テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
お酒が飲めないことを、これほどまでに後悔したことはあるだろうか。
今まで、飲み会なんて面倒な付き合いとしか思っていなかった。お酒が飲めないと事前に伝えていれば、周りも少し気を遣って、どうでもいい飲み会は誘ってこなくなる。だからむしろ、お酒が飲めないことは、外との付き合いが面倒な俺のアドバンテージだとすら考えていた。
あの人と出会うまでは。
「は〜いかんぱ〜い」
「おつかれ〜!」
ジョッキを高々と掲げ、乾杯の音頭をとるニキくんに、同じくジョッキを掲げる仲間たち。それに合わせて俺もソフトドリンクのグラスを掲げた。
Vtuberという活動を始めてから出会った人々は、俺にとってとても居心地が良く、あれほど参加したくなかった飲み会も、なんやかんやで高確率で参加している。
「ボビーの暴露話、いっきまーす!」
「待て待て待て何の話や、いつの何の話をするつもりなんや」
「いつの何かわからないくらい心当たりあるんだ」
「いやそれは言葉のあやと言いますか……!!」
「コイツはマジで人間じゃないから秘密を握られた時点で諦めた方がいいよせんせー」
既にワイワイお祭り騒ぎの中で、みんなの話に適当に相槌を打ちながら、ちらりと隣に座るトルテさんを盗み見る。
「だーかーら!今は俺じゃなくてしろせんせーの暴露ターンだったよね!?何で俺に飛んでんの!!」
いつの間にか、ニキくんの暴露話がトルテさんに被弾したらしい。机を叩きながら抗議するトルテさんをニヤニヤしながら揶揄う仲間たち。トルテさんには申し訳ないけれど、率直に、お酒が飲めるみんなを羨ましい、と思った。
誤解のないように言っておくと、お酒が飲めないのを理由にハブにされるなんてことはない。むしろこの仲間たちとの飲み会は、素面の俺でも楽しめる。でも、なんというのだろうか、酔いどれたちの独特の空気感に入りたい、と思ってしまう。
だって、それは現時点で俺がどうやっても彼と共有できない空気だから。
(きれい、だなぁ……)
居酒屋の汚い空気感と薄暗いライトの下でも、キラキラと輝く彼の金糸を見つめながら、ちびちびとソフドリを煽る。手に入らないものはより美しく見えるとどこかで聞いたことがあるが、本当にそうらしい。なんなら陽の光の下で見るよりも眩しく見える。こんな綺麗なトルテさんと同じ空気を共有できたら。
(一杯だけなら……いけるかな)
店員さんを呼んで、普段は頼まないビールを一つ、頼む。俺の手元に運ばれてきたジョッキを見て、トルテさんが顔色を伺うように覗き込んできた。
金糸の隙間から覗く翡翠色の瞳と視線がかち合う。多分、大丈夫なの?って聞かれる気がする。トルテさんは優しくて心配性だから。
「弐十くん、大丈夫なの」
ほらね、聞かれた。トルテさんの心遣いに内心ニヤニヤしながらも、表面上は涼しい顔で頷く。
「うん。大丈夫。俺も飲めるほうが楽しいし」
「そ。あんま無理すんなよ」
トルテさんはそれだけ言ってみんなの話の輪に戻っていく。ああ、やっぱり好きだな。好きだから、トルテさんと同じ空気を味わいたい。そんなことを考えながら、ジョッキを大きく煽った。
———3時間後
宴もたけなわ、そろそろお開きにするか、というところで、俺は机に突っ伏していた。
(ダメだ……くらくらする)
途中までは良かったのだ。滅多に飲まないお酒を飲んだ高揚感でテンションも上がり、周りのみんなとバカ話をして盛り上がった。
隣にいるトルテさんも眩しくて、ああ、こんなに楽しいんだ、って心が満ち足りていく感じがして……多分、何杯か追加したと思う。目の前にジョッキが3つあるから、2杯追加したのかな。全然覚えていない。覚えているのはふわふわした多幸感だけ。
周りの声がどんどん遠くなる。あれ、俺どうしてこんなところにいるんだっけ……。
「おーい、弐十くん、立てる?」
遠くなる雑踏の中で、トルテさんの声がやけにしっかりと耳に響いた。トントンと優しく背中を叩かれる。
「……?」
ゆっくりと顔を上げた。少しぼやけた視界に映るのは、ライトに照らされて輝く、溶けたバターみたいな髪。やっぱり、綺麗だな。そんなことを考えていたら、腕を担がれて立たされた。
「弐十くん潰れてるから、俺連れて帰るわ」
「マジ?弐十ちゃん、大丈夫?」
「タクシー呼ぼか?」
「あー大丈夫大丈夫。駅までそんな距離ないし、駅まで行った方がタクシー捕まると思うから。酔い醒ましがてら一緒に歩いて行くよ。ほら、弐十くん、歩くよ」
トルテさんに促されるまま足を動かすが、ほぼ引きずられているようなものだ。
「ねー、ちょっとさすがに重いんだけど」
「う〜……」
精一杯動かしているつもりだ。動かしているつもりだが、多分動いていないのだろう。トルテさんがため息をついて、進行方向を変えた。少しして、居酒屋の椅子より硬い何かに座らされる。
「とるてさん……?」
「ちょっと酔い醒まそ。多分そのままタクシー乗っても吐くっしょ。ちょっと待ってて」
去っていくトルテさんの背中を見ながら周囲を見渡すと、どうやら小さな公園のベンチに座らされているらしい。近くでブランコが風に揺れている。
「はい。水」
「あ、ありがと」
戻ってきたトルテさんから、自販機で購入したと思われるミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、同じものを購入したらしいトルテさんが隣に腰掛けてペットボトルを開けた。流れる沈黙。大通りから外れているのか、街の喧騒もあまり聞こえない。なんとなく気まずくて、俺もペットボトルを開ける。冷たい水が喉を通過する感覚と顔を撫でる夜風に、少し酔いが醒めてきた。
「……なんで、そんな飲んだの。酒飲めないくせに」
先に沈黙を破ったのはトルテさんだった。言葉は少しきついが、これが彼なりの心配である。なんで飲んだか。トルテさんと同じ空気を共有したかったから。でも正直にそう言うのはなんだか気恥ずかしくて、星の見えない夜空を仰ぎながらちょっと誤魔化してみる。
「その場の空気?っていうの?みんな飲んでたじゃん?だから俺も飲みたいな〜って。実際飲んだら楽しかったし」
「……」
トルテさんからの反応がない。どうしたのだろうか。夜空からトルテさんに視線を移せば、泣きそうな翡翠の瞳とぶつかった。
「心配、したんだけど。普段そんなんじゃ飲まないじゃん。てか俺いつも飲まなくていいって言ってるよね?お前が飲まなくてもいいようにちゃんと空気作って回してるよね?何?それじゃ不満だったの?」
堰を切ったように溢れてくる言葉に、しまった、と思った。そうだ。トルテさんはそういう人だ。俺は慌てて彼を抱き寄せた。
「ごめん、ちょっと嘘ついた。トルテさんがいつも俺も楽しめるように回してくれてるのは知ってるし、そのおかげでいつも素面でも楽しい。それは間違いないし、不満なんて全然ない。むしろいつもありがとうって思ってる」
「……じゃあ今日はなんで飲んだの」
「……トルテさんが、綺麗だったから……」
「……は?」
拍子抜けしたようなトルテさんの声。いやそうだ。そういう反応になるに決まってる。でももう言うしかない。
「みんなに囲まれて笑ってるトルテさんが綺麗で……俺はお酒が飲めないからどうしてもみんなと同じ空気の中には入れなくてさ。綺麗なトルテさんと同じ空気を感じられるみんなが羨ましくて……一杯くらいなら、って飲んだら、トルテさんと同じ空気の中にいられてることが思ったより心地よくて……そのまま次々と……」
我ながら恥ずかしすぎる。なんだこの理由。少女漫画でもこんな理由は出てこないんじゃないか。トルテさん抱きしめておいてよかった。多分今顔見られたら恥ずかしさで死ぬ。
「え?じゃあ何?弐十くんは俺がカッコ良すぎてお酒飲んだってこと?」
「そ、うだけどすげぇ恥ずかしいからやめて言わないで」
「ふ〜ん?そっか〜?」
抱きしめているから顔は見えないがもう声だけでわかる。絶対今ニヤニヤしている。やっぱり言わなきゃよかった。本当に恥ずかしすぎる。
そんな俺の心中を絶対全て見通しているトルテさんは、俺の背に腕を回して子供をあやすようにポンポンと叩いてくれる。
「でもさ、心配するから、飲まないでよ。せめて最初の一杯で止めな」
「う……はい……」
それはそうだ。ただでさえ俺のためにと場を回してくれていたトルテさんにこうして追加で手間と心配をかけている。そして、心境の暴露をすることになった俺も恥ずかしい。酒っていいことないな。
そんなことを考えていたら、背中に回されたトルテさんの腕に力がこもった。
「……?トルテさ、ちょっと苦しい」
「俺は弐十くんが好きだよ。愛してる。酒のない俺からこんな言葉を引き出せるの、弐十くんしかいないんだけど、それだけじゃ満足できない?」
小さい声だけれど、しっかりと発音された言葉が、暖かいミルクのように俺の心に落ちてくる。
ああ、俺って馬鹿だったんだなぁ。そんなことを思いながら、トルテさんを抱きしめ返す。
夜風に揺れたブランコが小さくキィ、と音を立てるのを聞きながら、ゆっくりと息を吸った。
「ううん。俺も、トルテさんが好き」
多分もう、酒は飲まないだろう。
3,408
4
コメント
1件
ああもう、めちゃくちゃ良かった…!「同じ空気を吸いたい」って理由で酒に手を出す弐十くんの心情が丁寧で、酔っ払って潰れてからのトルテさんとの公園のシーンが刺さりすぎた。「綺麗だから飲んだ」って告白、恥ずかしすぎて可愛いし、トルテさんの「酒のない俺から言葉を引き出すな」って台詞が優しくてずるい。この2人の距離感、最高に好きです🔥