていたが、ジルベルトという文字を発見しリオンがメモをコニーに突きつける。
「コニー、見つけたぜ!」
「リオン……!」
まさか本当に数人を介しただけでジルベルトを知る人にたどり着けるとは思ってもみなかったが、そんな奇跡的なことを目の当たりにしつつも冷静にコニーが別人の可能性もあると告げるとリオンの目が一瞬見開かれるが、確かにそうだと同意するように頷く。
「マザー、そのフィレンツェの方に写真を見て貰うことは出来ますか?」
マザー・カタリーナにジルベルトの写真を見せながら連絡が取れるかと確認したコニーをメモを片手に見つめたリオンだが、携帯にヒンケルからの着信がある事に気付いて耳に宛がう。
「ハロ」
『リオンか。今BKAから組織の情報が入った』
「マジですか?」
『ああ。今どこにいる』
ヒンケルには刃物店を聞き込みに行くと伝えただけで児童福祉施設に寄るとは伝えていなかったためコニーと共にいる事を伝えると、少しの沈黙の後に嘆息混じりにロスラーの傷口から発見されたメモかと呟かれ、素直に頷いて何故ここに来たのかを伝えるとお前の考えは間違っていないと肯定されて目を見張る。
「ボス?」
『……ブライデマンだ』
「へ? ああ、組織の情報が入ったって?」
ヒンケルの溜息混じりの声の後聞こえてきたのがブライデマンのものだったために驚いてしまうが、どんな情報が入ったと問いかけると一度目にすれば忘れられないほどの美形だと返されて素っ頓狂な声を上げる。
「は?」
『名前はルクレツィオ。数年前に組織を引き継いだらしい。本拠地はフィレンツェだが今はローマを中心に活動している』
「そのサイコーに男前なルクレツィオが組織のトップ?」
『ああ。そのルクレツィオがイタリアから姿を消した。ジルベルトをオーストリアで見失った頃だそうだ』
ブライデマンの溜息混じりの言葉にリオンが目を見張り一緒に行動しているのかと呟くと、組織のトップはこの1,2年は二人で行動することが多かったと報告書にもあるから間違いないだろうと返され、リオンが思わずテーブルを拳で一つ殴る。
その音にコニーとマザー・カタリーナが驚いてリオンの顔を見つめるが、今朝の写真からウーヴェを陵辱している男の面が割れたことに引き続き誘拐実行犯の名前が判明した事に知らず知らずのうちに興奮を覚えてもう一度テーブルを殴ったリオンは、そのことで会議をするから一度戻ってこいとの帰還命令に頷いて通話を終え、様子を伺うように見つめてくるコニーに署に戻ることを伝えると、マザー・カタリーナの頬にキスをし、フィレンツェの教会関係者に幼少の頃のジルベルトと同年代の子供が一緒に映っている写真があるかどうか確かめてくれと残して児童福祉施設を飛び出していく。
「おい、リオン!」
取り残される形になったコニーが慌てて背中に呼びかけるが早く来いと逆に呼ばれて苦笑し、マザー・カタリーナに捜査協力を依頼すると、ここに名前が挙がっている人物の顔写真が入手できればお願いしたいこと、こちらからも後で写真を送るので確認をして貰って欲しいことを頼み、ブラザー・アーベルにも一礼してリオンと同じように児童福祉施設を飛び出すのだった。
ルクレツィオが先代から受け継ぎジルベルトとともに大きくしてきた組織について、二年の間内偵を続けようやく詳細な情報を得られたとBKAから届いた報告書を片手にブライデマンが刑事部屋のホワイトボードを囲むように集まった部下一同を見回して大きく頷く。
「今組織を仕切っているのはジルベルトの幼馴染みでルクレツィオ・ジネッティ。十代で組織を引き継いで大きくしてきた」
ルクレツィオ・ジネッティとコニーが口の中で呟き、配られた顔写真をリオンが穴が開くほど睨み付ける。
「確かに一度見たら忘れられねぇほどの美形だよなぁ」
人身売買組織のトップをするのではなくモデルか何かだったらもっと世間から騒がれるのにと率直な感想を口にすると、確かにモデルでも通用しそうだと周囲から同意の声が上がる。
「そのルクレツィオが二週間ほど前イタリアから姿を消した」
ローマに移動したために内偵を引き継ぎながら続けていたBKAの部下から姿を消したとの連絡が入ったのはオーストリアでジルベルトの行方を見失った頃と前後していて、二人が同時に動いている事から新たな人身売買の取引があるかも知れないとの報告も受けていた。
東欧から少女達を誘拐同然に連れてきてはドイツ国内のFKKに売り渡していたルクレツィオ達だったが、フランクフルトの組織はロスラーが逃亡した二年前に半ば壊滅しているのだ。
その為、買い取った少女達をどこに集め振り分けるのかを調べていたBKAだったが、大きな取引が行われるような気配をどうしても感じ取ることが出来ず、焦りながら追跡した結果、ロスラーの死体を発見した事も報告されて皆が一斉に溜息を吐く。
「ロスラーを拷問したのはルクレツィオか」
ロスラーを残忍な方法で拷問した挙げ句に川で溺れさせるという非道な方法で命を奪ったのがジルベルトではなくルクレツィオだと結論づけたヒンケルは、そこまで非道なことをしたのが元の仲間でなくて良かったとの安堵を部下の顔に見出すが、ジルベルトの本質が暴力的であることをゾフィーの遺体を思い出して身体を震わせる。
その暴力的でサディスティックな二人が一緒に行動している事、リアを負傷させたのがジルベルトだと判明している事から激高する気持ちを抑えている素振りを見せないリオンの横顔を見つめるが、ベルトランの写真でウーヴェが今まさに命の危機に曝されているのだと不意に強く感じてしまう。
「ボス?」
「……何でも無い。ドクのクリニック前での目撃情報はなかったのか?」
「これだけの美形なら覚えていそうですが、これといって目撃情報は出ていません」
ダニエラがヴェルナーと一緒に回った結果を残念そうに報告し、車でアパートに入ったのなら目撃される可能性が低いと告げ、車の特定を急いで欲しいと鑑識にも注文を付ける。
「ジルだけじゃなくルクレツィオの写真を持ってナイフを扱う店を回ってみます」
これだけの美形ならばもしかすると店員が覚えているかも知れないとコニーが手を上げ、リオンに同意を求めるように頷くと賛成と首を縦に振る。
「ローマとフィレンツェの組織だが、二人がいない今のうちに現地の警察と協力して強制捜査することになった」
「遊んでいる間にお家が火事になるって気の毒だよなぁ」
ブライデマンの言葉に、コーヒーメーカーから決して美味くないコーヒーを紙コップに注いで飲んでいたリオンが鼻歌を歌いながら留守宅の火の始末には注意をしなきゃいけないぜと目を細めるが、皆の視線が集中していることにどうしたと首を傾げる。
ウーヴェの誘拐が発覚以降リオンの感情がいつ爆発するかを皆が心配しているのに、それをよそに鼻歌を歌えるなんてとダニエラが目を吊り上げそうになるが、それを止めたのもまたリオンの言葉だった。
「……ダニエラの言いたいことは分かってるよ。でもさ、こうでもしてなきゃ……」
到底爆発を抑えることが出来ないと昏い顔で笑ってコーヒーを飲むリオンに誰も声をかけることが出来ず重苦しい沈黙が室内を包むが、それを破るようにリオンの携帯が有名なピアノ曲を流し、微かに震える手で携帯を取り出すと同じく震える声で返事をする。
「ハロ……オーヴェ?」
リオンの携帯から流れるピアノ曲はただ一人を示すものであり、それをここにいるブライデマン以外は知っている為携帯に震える声で呼びかけるリオンの言動に集中し、そうと知ったリオンがスピーカーに切り替える。
『……久しぶりだなぁ、リオン』
「ジル!!」
スピーカーから聞こえてきた声は携帯の持ち主のウーヴェではなく今まさに探し求めているジルベルトのもので、スピーカーから懐かしい声を聞いた面々はそれぞれ驚愕の表情でヒンケルを見、その後リオンを見つめて誰も言葉を発することが出来ないのだった。