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彼女は居酒屋を辞めて、アパレルショップの店員になった。アルバイトには変わりないが、時給は少しダウンしたそうだ。アルバイトを変えたのは、夜、僕と会うため。確かに出勤前の朝に会うのは忙しすぎた。
ただ、走る時間を夜に変えてほしいという要望には簡単に応じられない事情があった。
「以前にも夜走ってたことがあるんだ。路側帯に沿って走っていたら、後ろから来た車にやたらクラクションを鳴らされたことがあってさ。僕が路側帯だと思っていたものは実はセンターラインだったんだ。ただでさえ目が悪いのに、暗い夜道を走るのは自殺行為だと思い知った。それから夜走るのはやめたんだ」
「それなら大丈夫」
「どう大丈夫なの?」
「あたしがシン君の目になるから」
僕は馬鹿だ。彼女に愛を教えたいなんて偉そうに言ったけど、愛を教えられたのは僕の方だった。
恋人どころか友達もずっといなかった僕に不足しているのは自己肯定感だ。誰かに必要な人だと認められた経験がなかったから、萌さんとの交際がスタートしても僕は不安で仕方なかった。
「君はどういう人がタイプなの?」
「なんで今さらそんなこと聞くんだ?」
「なるべく君の好みに合わせたいと思ってさ」
「あたしの好みなんて無視していいんだ。シン君はシン君のままでいい。あたしのタイプはあたしが好きになった人。それでいいじゃん」
確かに元カレみたいにサッカーが上手な人がいいと言われても困る。元カレと比較されたらサッカーだけでなく、顔だって話のおもしろさだってセックスのテクニックだって、もちろん全部彼の圧勝だろう。彼女に選んでもらえたことを誇りに感じながら、僕は僕にできることを続けていくしかない。
元カレとの交際中、呼び出されて元カレの気が済むまでセックスしたあとは、もう帰っていいよと言われていたそうだ。
そのせいだろう。僕らのセックスは経験豊富な彼女がいつも主導権を握っているが、事後、必ず彼女は僕に甘えてくる。難しいことは何もない。好きなだけ甘えさせてあげればいいだけだ。