『用具室の幽霊の正体…知りたい?』
日比野から言われて、私は思わず頷いた。それを見た日比野は、無言で歩きはじめる。
窓から入る夕焼けで、オレンジ色に染まる廊下。私は黙って日比野の後を歩く。すれ違う生徒から『もうすぐバルーンを飛ばすから校庭に行こう?』なんて会話が聞こえた。でも、私達は校庭とか逆…用具室に向かう階段を登っている。すれ違う人は減っていき、この学校に日比野と私だけしか居ない錯覚に囚われた。4階…用具室の前まで来ると、日比野が立ち止まる。
「柏木さんは…何か勘違いしてる」
「…勘違い?」
「俺だって【緊張】するんだよ?」
え?っと聞き返す前に扉を開けて、中に入る日比野。薄暗く埃っぽい用具室の中に入ると、ひんやりした空気を感じた。…何だか不気味だ。
「柏木さん…窓の外を見て」
日比野に言われて窓に近付く。窓の外…校庭が良く見下ろせる。皆、風船を持って願い事を書いているのが見えた。あぁ…私も願い事を書きたかったな。よく考えたら、どうしてこんな場所にいるの?今日は楽しい文化祭のはず…日比野に嫌味を込めて言ってやる…!
「楽しそうに風船を持つ生徒が見えるわ…私達と違ってね」
「そう…校庭が見えるね」
「だから何?」
「少し前までは、夜にキャンプファイヤーだった…」
「…そうらしいわね?」
「この場所から見たキャンプファイヤーは、どう思う?」
「え…綺麗…でしょうね?」
聞きたい内容が分からず、眉を寄せてしまう。何故キャンプファイヤーの話し?
「そう、綺麗だ。キャンプファイヤーが見たくて、でも人目を避けたい。そんな時に最良の場所だよね」
「どうして人目を?…っあ!」
聞いている途中でハッとした。そんな私を見た日比野が頷く。
「そう。文化祭の最終日…告白する場所」
そんな事…考えた事も無かった。でも、説明がつかない…
「数年前に校庭から見えた女子生徒って…」
「告白をするか…呼ばれた生徒だろうね」
「でも何で女の子だけ?男子生徒はいないって変よ?」
「キャンプファイヤーは夜だろう?校庭から暗い教室はどう見える?」
「…よく、見えない…と思う」
電気を点けない限り、暗い教室の中なんて見えないはず。あれ…?じゃあどうして女子生徒は見えたの?
「制服だよ」
「え?…制服?」
私の心を見透かしたように、日比野は「制服」だと言った。
「女子生徒はセーラー服…上半身が白いだろ?」
「あ!…白いセーラー服は、暗がりの中でも見えやすい…けど、男子生徒は」
「そう…男子生徒は学ラン。暗い教室の中では、真っ黒な学ランは見え難い」
なるほど…。あっという間に説明が付いた。でも、それなら…
「寺島君の件は?この用具室で幽霊を見たって、ハッキリ言ったわ」
「それは、ほら…校庭を見たら分かるよ」
言われて、校庭に目を向ける。何やらザワついている生徒達…
「何かしら?…何が起きているの?」
「【告白】さ」
「は?」
意味が分からず、もう一度…目を凝らして校庭を見ると、二人の生徒を円で囲むように、他の生徒達が見ている。
「…あれは…寺島君と…え?」
「うん。牧野さんだね」
「梨里杏ちゃん!?…って事は、寺島君が梨里杏ちゃんに告白を?」
「違う、逆だよ」
サラリと言われて、更にパニックになる。梨里杏ちゃんが寺島君に告白!?
「え、え、え?…ちょっと…びっくりだけど、幽霊の話しは?」
「だから、幽霊の正体は牧野さんなんだ」
「はい?」
思わず、大きな声が出た。幽霊が梨里杏ちゃん?だって、寺島君が見たのは…
「肌は青白くて…髪の毛はボサボサで…って寺島君は言っていたわ」
「牧野さんは、用具室の噂の秘密を知っていた。それは逆に告白するのに理想の場所だよね。」
「あ…人が近付かないから?」
「うん。だからあの日…牧野さんは竜太を用具室に呼び出した」
「机の中に入った手紙…」
寺島君の話を思い出す。用具室に来るように書かれた手紙。でも、実際にそこに居たのは…幽霊だった。
「意味が分からないわ」
「そうだね。だって牧野さんにトラブルが起きて、告白は失敗に終わったから」
「は?」
「放課後…用具室に向かう牧野さんに、クラスの皆が言ったんだ。『お化け屋敷の幽霊メイクの練習をしよう』」
「…あ!」
謎が徐々に解けていって、【?】ばかりの頭の中に【!】が浮かぶ。
「梨里杏ちゃんは文化祭委員だから、断れなかったのね」
「その通り…幽霊メイクの練習をしてから、急いで用具室に向かった。メイクを落とす時間も無く…」
「それで、寺島君に幽霊と間違えられたって事?」
頷く日比野を見て、梨里杏ちゃんに同情した。…せっかくの告白が、幽霊と間違えられるなんて…。きっと泣いたに違いない。そこまで考えて、新しい疑問がムクムクと湧き上がる。
「何で日比野は知っているの?」
「竜太から話を聞いて、ピンときた。だから、次の日に牧野さんに確認したよ」
「!!…それって、体育館裏で?」
「え、そうだけど…何で分かるの?」
「…」
里奈が体育館裏で見たのは、この件だったのね…。勘違いしていた事が分かって、途端に気が抜けた。
「まぁ、それは良いとして…つまり日比野は、梨里杏ちゃんにアドバイスをしたのね?」
「まぁ…アドバイスというか…取引かな」
「…取引?」
「告白の手伝いをする代わりに、この場所を譲って貰った」
「…この…用具室を?」
意図が分からず、首を傾げた私を見て…日比野は校庭を指差す。
「ほら、告白は成功だ」
「…っ!」
照れた様に頭を掻く寺島君。泣きながら笑う梨里杏ちゃん。温かな拍手を送る生徒達…。そして…カウントダウンが始まり、風船を飛ばす瞬間が近付いているのが分かる。
「素敵な告白…とてもロマンティックね」
「…柏木さん、そう言う告白が理想?」
「えっ?」
突然、聞かれて戸惑った…日比野と恋愛の話をするのは、変な感じがする。でも、私は日比野に告白したい。…そのタイミングは今かもしれない…。
「柏木さん」
「はひっ!」
いきなり呼ばれて、変な返事をしてしまった。今言うのよ私!好きって伝えるのよ私!
「柏木さん…俺達、許嫁になった訳だけど」
「…ぇ」
まさか、許嫁を解消したい?そんな事を言われたら私…
「ちゃんと…お付き合いしませんか?」
…ん?
「は?」
相変わらずの無表情で言われて、頭が真っ白になった。何て言った?お付き合い?…今の私はきっと間抜けな顔をしているはず。
「柏木さんが嫌なら、その…」
歯切れが悪い日比野を初めて見た気がする。ふと用具室の前で言った、日比野の言葉を思い出す。
『俺だって【緊張】するんだよ?』
あれは…これから告白する、日比野の気持ちだったのね。自覚した途端に顔が熱くなってきた。告白…告白よね?これ。それなら…
「日比野は…私の事が好きって事?」
「…柏木さんってストレートに言うよね」
「どういう意味?ちゃんと言ってよ!私が好きなの?」
「ちょ、柏木さん」
「私は日比野が好きよ!!…ぁ」
大きな声で詰め寄って、我に帰った瞬間。
「…あ、風船」
日比野に言われて、窓の外を見ると…
次々と上がる、沢山のカラフルな風船。
夕日に照らされたオレンジ色の空へ…空へ…
それはとっても…
「…綺麗」
自然と口から出た言葉。今までのやり取りを忘れるくらい。美しい光景だった。
「…これもロマンティックだと良いけど」
「すごくロマンティックよ」
「そっか、良かった」
「ふふっ…これ、日比野が考えた告白のシチュエーションなのよね?」
「…うん、まぁ」
相変わらず、とぼけた言い方の日比野に笑ってしまう。全くこの男は…
「最高の告白…ありがとう」
「…」
「ん?何よ?」
「何か、逆に告白された気分」
言われて、また顔が熱くなる。そうよ告白したのよ!全くこいつは!…ってか
「…ねぇ、まだ【好き】って言われて無いんだけど?」
「…」
「日比野?」
「…柏木さんと一緒にいると…【人間】になれる気がする」
「はぁ?」
あなたは妖怪か?と思いながらも、日比野らしい告白に、やっぱり笑ってしまう。クスクス笑うと、日比野も私を見て微笑んだ。きっとこれからも前途多難。だけど多分、大丈夫。空に昇って小さくなる風船を眺めながら、小さくて大きな幸せを噛み締めた。
コメント
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とても素敵なお話でした。 歳を重ねても、きっと二人は学生時代と変わらないやり取りをするんだろうなぁと勝手に想像してしまいました。 最後まで本当に楽しく読ませて頂きました!
なるほど……!確かに人目のつかない用具室は告白をするのにピッタリの場所ですよね……! でも、梨里杏ちゃんが幽霊に間違えられてしまうなんて……。相当恐ろしいメイクだったんだろうな……💦 最終的には梨里杏ちゃんも日比野くん(柏木さん)も告白が成功して良かったです🥰 これからも柏木さんと日比野くんの幸せを願っています🙏💕