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智絵里が自身の体をきつく抱きしめるのを見て、きっと辛いことを思い出させようとしているんだと恭介は感じた。

本当はその華奢な背中を抱きしめたい想いに駆られたが、ようやく訪れたこの時間を失くすわけにはいかなかった。真実を知りたい。それだけだった。

「高三の時ね、好きな人がいたの。進学が決まったら告白しようって思ってた」

恭介は黙って聞いていた。

「大学進学が決まって、秋頃だったかな……告白して、OKをもらったの。でもそれからしばらくして……期末試験の勉強のせいで寝不足気味だったんだよね。彼の前でつい寝ちゃった……」

そこで智絵里の言葉が途切れる。しばらく沈黙が続く。揺れる肩が、泣いていることを示していた。

「目を覚ましたらね、なんか体がおかしいの。制服のシャツの裾が出て……下半身が痛くて仕方なかった……」

恭介は絶句した。固まって動けなくなる。

「自分に何があったか想像するのは簡単ではなかった。だって記憶はないんだよ? しかも目の前にいたのは好きだった人。訳がわからなくて、とりあえずその場を逃げ出すしかなかった……」

「ちょっと待ってくれ……それって寝ている間に……?」

智絵里は返事をしなかった。

「お前は寝てたんだろ? 記憶がないなら……同意がないってことじゃないか……。それってつまり……」

「でも証拠がないし、実際にされたのかもわからない。でもわからないから怖くなって逃げ出したの」

その時ふと恭介の頭にある光景が思い出される。

「それって二学期の期末試験の最終日だったか……?」

「なんで……!」

「今思い出した……。あの日お前が音楽準備室から飛び出して来たんだ……。お前は吹奏楽部だから音楽準備室によくいたし、俺は職員室に行く途中だったから、全く気にも留めなかった……」

そこから憶測はどんどん悪い方向へと広がっていく。

「まさか……お前が好きだったのって……顧問の杉山? でもあいつって卒業式の少し前に結婚したよな……」

つまりこういうことか? 結婚が決まっていたのに智絵里の告白を受けて、そして寝ている智絵里を犯した……。恭介の中に堪え難い怒りが湧き上がる。そして自分自身の不甲斐なさも思い知らされた。

肩を落として頭を抱え込む恭介の様子を見て、智絵里は嗚咽を堪える。もうこれでおしまい。

「ねっ? 幻滅したでしょ?」

「……するわけないだろ、バカヤローが……」

「えっ……」

「ふざけんなよ。お前は被害者だぞ? しかも杉山がやったことは犯罪なんだよ! なんでその時にちゃんと言わないんだよ!」

「恭介……」

「……俺、なんであの時の智絵里の様子に気づけなかったんだろう……そうしたらお前がこんなに……何年も苦しむことはなかったんじゃないか……?」

あの時の俺がもっと大人だったら、今の俺だったら……。

「……どちらにしても、恭介が見たのは走って逃げ出した私でしょ? もう全てが終わった後よ」

「でも……! 病院は行かなかったのか?」

「……怖くて、誰にも知られたくなかったし……」

恭介は立ち上がると、智絵里に歩み寄る。背中を合わせるようにベッドに座る。たった一人で今まで抱え込んでいたんだな……。友達だったはずなのに、何もわかっていなかった自分が悔しい。

恭介と背中を合わせた智絵里は、力が抜けたように体を預けた。


「大学を変えたのは?」

「海鵬にいるのが怖かったから……あいつに私のことを知られたくなくて……。あれから男の人が怖くなって、だから女子大にしたの。意外と楽しかったよ」

「番号を変えたのは?」

「あいつに知られてたからね……全てリセットしたかった。でも|一花《いちか》にだけは教えてたよ」

「なんで俺がお前の親友と仲良しだと思うんだよ」

「……だって好きだったじゃない……」

「お前な……あの一件でとっくに諦めたよ」


背中越しに智絵里の熱が伝わってくる。お前にどうしても聞きたかったことがあるんだ……。


「どうして俺の前から消えたんだ……?」

「……それは違う。恭介の前からじゃない。あの頃の自分を知る人の前から消えたの」


リセットしたかった。智絵里はさっきそう言った。それが真実なのだろう。


「俺は……もっと頼って欲しかった……」

「あはは。優しいなぁ、恭介は。でもその優しさがなくなるのが怖くて言えなかったんだよ……。拒絶されるのが怖いから、拒絶される前に逃げた。そうすればいつまでも私の中の恭介は優しいままだもん」

「……でも逆に俺はお前に拒絶されたと思って今日まで過ごしてきたんだ……」


あぁ、そうか。今わかった。俺がお前に似た人ばかり付き合う理由。きっと昔みたいに智絵里と言いたいことを言い合って、本当の自分を認めて欲しかった。だからそれを似たような人に求めていたんだ。そんなこと無理なのに……。


「ごめんね……恭介を傷付けたってわかってる。でもあの頃の私にはそこまでの考えが及ばなかった。子どもだったんだよね……。だから会うのが怖くて、ずっと後ろめたかったの……」


俺はずっとお前に拒絶されたと思っていた。理由がわからず、ただ苦しかった。でもようやくパズルのピースが埋まっていく。


「……智絵里……今まで一人でよく我慢してきたね。友達なのに何もしてやれなくてごめん……」


智絵里はその言葉を聞くなり、振り返って恭介のことを強く抱きしめた。


「だから違うって! なんであんたってそういうこと言うの……! 恭介は関係ないって言ってるでしょ……」


智絵里の胸に抱かれ、恭介は驚くほど自分の中に安堵感が広がっていくのを感じる。ようやく智絵里に手が届いたと思うと、今まで心にかかっていたモヤがスッと消えていくような感覚に陥った。

熱く甘く溶かして

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