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Side翔太
「ねぇ、翔太。ちょっと話があるの」
夕飯の片付けも終わって、ソファでダラダラしてた俺に、母さんがそう切り出したのは突然だった。
テレビのバラエティを見て笑ってたのに、急に真顔になるもんだから、背筋がすっと冷えた。
「……なに? 俺、またなんかやった?」
「ちがうわよ。今回はアンタの不始末じゃないから安心して」
「“今回は”って、言い方キツくない?」
ツッコミながらも、胸の中にはいや~な予感が広がってく。
母さんは、ちょっと深呼吸してから俺の隣に座ってきた。こういうときの母さん、やたら距離近いんだよな。説教のときと同じパターン。
「実はね……お母さん、結婚することにしたの」
「は?」
一瞬、音が止まった気がした。
「ちょ、待って、なにそれ。結婚?再婚ってこと?」
「そうよ。ほら、離婚してもう5年になるし──」
「いやいやいやいや、無理でしょ。そんなん聞いてないし。誰よ相手」
母さんはニヤリと笑う。
「ふふっ、アンタ、びっくりするわよ」
「そういうのいらないから。とりあえず俺、反対だから」
「まだ名前も言ってないのに?」
「そういう問題じゃないし。母さんの再婚ってだけで情報過多だし。俺の脳キャパ超えてるし」
「でも、話は進んでるのよねぇ」
「なに勝手に進めてんの!?」
がばっと立ち上がった俺を見て、母さんはちょっと困ったように笑った。
「しかもね、相手の人にも──息子さんがいるの」
「……え」
「で、そっちのご家族も了承しててね。いろいろ考えた結果、四人で住むことになりそうなの」
俺は頭を抱えた。
これは夢だ。絶対そう。変なドラマの見過ぎで、脳が勝手に脚本書いてるんだ。
──頼むから、誰か、目を覚ましてくれ。
「まあまあ。会ってみたらいい子よ? きっと気が合うと思うわよ」
「……ああ、もう嫌な予感しかしねえ」
俺は深くソファに沈み込んで、溜息を吐いた。
「てか、そいつどんなヤツなんだよ」
「ふふふ、それは会ってのお楽しみ」
──まったく、母親ってやつは。
俺の平穏な日常は、今ここで、完全に終了した。
―――――――――――――
玄関のチャイムを押した瞬間から、なんとなくイヤな汗がにじんでた。
「家族になる人との顔合わせ」なんて、テンションの上がるイベントじゃねえし。
母さんはやたら上機嫌で、ピンポンピンポン連打するし。
「うるせーっての、インターホンにも礼儀ってあるんだぞ」とか小声で文句言ってたら──
ガチャ。
「──はい、どうぞ」
ドアが開いた。
奥から現れたのは、背が高くて、スラッとした男の子。
パリッとした白シャツに、無駄にキマってる黒のスラックス。
横顔とか、ちょっと整いすぎてて、軽くモデルかと思った。
え、だれ? って思った次の瞬間──目が合った。
「……久しぶり、翔太君」
──あれ? この声……。
頭の奥がざわっとした。
知ってる。知ってるぞ、こいつの声。ていうか顔も、ちょっと、昔の面影ある……けど。
「……えっ……ええええええっっ!?!?」
叫んだ。思わず。
母さんとその再婚相手さん(超温和そうなおじさん)がビクッとした。
けど俺の視界には、目の前の“彼”しか映ってなかった。
「……ちょ、おま……えっ、涼太!?」
「うん」
「いやいやいやいやいや待て待て待て!宮舘って、あの、“涼太”!?!?」
「そうだけど……うるさいよ」
──いやいやいやいや。
違うだろ、お前、違うだろ!?
なんでそんな上品ぶってんの!? なんでその目、憂い湛えてんの!? なんで身長、俺より上になってんの!?
「だってお前、昔はもっとこう……こう! 舎弟感あっただろ!?オレの後ろ、ずっとくっついてきて、“しょーたくん!虫いたよ!”とか言ってたじゃん!」
「……虫が怖いのは今も変わらないけど」
「変わってんじゃん!見た目が!空気が!オーラがッ!」
テンパる俺を尻目に、舘──いや、“舘様”って呼ばなきゃいけないかもしれないレベルで高貴になったあの男は、
ふわっと微笑んだ。
「翔太って、変わってないね」
──その一言を最後に、俺の脳は一回止まった。
久しぶりに見た“幼馴染”──舘涼太は、背が高くなってて、静かな空気まとってて、
なんか……王子みたいになってた。
昔は、俺の一歩うしろをついてきて、虫見つけて叫んで、
「しょーたくん、待って〜!」って半泣きしてたくせに。
なにその立ち姿。なにその雰囲気。
……バグってんのは俺の記憶?現実?どっちだ。
「どうぞ、入って。お父さん、リビングにいる」
「……あ、うん」
涼太に案内されて家に上がる。
なんとなくスリッパを揃えてしまった自分が、めっちゃ小市民に思える。
リビングに入ると、そこには──懐かしい涼太のお父さん。記憶より少しだけ老けてる気がする。
「翔太くん、いらっしゃい。久しぶりだね」
「……あ、どうも」
こりゃ母さん、落ちるわなって感じ。……いや、そこ褒めてる場合じゃない。
「これから家族になると思うと、不思議よねぇ」
「ははは、こうやってちゃんと話せる日が来てよかったよ」
──勝手に盛り上がる“大人達”。
俺はというと、ソファの端っこで紅茶持ってフリーズ中。
緊張と混乱とで、なんかもう味とかよく分かんない。紅茶ってこんな味だったっけ?
「翔太、ミルクにしたけど、大丈夫だった?」
「あ、うん……ありがと」
ふと気づけば、俺の隣に座ってたのは涼太。
姿勢よく座って、足組んで、なんか“育ちよさそう”って感じなのが腹立つ(ちょっとだけな)。
それに比べて俺、膝の上で手とか落ち着かないし、カップ持つのもギクシャクしてるし。
おまけに話題にも入れない。
「小さい頃、よく公園で遊んでたって涼太くんのお父さんから聞いたのよ」
「ええ、翔太くんはいつも元気で──」
「ほんっと、助けられてばっかりだったよなぁ。涼太が泣くと、“翔太くーん!”って言っててさ」
「ふふ……そういう時期もありましたね」
……それ、俺ここにいなくても成立する会話じゃね?
俺の知ってる涼太、もっとこう、
くしゃっと笑って、口開けてあははーって笑うタイプだったのに。
今の涼太、笑ってんのに目がぜんぜん笑ってない。
──なんだろう、この「置いてかれてる感」。
距離じゃなくて、時間でもなくて……
──たぶん、“見てきた世界”が違うんだ。
涼太は、俺の知ってる“涼太”じゃなくて、
俺が知らない時間を生きてきた“誰か”になってた。
その事実が、どうしようもなく胸に詰まって。
気づいたら──口が動いてた。
「──いや、この結婚、俺反対だから!」
言い切った。しかも、でっかい声で。
自分でもビックリするくらい、はっきりと。
……沈黙。
「………………」
今、リビングの空気、死んだ?
隣の涼太がピタリと紅茶のカップを置いた音だけが、やけに響く。
うちの母は固まってるし、涼太のおとうさんは「え……?」って顔のまま静止。
誰も言葉を出さない。時間が止まったみたいだ。
やっべ、俺やった? 空気ぶち壊した?
「えっと……あのさ」
焦って言葉を繋げようとするけど、出てくるのはどれも言い訳みたいで。
「いや、その、なんか……急だし、いろいろ整理できてなくてさ……っていうか……」
思考ぐちゃぐちゃ。声うわずる。最悪だ。
「──それでも、言いたいことを言えるのはいいことだと思うよ」
静かに、低く、でもやわらかい声でそう言ったのは、涼太だった。
「驚かせちゃったなら、ごめん。無理に納得しろなんて言わないから」
その笑顔が、またむかつくくらい“大人”で。
余裕があって、どこか寂しげで、だけど全然俺の“敵”じゃないってわかる笑顔で。
なのに──
なのに、俺の中の“何か”はまだ言葉を止めてくれなかった。
「……俺、お前のこと覚えてるし、嫌いとかじゃねぇけど」
「でも“家族”とか、“兄弟”とか、なんか違うだろ……」
やっとの思いで出したその言葉も、たぶん場には届かない。
だって俺は、もうすでに“空気を壊したやつ”になってて。
でも──それでも。
このまま笑って「よろしくね」って握手するのだけは、できなかった。
――――――――――――
「……はぁ……マジで信じらんねぇ……」
玄関の前で段ボール抱えながら、俺は今日だけで十回目のため息をついた。
「なんで、許可取る前に引っ越し日決まってんの!? 誰の人生だよこれ!? オレのだろ!?」
「翔太、いい加減にしなさい」
「うわっ、出た。“怒ってる母”モード……」
「そういう態度、ほんと失礼よ。あちらのご家族にも、涼太くんにも!」
「“涼太くん”って名前出すのやめて!? その名前、今だけで消化不良起こしてんだけど!?」
「翔太!!!」
母の一喝に、肩がビクッと跳ねた。
段ボールもガタッと鳴って、あわや床に落としかける。
──くそ。なんでこんな理不尽なんだ。
「……俺の気持ち、全然聞いてないじゃん」
ボソッとこぼした声は、母に届いたのか届かなかったのか。
無言で先に玄関を開けて、ズカズカと中へ入っていく。
「ったく、こっちの気も知らないでさ……」
ぶつくさ文句を垂れながら玄関をくぐる俺の顔は、見事にふてくされていた。
リビングに続く廊下の奥から、「翔太、手伝おうか?」と聞き覚えのある声。
──あぁ、思い出したくもないタイミングで、“涼太”がまた現れる。
「いや、いい。重くないし」
言い方キツかったかもしれないけど、今はムリ。ほんとムリ。
こっちの気も知らずに、よくそんな爽やかトーン出せんな……。
リビングの隅に段ボールを下ろして、深く腰を下ろす。
何も言わず水を飲む母の姿に、またイラッとする自分がいて──
……ちくしょう。
こっちは、勝手に家族増やされて、勝手に家まで移動させられて。
しかも相手は、**昔“舎弟”だった幼なじみが王子様になって帰ってきたver.**とか、意味わかんない。
どの口で“これからは家族だから”とか言ってくるんだよ、マジで。
リビングにふわっと紅茶の香りが流れてくる。
涼太が、涼しい顔してポットを置いてた。
──……その完璧っぽさ、ほんとムカつくんだよ。
俺が“家族ごっこ”をするには、まだ準備期間すら終わってない。
―――――――――――
朝の通学路、空は妙に晴れてる。
気持ちよさそうな陽射しと、俺のテンションは真逆だ。
「……まじ最悪なんだけど」
「なにが?」
横でアイスコーヒー片手に歩くふっかが、眠そうにあくび混じりで聞いてきた。
「うちさ、昨日から“家族”増えた」
「ん? 猫でも拾った?」
「ちがうっつの。人。ガチ人間。母親が再婚して、しかも相手、子連れ」
「えぇ〜〜〜っ!? いきなりそんなシリアス展開!?」
前を歩いてた佐久間が、急に振り返って大きめの声を出す。
朝っぱらからうるせぇな……とは思いつつ、俺も勢いのまま続けた。
「てか、まず許可取れよって話じゃね? なんでオレの部屋の隣に知らないやつ住んでんの!?って感じでさ」
「知らないって……え、顔見た?どんな人?」
「男。俺と同い年。でかい。静か。気取ってる。なんか高貴」
「……翔太、それ“嫉妬”混じってない?」
ふっかがクスッと笑ってくるけど、冗談で済ませられる余裕はまだない。
「てかさ、昔ちょっとだけ知ってるヤツだったんだけど、全然印象違くてさ……」
「“初恋の人が同居相手でした”的な展開ある?これ」
「絶対ねえよ!!!」
佐久間のニヤけ顔に全力で否定する。
「俺、もう家帰りたくないもん。なんかあの家、空気薄い。てか俺の酸素ない」
「まあでもさ、親が幸せそうならさ……」
「はい出た、“いいやつふっか”」
「はは、ごめん。でも言いたくなっちゃうよね」
「うちの母、テンション高ぇんだよ。『これから家族よ!翔太くんもよろしくね!』って、いや“翔太くん”って言い方すんなって思って。俺が一番テンション低いの浮いてて超やりづらいんだよ!」
「わかるわ〜。俺も突然“義理の妹できました”とか言われたら即家出るね」
「それ漫画だったら100%ラブコメになるやつ」
「現実はラブもコメもねえよ……ただの同居地獄だよ……」
三人でぶつぶつ文句言いながら歩いてると、いつの間にか校門が見えてきた。
このくだらない会話だけが、今の俺の唯一の酸素だ。
──でもこの学校にも、あいつは通ってくるらしい。
まだ顔合わせてないだけで、どっかのクラスに“あの涼太”がいると思うと──
……はぁ、胃が痛ぇ。
――――――――――
チャイムが鳴って、教室がざわつき始めた。
けど俺は、ひとり机に突っ伏してる。なんかもう、朝から疲れてるんだよ。心が。
「なぁなぁ翔太、聞いた?今日転校生来るらしいぞ」
「……ふーん。興味ねぇ」
「男子らしいよ?しかも結構イケメンなんだって!」
佐久間がニヤニヤ顔で話しかけてくるけど、俺は無反応を貫いた。
どうせ俺には関係ない。てか、もう家でも気疲れしてんのに、学校くらい平穏でいさせてほしい。
「……じゃあホームルーム始めまーす!はい、みんな席ついて!」
担任の声で、ガタガタと教室の空気が整っていく。
俺も仕方なく顔を上げた。そのときだった。
「今日は新しいクラスメイトを紹介します。転校生の──〇〇涼太くん、どうぞ!」
……は?
名前の時点で、思考が止まった。
「え?」
扉が開いて、入ってきたのは──やっぱり、**あの“〇〇涼太”**だった。
白シャツの第一ボタンまできっちり留めて、姿勢正しく、堂々とした歩き方。
しかも制服、なんかめっちゃ似合ってるし。立ってるだけで空気違うし。
「うっわ……あれ、絶対モテるやつ……」
「なんか王子感すごくない?」
「やば、かっこいい……」
周りのざわめきが、遠くで鳴ってるように聞こえる。
俺は、ただただ呆けたまま、視線をそらすこともできずに、涼太を見ていた。
そして──
涼太がこっちを見た。
一瞬、目が合う。
──やべ、今朝の態度、絶対根に持ってるやつ……。
って思ったのに。
涼太は、にこっと微笑んだだけだった。
声もかけず、手も振らず、ただ──やわらかく、静かに。
「……なに、あれ」
口から漏れた言葉は、自分でも気づかないくらい小さかった。
俺はそのまま、教室のざわめきからも取り残されて、ただひとり、固まっていた。
──まじかよ。
あいつ、ほんとに来たんだ。しかも俺のクラスに。
終わった。
完全に、俺の“普通の高校生活”終了のお知らせだった。
―――――「やばくない?舘くん、マジで顔面つよ……」
―――――「てかなんか“仕草”が上品じゃね? どんな育ち方したらあんなふうになるの?」
──うるせぇ。
休み時間、教室のあちこちで聞こえてくる“舘くん”トーク。
女子はもちろん、男子までもがチラチラ涼太のほう見てる。
「あの空気感、ハンパねえ……」
「転校初日で完全に勝ってる感じな……」
──だから、うるせぇっつってんだよ。
「で、翔太さ」
「……なに、ふっか」
「お前、あいつと知り合いなんでしょ?」
「っていうか幼なじみなんでしょ?今朝、言ってた“家族増えた”って」
「いや、マジかよ〜。王子と一緒に暮らしてんの?うわ、くっそ羨ましいんだけど!!」
「は!?どこが羨ましいんだよ!!?」
つい声が上ずる。
ふっかも佐久間もニヤニヤ顔で俺の机に寄りかかってきて、超うざい。
「だってさ、家でその顔見れるとか優勝じゃね?」
「むしろ毎日“おはよう、翔太”って微笑んでくれる生活……いいなぁ」
「ねーよ!!おはようも何も、今朝も会話ゼロだわ!」
「え?マジで?無視された?」
「……いや、無視っていうか、目は合ったけど笑って終わり。なんも言ってこねぇの。気まずいっつーの!!」
「え〜、それ逆に気になる〜〜」
「うん、わざと距離取ってる感じ……こりゃ恋か!?」
「はあ!?恋じゃねーっつの!!」
叫びすぎて、隣の女子に「うるさい」って睨まれた。
もうほんと最悪。なんで俺がこんなに騒いでんだよ。
ふと横目で見ると、涼太は数人の男子に話しかけられてて、静かに頷いたりしてる。
それだけなのに、「やべ、返しまでスマート」とか言われてんの。なんなん。
──くそ、こっちは朝からずっと胃が痛ぇのに、あいつは涼しい顔しやがって。
しかも一言も話しかけてこないの、逆に腹立つんだけど。
「……あーもう、帰りてぇ」
「でもお前、帰ってもあの“王子”いるんでしょ?逃げ場なしやん」
「黙れふっか……」
そのとき、また涼太と目が合った。
──けど、やっぱりあいつは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めて、それきり。
その“無言の余裕”みたいな態度に、胸の奥がざわざわして。
──なにあれ。なんなんだよ、ほんとに。
俺の中に、言葉にならないモヤモヤが、またひとつ積み重なった。
チャイムが鳴って、ようやく放課後。
今日一日、何回ため息ついたかわかんない。
教室を出て下駄箱に向かう途中、自然と目に入った後ろ姿。
──涼太だ。
一歩、また一歩と俺の前を歩いてくあの背中が、なんかやけに遠く感じる。
けど……結局、同じ家に帰るんだから、いつかは追いつく。
ていうか、なんでお前、そんな堂々と歩いてんだよ。
初日だぞ?普通もうちょい気疲れしてろよ。俺だけか?ぐったりしてんの。
気づけば並んで歩いてた。
声は、かけない。
いや、かけるタイミングは何回かあった。
「今日、どうだった?」とか、無難に。それくらい言える。
……でも、出てこなかった。
涼太のほうも、何も言わない。
隣を歩いてるのに、同じ道歩いてるのに、
まるで透明な壁でもあるみたいに、距離が遠い。
カツ、カツ、と靴音だけが、通学路にやけに響く。
俺がポケットに手を突っ込めば、涼太はそのまま教科書抱えて。
信号で立ち止まれば、涼太も自然に止まる。
その一つひとつの動作が、妙に落ち着いてて、
こっちはモヤモヤしてんのに、あいつだけ別世界にいるみたいで──
「……なにその余裕」
思わず口の中でつぶやいた。
聞こえてないはず。声は小さかったし、前を向いて言ったから。
それでも。
横にいる涼太が、ふっと、小さく息を吐いた気がした。
──なんだよ。聞こえてんのかよ。
ならなんか言えよ。話しかけろよ。無言で一緒に帰るとか拷問かよ。
「……」
でも結局、家に着くまでの間、俺たちは一言も交わさなかった。
玄関で並んで靴を脱いで、
涼太は「ただいま」とだけ言って、先にリビングに消えていった。
……ただいま、って。
その言葉が妙に響いて、俺は靴を脱ぐ手を止めたまま、
ひとり、静かな玄関に取り残された。
なんなんだよ。
俺、今どこに帰ってきたんだっけ。
──家か?それとも、よその世界か?
沈黙が痛い。声を出せない自分が、もっと痛い。
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