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新きら(銀魂)
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とある廃れた神社の前に、阿耶は一人立っていた。崩れかけた鳥居も、軋む石段も、剥がれた絵馬の文字も——昔と何一つ変わっていない。
変わらない、という事実が妙に胸に引っかかる。
阿耶は煙草に火をつけ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
吐き出した煙が夜気に溶けていくのを、ただ黙って見送る。
「……ここは、何も変わらないな」
独り言は、返事のない境内に落ちた。
視線を上げれば、闇の奥で社が静かに佇んでいる。
——じゃあ、私は。
胸の奥で問いかけて、答えは出ないまま、もう一度煙を吐いた。
「少しは……変われたのかな」
煙草の先が、かすかに赤く灯る。
その光だけが、今の自分をここに繋ぎ止めているような気がしていた。
静寂を破ったのは、短く震える着信音だった。
阿耶は煙草を指で挟んだまま、ポケットから携帯を取り出す。
画面を見て、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……はい」
低く応じると、向こうから簡潔な要件が告げられる。
余計な言葉はない。真選組らしい、必要最低限の連絡。
「分かりました。すぐ向かいます」
通話を切ると、煙草を足元で踏み消した。
赤い火が消え、境内は再び闇に沈む。
最後に一度だけ神社を振り返る。
「……また来るから」
誰に向けた言葉でもないそれを残し、阿耶は踵を返した。
⸻
屯所に戻ると、廊下ですれ違った隊士が軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
それだけのやり取り。
けれど、その何気ない一言が、今の立場をはっきりと思い出させる。
立ち止まった阿耶に、別の隊士が近寄ってきた。
「神谷さん、次の出動なんですけど」
声色が、少しだけ硬い。
「かぶき町のコンビニで、立てこもりです。
刃物持ってるらしくて……」
阿耶は頷き、刀の位置を確かめるように指先で軽く触れた。
「分かった。現場は?」
「すぐ近くです」
「行こう」
返事は短く、それ以上の言葉は要らなかった。
現地に到着するとすでにコンビニの周囲は簡易的に封鎖されていた。
ガラス越しに見える店内は荒れているが、派手な破壊はない。
「……立てこもり、ね」
拡声器越しの怒鳴り声と、聞き覚えのある情けない悲鳴が混じる。
「だからさぁ!! 俺ほんと関係ないから!!」
阿耶は眉をひそめ、目を凝らした。
「……あ」
人質の一人。
スーツはくたびれ、サングラスをかけている。間違いない。
「マダオ……」
次の瞬間、犯人が叫ぶ。
「今週号のジャンプが!! どうしても必要なんだよ!!」
「はぁ!?」
即座に返ってきたのは、長谷川のツッコミだった。
「もっと方法あったでしょ!!
通販! 電子版! なんなら先週号で我慢しなさいよ!!」
「電子は違うんだよ!!
紙の匂いとインクが!!」
「知らないよそんなの!!」
現場の空気が、完全におかしい。
阿耶は無線を切り、静かに息を吐いた。
「……はいはい」
近くにいた隊士へ、ちらりと視線を向ける。
「バズーカ」
「……え?」
「持ってるでしょ」
「え、いや、ありますけど——」
隊士は一瞬ためらい、それでもバズーカを差し出した。
「……本気ですか?」
「本気」
即答だった。
阿耶は受け取ると、慣れた手つきで構える。
その様子を見て、別の隊士が慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!
中に人質が——」
「分かってる」
視線は照準から外さない。
「死なせない」
その一言で、誰もそれ以上は言えなかった。
ガラス越しに、長谷川と目が合う。
「ちょっと阿耶サァン!? アンタなにしてんの!! 嫌な予感しかしないんだけど!!」
阿耶は一歩前に出て、腹の底から叫んだ。
「——うるさい!」
その声に、その場に居た全員が一瞬で黙る。
「吹き飛ばされたくなければ——」
「しゃがめ!!」
「え!? 今!?」
長谷川が叫ぶのとほぼ同時。
——ドンッ!!
轟音とともに、コンビニの壁が派手に吹き飛んだ。火薬の匂いがする。
煙が晴れた頃には、犯人は床に転がり、完全に戦意喪失している。
「ジャンプ……俺の……」
「はいはい」
阿耶は近づき、手錠をかける。
「威力業務妨害、監禁、脅迫、公務執行妨害未遂。
ついでに器物損壊」
淡々と告げて、最後に一言。
「ジャンプは、塀の中で読め」
「そんなぁぁ!!」
その横で、埃まみれの長谷川が立ち上がる。
「……生きてる。俺、生きてる」
「運が良かったですね」
阿耶はそう言って、バズーカを肩に担いだ。
「次はもう少し、マシな立てこもりにしてください」
「そんな注文ある!?」
背後で、隊士たちがどっと息を吐く。
騒がしい現場は、ようやく収束へ向かっていた。
_______
屯所の一室に、紙を叩きつける乾いた音が響いた。
「……なんだこれは」
机の上には、さっき提出されたばかりの報告書。
土方はそれを睨みつけ、額に青筋を立てている。
「バズーカ使用。建物半壊。殺人未遂——」
読み上げる声が、途中で低く唸った。
「コンビニだぞ!? 戦場じゃねぇんだ!」
「結果、人質は全員無事です」
阿耶は淡々と答える。
「……問題は?」
「問題しかねぇよ!!」
土方が机を叩く。
「お前はなぁ、毎回毎回——」
「最短で終わらせました、あんなつまらないことに時間を割いてる暇はありません」
一拍。
土方は言葉に詰まり、煙草を一本取り出して深く息を吐いた。
「……今日はお前、見回り担当だったな」
「はい」
「行ってこい。余計な事件起こすなよ」
「それは保証できません」
即答に、土方は頭を抱える。
「……もういい、行け」
阿耶は踵を返し、扉へ向かう。
その背に、ふいに声が飛んだ。
「——気ぃつけろよ」
一瞬だけ足を止めて、阿耶は振り返らないまま答える。
「言われなくても」
がらり、と扉が閉まる。
廊下に足音が遠ざかり、土方は一人、報告書を見下ろした。
「……ほんと、手のかかる隊士だ」
そう呟きながらも、その表情はどこか苦笑いだった。
_______
夕方の公園は、どこか眠たげな空気に包まれていた。
転がる缶の音と、子供たちの笑い声。
「ねー、ねー! お姉ちゃんもやろ!」
袖を引かれて、阿耶は少し困ったように笑う。
「んー……楽しそうだけど、今はお仕事中だから」
「えー、つまんない!」
「一回だけ!」
口々に言われ、阿耶は小さく息を吐いてからしゃがみ込んだ。
「じゃあさ、代わりに約束しよ」
「やくそく?」
「もうすぐ暗くなるでしょ。今日はここまで。
夜の公園は危ないし怖ーいお化けがでるから、ちゃんとおうち帰ること」
「平気だよ!」
「おばけなんていないし!」
元気よく言い切る子供たちに、阿耶はくすっと笑う。
「そっか。でもね」
少しだけ声を落として、指を一本立てる。
「お姉ちゃん、昔ここでおばけ見たんだよ」
「えっ」
「ほんとに?」
「ほんと」
真顔で言うと、子供たちは一瞬固まり——
「やっぱ帰る!!」
缶を放り出して走り出す無邪気な背中に、阿耶は手を振った。
「転ばないようにね」
その声は、どこまでもやさしかった。
——それから、数時間後。
街を人通り見回り終えた阿耶はもう一度公園へと向かった。
夜の公園は、昼とは別の顔をしていた。
遊具の影が歪み、風が木々を揺らす音だけが響く。
そこに、金属を擦るような音。
阿耶が振り向いた瞬間、闇の中から現れたのは——男。
刀を携えた、異様な存在。
「お前は…」
その視線が、ふと横へ逸れる。
——小さな影。
逃げ遅れた、あの男の子。
恐らく缶を取りに戻ってきたのだろう。
「……っ」
子供の顔が、みるみる強張る。
目を見開き、喉が引きつったように息を詰める。
「ヒ……っ」
声にならない悲鳴。
足が竦み、後ずさることすらできない。
男の刀が、ゆっくりと持ち上がる。
その瞬間。
一瞬で距離を詰め、腕が刀を受け止めた。
鋭い金属音が響く。
「——だから、言ったでしょ」
男の子を背に庇い、低く告げる。
「夜の公園は、危ないって」
その声は、昼間とは違っていた。
けれど、守る温度だけは、確かに同じだった。
_______。
夜の公園に、ひどく重たい沈黙が落ちた。
闇の奥から、低く擦れた声が滲む。
月明かりに照らされ、男が姿を現す。
阿耶は一歩前に出る。
背後の小さな気配を庇うように立ち、視線を逸らさない。
「お前か。人斬り似蔵とやらは」
「ふっ」
男は小さく笑い、阿耶へ殺気を立てる。
「ちぃと妙な気配がすると思ったんだが」
「まさか、 女とはねぇ」
相手の殺気がゆっくりと横に流れる。
背後で、息を呑む気配がした。
阿耶は振り返らず、静かに口を開く。
「大丈夫。その先をまっすぐ走るといい、お姉ちゃんの友達が必ず助けてくれるよ」
「う、うん」
足音が遠のいて行く_
「おや?まさか逃がしたと思ってるのかい?」
空気が、ぴんと張りつめる。
「まずはお前だ。そのあとでガキを始末るすとしよう」
小さな金属音とともに、刀が抜かれる。
「神妙に、お縄に付け」
切っ先が、男を真っ直ぐに捉えた。
「——岡田似蔵」
風が吹き抜け、木々がざわめく。
ふたりの間に、言葉のいらない緊張が満ちていく。
その夜、公園はまだ——
嵐の始まりを、静かに待っていた。