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「凛さんの弟って言うからどんなごっついのが来るかと思ったけど、ただの優男じゃん。こんなのに今回の主役が本当につとまるわけ?」
(なんだ、このくそ生意気なガキ……。ぶち犯して啼かせてやろうか)
一瞬そんな不穏な考えが脳裏をよぎるが、蓮は必死に理性を働かせて怒りを呑み込む。
ここで感情に任せたら負けだと自分に言い聞かせ、蓮は平静を装いながらゆっくりと呼吸を整えると、真っ直ぐに相手を見据え営業スマイルを顔に張り付かせて笑ってみせた。
「はじめまして。御堂蓮です、優男でごめんね? これでも芸歴は長いから、全力で来なよ」
「ハハッ、ただのイイコちゃんって訳じゃなさそうだね。笑顔で挑発してくるなんて、なんかムカつく」
「褒めてくれてありがとう。君もなかなか良い性格してるよね。僕の事は蓮でいいから。よろしくね、逢坂くん」
差し出した蓮の手を一別すると、彼はふんっと鼻で笑ってそっぽを向いた。
「別に、褒めてないし。って言うかオレ、あんたと馴れ合うつもりはないから」
「……年上に対しての口の利き方がなってないね。……これは調教が必要かな?」
スゥっと目を細めてぼそりと呟くと、蓮の本性に気付いたのか、彼の頬が引きつるのがわかった。
「……やっぱあんたムカつく」
「ははっ、それはどうも」
「チッ」
舌打ちしながら睨み付けてくる彼を見て、蓮は内心ほくそ笑む。こう言う気の強いクソ生意気なガキは嫌いじゃない。
むしろ大好物だ。まだ何も知らなさそうな身体を弄んで、自分の好みに染め上げて行くのはきっと楽しいに決まっている。
そんな邪な妄想を脳内で繰り広げていると不穏な空気を感じ取った雪之丞が間に割って入って来た。
「ちょ、ちょっと! 蓮君なにやってんのさ。駄目だよ喧嘩は! それに東海も……凛さんに怒られちゃうよ?」
別に喧嘩をしていたわけじゃない。ちょっとクソ生意気なガキをどう教育してやろうかと考えていただけだ。
――なんて。そんな事、雪之丞に言えるわけがない。
「あぁ、ごめん。喧嘩をするつもりはないから安心しなよ。僕はそこの血気盛んな少年と一緒にしないでくれる?」
「は? 誰が血気盛んだって!?」
「君以外に誰がいるの。自覚ないの? 僕が少し煽っただけですぐにキレるなんて、沸点低すぎ。ほんと子供だな」
「もー、蓮君。駄目だってば。ほら、早く凛さんのとこ行きなよ」
もっと遊んでやりたかったが、雪之丞に制止され、渋々と凛の元へ向かった。
「で? 僕はあの子と何をすればいい?」
「随分と逢坂が気に入ったみたいだな、蓮。先日までやりたくないとごねていたとは思えないくらいノリノリじゃないか」
クツクツと笑われ、蓮は苦笑を漏らす。
「まぁ、ね。ああいう生意気な子は逆に虐めたくなるし、兄さんだってわかっててあの子と組ませたんだろう?」
兄は蓮の好みも性癖も熟知しており、どう挑発すれば効果的かもわかっている。だからこそ、あえて逢坂と手合わせさせたのだろう。
「さぁ、どうだろうな? 逢坂は去年始めたばかりだがかなりの実力者だ。動きも機敏で再現性も高い。実力は俺が保証する。同じ獅子レンジャーのアクターとして共に行動する仲間だ。力を知っておくのは悪くない」
凛は小さく笑い、一冊の台本を差し出す。
「この付箋の部分の殺陣をやってくれ。10分やるから頭に叩き込め」
「……ハハッ、10分? これ、5ページくらいあるけど?」
「お前の記憶力なら朝飯前だろう?」
「買い被り過ぎだよ。でも……兄さんが認める子なら油断できないな」
あのクソ生意気な態度が自信に裏付けされたものだとしたら、確かに侮れない。これは気を引き締めていかないと、足元を掬われてしまうかもしれない。
そう思うと同時に、久々に感じる高揚感に蓮は胸が高鳴るのを感じていた。
雪之丞を筆頭に、周囲が固唾を呑んで見守る。
蓮と東海は互いの出方を探るように、足音をほとんど立てずにじりじりと間合いを詰めていく。
稽古場の板張りの床がわずかに軋み、その音さえ緊張を煽った。
いくら台本があるとはいえ、この瞬間が一番緊張する。
子供番組とはいえ、アクションシーンにはそれなりの迫力とリアリティが必要だ。
ここで下手な動きをすれば、後で凛に怒られるのは目に見えている。
――先手必勝。
蓮が左足を一歩滑らせ、瞬間、地面を蹴った。
一直線に懐へ飛び込み、膝を軸に鋭く足を振り上げる。空気を裂く「ヒュッ」という音。
だが東海は紙一重で頭を引き、すれ違いざまにその足首を掴んだ。
「っ……!」
体勢を崩された蓮の視界がぐらりと傾き、次の瞬間、腰が浮き、背中が床に叩きつけられる。
木の床が鈍く響く音と同時に、足払いを食らい完全に仰向けに倒れた。
すかさず東海がマウントを取りに覆いかぶさる――。
蓮は寸前で両手を床につき、腰をひねってその重みをかわした。
起き上がりざまに回し蹴りを繰り出し、風を巻き起こす。かすめる寸前で東海が身を引き、二人は再び構えを取った。
「へぇ、なかなかやるじゃん。本当に当たったら痛そう。本当に2年もブランクあんの?」
「君こそ、キレはあるね。でもまだ荒削りだ。もう少し緩急をつけた方がいいんじゃないかな」
軽口を叩きながらも、視線は鋭く絡み合ったまま。
足元がわずかにずれれば、靴底が床を擦る音が静けさに響く。
何度も打ち込み、受け、かわす。
腕と脚が交差するたびに、衣擦れと呼吸音が混ざり合う。
――この逢坂という男、若いわりに想像以上の動きをしてくる。とても始めて日が浅いとは思えない。
腐ってもプロ、とでも言うべきか。
蓮の方も殺陣の基本は体に染みついていて、想像していた以上に動きは滑らかだ。
しかし体力は確実に落ちており、五分も経たないうちに肺が焼けるように熱くなってくる。
対する東海は、額どころか首筋にも汗を滲ませず、涼しい顔を保ったまま。
――これが二年の差か。
蓮は額を伝う汗を手の甲で拭い、肩で大きく息を吸い込んだ。
「なんだよ。もう息上がってんじゃん。体力なさすぎじゃない? オジサン」
馬鹿にしたように鼻で笑う声が、やけに耳に残る。
その一言で、胸の奥にチリっと火花が散った。
「僕は元々頭脳派だからね。ただの体力馬鹿と一緒にされたくないな。撮影が始まる前までには戻すから問題ないよ」
「負け惜しみ? ま、いいけど。撮影で足引っ張んないでよ?」
「ぁあ? 誰に言ってんだ、クソガキ……」
低くボソリと吐き出した瞬間、自分でもヤバいと気づく。
慌てて口角を引き上げ、作り物の笑みを貼り付けた。
幸い、東海には届かなかったらしい。
こほん、とわざとらしく咳払いを一つ。胸の奥の熱を無理やり押し込める。
「……あんまり調子に乗ってると、後で痛い目見ることになるよ?」
「はいはい、そういうのいいから。続きすんの? しないの?」
軽くあしらうような視線が、また神経を逆撫でする。
だが、ここで怒れば相手の思う壺――そう自分に言い聞かせ、爪先に力を込めて平静を装った。