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前回の続きです。
なんでも大丈夫な方、お進み下さい。
ようやく午前の授業が終わるチャイムが鳴り響いた。俺は内心で深く安堵のため息をつき、すぐさま席を立った。一刻も早く、あのまとわりつくような視線と、奇妙な空気から解放されたかった。今日の昼食は屋上で一人、静かに過ごすと決めていたのだ。誰にも邪魔されずに、少し頭を整理したい。
お弁当の包みを手に、足早に教室の出口へ向かう。あと数歩で自由だ――そう思った矢先だった。
「あ、冬弥ちゃん!」
背後から、聞きたくなかった声が飛んできた。振り返ると、案の定、東雲彰人が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。
「良かったらさ、一緒にお昼食べない?」
その言葉に、俺の心は即座に警報を鳴らした。
(冗談じゃない!何のために一人で屋上に行こうとしてると思ってるんだ!)
だが、それをそのまま口にするわけにもいかず、俺は努めて穏やかな表情を作った。
「ああ、すまない、東雲。今日は少し、一人で考えたいことがあって…」
やんわりと、しかし明確に断ったつもりだった。これで引き下がってくれるだろう、と。
しかし、彰人の反応は予想以上だった。俺の言葉を聞いた瞬間、彼の表情からさっと光が消え、みるみるうちに肩を落としていく。まるで、捨てられた子犬のように、しょんぼりとうなだれてしまったのだ。
「そ、そっか…。ごめんな、邪魔して…」
その、あまりにも分かりやすい落ち込みように、俺は思わず言葉に詰まった。まずい。前世の記憶のせいだろうか。どうにも、この男――東雲彰人があからさまに落ち込んでいる姿を見ると、罪悪感のような、放っておけないような、そんな気持ちが湧き上がってくるのだ。
(ああ、もう…!)
心の内で葛藤する。一人になりたい。だが、このしょげ返った彰人を置いていくのも、どうにも寝覚めが悪い。
数秒の沈黙の後、俺は観念したようにため息を一つついて、口を開いた。
「あー…いや、やっぱり、一人だと俺も寂しいかもしれないな」
つい、いつもの一人称が出てしまったが、今はそれどころではない。
「…一緒に、食べるか?」
その瞬間、彰人の顔がぱあっと輝いた。さっきまでのしょんぼりした空気はどこへやら、尻尾があったらちぎれんばかりに振っているだろう、そんな勢いで嬉しさを全身で表現している。
「本当か!?やった!じゃあさ、一緒に屋上行こうぜ!天気もいいし!」
満面の笑みでそう提案され、俺はもう頷くしかなかった。
「…ああ、そうしよう」
諦めの境地で微笑み返し、二人で連れ立って廊下を歩き始める。
屋上へ向かう階段を上りながら、ふと、俺は気づいた。
(あれ…?俺、もともと屋上に行くつもりだったよな?断ったとしても、断らなくても、結局行き先は同じ屋上じゃないか!)
なんだ、この徒労感は。一人になりたくて断ったはずなのに、なぜか結局、彰人と一緒に、目的の場所へ向かっている。気づいた時には、もう階段の半ば。時すでに遅し、だった。
俺は内心で、再び空を仰ぎ、見えざる神様の采配に深い深いため息をつくのだった。どうやら、この男から逃れるのは、そう簡単ではなさそうだ。
爽やかな風が吹き抜ける屋上。眼下に広がる校庭の喧騒も、ここまでは届かない。俺はようやく一息つける、と思ったのも束の間、隣には当然のように東雲彰人が座っている。仕方なく、持ってきた弁当の包みを解いた。
「うおっ、すげぇ美味そうじゃん!」
隣から、感嘆の声が上がる。見ると、彰人が身を乗り出して俺の弁当を覗き込んでいた。卵焼きに、唐揚げ、彩りのブロッコリー。まあ、我ながら悪くない出来だとは思うが。
「そうか?ただの手作り弁当だが」
素っ気なく返すと、彰人は目を輝かせた。
「え、これ、冬弥ちゃんが作ったのか!?」
また「ちゃん」付けだ。さっきからどうにも耳障りで仕方がない。前世では呼び捨てだったのに、この甘ったるい響きは、どうにも背筋がむず痒くなる。これは、はっきり言っておくべきだろう。
「…東雲」
俺は意を決して口を開いた。
「その、『ちゃん付け』は、辞めないか?」
少し言い淀みながらも、続ける。
「呼び捨てで、構わないんだが」
これで少しは対等な(前世に近い)関係に…と思ったのだが、彰人の反応はまたしても予想外だった。彼は驚くどころか、ぱっと顔を輝かせ、なぜか嬉しそうに頬を赤らめている。
「え、いいのか!?じゃあ…その、『冬弥』って、呼んでいいか?」
確認するように尋ねられ、俺は頷いた。
「ああ、そっちの方が良い」
(よしっ!これでやっと、あのむず痒い呼び方から解放される!)
内心でガッツポーズを決める。大きな一歩だ。これで少しは落ち着いて話せるだろう。そう安堵した、まさにその瞬間だった。
フワリ、と奇妙な浮遊感が体を包んだ。あれ?と思う間もなく、自分の体が意思とは関係なく動き出す。まるで、見えない糸に引かれる操り人形のように。
気づけば、俺は隣の彰人を見上げていた。それも、自分でも驚くような、潤んだ瞳で――いわゆる「上目遣い」というやつだ。そして、口が勝手に動く。自分の声なのに、どこか他人事のように聞こえた。
「あ、あの…その、俺も…東雲のこと、『彰人』って、呼んでも…良いか?」
は!?何を言っているんだ、俺は!?内心の絶叫とは裏腹に、体は勝手に、恥じらうような仕草までしている。
目の前の彰人は、といえば、顔をトマトのように真っ赤にして、完全に固まっていた。そして、数秒後、堰を切ったように叫ぶ。
「も、勿論だ!寧ろ!俺も嬉しい!呼んでくれ!」
ああ、もう最悪だ…。俺の意思とは無関係に、口角が上がり、はにかむような笑みが作られる。
「じゃ、じゃあ…あ、彰人…」
「~~~っ、可愛すぎんだろ…!」
彰人が小さな声で、しかし熱っぽく呟くのが聞こえた。
その瞬間、フッと体の力が抜け、意識がはっきり戻ってくる。
(な、なんだったんだ、今のは…!?)
混乱する頭で状況を把握しようとした時、ふと、頭上から妙な視線を感じた。見上げると、そこには――
『ふふん、どうだ?良い感じに距離を縮めてやったぞ!感謝するが良い!』
半透明の、例の胡散臭い神様が、腕を組んで得意満面のドヤ顔でこちらを見下ろしていた。冬弥にしか見えないその姿は、この上なく腹立たしかった。
(お前の仕業か!!!)
俺は内心で絶叫し、再び、心の底からこの神様を恨んだ。ちゃん付けを回避したと思ったら、今度は名前呼び。しかも、あんな気色の悪い(と自分では思う)態度まで取らされて。神様の悪趣味な悪戯は、留まるところを知らないらしい。俺の平穏な(?)昼休みは、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
side彰人
よっしゃ、昼休み!
待ちに待った時間が来た。東雲彰人は、授業が終わるや否や、隣の席の青柳冬弥から目が離せなかった。午前中、ずっと彼女のことばかり考えていた。どうにかして、もっと話したい。あわよくば、昼飯も一緒に…。
冬弥がお弁当らしきものを持って席を立つのが見えた。今しかねぇ!彰人は心臓をバクバクさせながら、慌てて彼女を呼び止めた。
「あ、冬弥ちゃん!」
声が少し上擦ったかもしれない。
「良かったらさ、一緒にお昼食べない?」
言った!よし!頼む、OKしてくれ…!期待と不安が入り混じる中、彼女の返事を待つ。
しかし、返ってきたのは、穏やかながらも明確な断りの言葉だった。
「ああ、すまない、東雲。今日は少し、一人で考えたいことがあって…」
ズキン、と胸が痛んだ。そっか、ダメか…。やっぱり、朝から馴れ馴れしくしすぎたか?それとも、単純に俺みたいなタイプは苦手とか…?ぐるぐるとネガティブな考えが頭を巡り、全身から力が抜けていくのが分かった。さっきまでの高揚感が嘘のように、一気に気分が落ち込む。
「そ、そっか…。ごめんな、邪魔して…」
絞り出すようにそれだけ言うのがやっとだった。ああ、もう今日はダメだ。大人しく一人で食うか…。しょんぼりと肩を落とし、視線を床に落とした、その時だった。
「あー…いや、やっぱり、一人だと俺も寂しいかもしれないな」
え?
顔を上げると、少し困ったような、でも優しい表情の冬弥がいた。今、なんて?
「…一緒に、食べるか?」
「―――っ!!」
一瞬、自分の耳を疑った。聞き間違いじゃないよな?一緒に食べるって、言ってくれた?
さっきまでのどん底気分から、一気に天国へと引き上げられたような感覚。信じられないくらいの嬉しさが、体中に満ち溢れてくる。
「本当か!?やった!」
思わず大きな声が出た。顔がニヤけるのを止められない。冬弥ちゃん、めちゃくちゃ優しい…!俺が落ち込んでるの見て、気ぃ使ってくれたのか?だとしたら、マジで天使だろ!
嬉しさのあまり、勢い込んで提案する。
「じゃあさ、一緒に屋上行こうぜ!天気もいいし!」
二人きりになれるかもしれない、なんて下心もちょっとだけあった。
すると、冬弥は少しだけ驚いたような顔を見せた後、ふわりと微笑んで頷いてくれた。
「…ああ、そうしよう」
その笑顔に、また心臓が撃ち抜かれる。最高だ。今日は人生で一番最高の日かもしれない。
俺は浮かれた気分のまま、冬弥の隣に並んで歩き出した。屋上へ向かう階段の一歩一歩が、なんだかすごく軽く感じる。隣を歩く彼女の横顔を盗み見ては、ニヤけそうになるのを必死でこらえる。
これから始まる、二人きりの(かもしれない)屋上での昼休み。どんな話ができるだろうか。考えるだけで、彰人の胸は期待でいっぱいだった。
屋上の風が気持ちいい。けど、そんなのどうでもよくなるくらい、俺の目の前にはもっと最高なもんがあった。冬弥の手作り弁当。マジで美味そうだ。てか、女子力高すぎねぇか?
「え、これ、冬弥ちゃんが作ったのか!?」
思わず興奮して聞くと、冬弥は少し困ったような顔をして、意外なことを言ってきた。
「…東雲。その、『ちゃん付け』は、辞めないか?呼び捨てで、構わないんだが」
え?
一瞬、心臓がヒヤッとした。ちゃん付け、嫌だったのか?馴れ馴れしすぎた?けど、すぐにその考えは吹っ飛んだ。だって、「呼び捨てで構わない」ってことは…つまり、俺との距離を縮めてもいいってことだよな!?そうだよな!?
「え、いいのか!?」
嬉しさで、顔がカッと熱くなるのがわかった。
「じゃあ…その、『冬弥』って、呼んでいいか?」
恐る恐る確認すると、彼女は「ああ、そっちの方が良い」と頷いてくれた。
(やったあああああっ!!!)
心の中で、俺は特大のガッツポーズを決めた。冬弥って呼べる!最高すぎる!もうこれだけで、今日の昼飯は世界一美味い!
そう舞い上がっていた俺に、さらなる衝撃が襲いかかった。
冬弥が、おずおずと、こちらを見上げてきたのだ。なんでか、いつもより目が潤んで見える。いわゆる、上目遣いってやつか?そして、信じられない言葉が、彼女の口から紡がれた。
「あ、あの…その、俺も…東雲のこと、『彰人』って、呼んでも…良いか?」
…………は?
一瞬、時が止まった。いや、俺の思考が停止した。今、なんて?冬弥が、俺のこと、名前で…?しかも、なんだその反則的な上目遣いは!?
「~~~~~~っ!!」
言葉にならない声が喉の奥で爆発しそうになる。顔が、耳まで、全部が沸騰しそうなくらい熱い。心臓はドラムソロでも始めたのかってくらい、ドッドッドッと激しく脈打っている。
嬉しすぎる。嬉しすぎて、どうにかなりそうだ。
「も、勿論だ!寧ろ!俺も嬉しい!呼んでくれ!」
多分、めちゃくちゃデカい声が出た。けど、そんなの気にしていられない。
すると、冬弥ははにかむように微笑んで、少し恥ずかしそうに、でもはっきりと、俺の名前を呼んだ。
「じゃ、じゃあ…あ、彰人…」
―――ドッッッッキュゥゥゥン!!!(心臓の音)
完全にノックアウトされた。なんだ今の、天使か?天使なのか!?
「~~~っ、可愛すぎんだろ…!」
気づいたら、心の声がだだ漏れていた。もう無理だ、抑えられない。こんなの、可愛すぎてもはや罪だろ。
弁当の味なんて、もう全然分かんねぇ。ただただ、胸がいっぱいで、ふわふわして、幸せで。
冬弥が俺の名前を呼んでくれた。それだけで、世界はキラキラ輝いて見えた。東雲彰人、人生最高の瞬間かもしれない。
続く
神様「距離を縮めてやったぞい☆」