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彼女が、扉から入ってきた僕を刺した。 お腹だ。ここは、夏休みに開放された教室。 自習室と化したクーラーの効いた部屋で、赤いシャツが黒く染まる。
柔軟剤か、彼女からいい匂いが香る。二人の距離は、十センチも無い。 彼女は、ナイフを抜かない。 それ故、おなかの痛みが心臓が拍を打ち出すごとに強大になる。 ポタポタと、溢れた血が滴る。
抵抗すれば、彼女を振り払うことぐらい簡単だろう。振り払って、ボタンさえ、押せば全部終わりだ。 僕は、動けなかった。
何故なら、彼女をよく知っているからだ。笑っているところも、何回も見たことがある。
僕以外のみんなと笑った事のある彼女が何で。 倒れるまで、彼女を視界から外さない。
結わずに靡かせるセミロングの黒髪。似合う半袖の制服。幼い姿からは、深い孤独に纏わられ続けているようにも見えて。
確実に死に向かっている中で、終わりにして良いのか、柔軟剤の匂いが、僕を惑わせる。
『柔軟剤が香る家庭は、満たされいる』
僕は、完全に倒れてから右手に握った爆発のスイッチを力無く投げる。
倒れてすぐ、屈強な装備を施した数多の警官が僕に重なるようにして馬乗りになり、全体重をかけ、痛いぐらいにキツく手錠をかける。
彼女は、期待の新星か。 そんなんに使っちゃいかんでしょ。
爆弾魔の僕は、呆気なく、すぐ死んだ。
一思いにスイッチを押せなかったのは、彼女が、刺した瞬間
「あなたを信じてる。ごめん」
フッと、突く甘い柑橘系の匂い。
神は、何故、人に《《匂い》》を感じられるようにしたのだろう。
宇宙に香りがあるとするならば、それは、柔軟剤のような匂いだと────嬉しい。