テラーノベル
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「……切らしたか。面倒くさいな」
夜道を歩くアホライダーは、空になったタバコの箱を握りつぶした。
唯一の慰めである紫煙が途絶えるのは、この不自由な生活において耐え難い空白だった。
ふと視線を上げると、深夜のコンビニの白い光が、暗い街並みを切り裂くように浮かび上がっている。
自動ドアが開くと同時に、怒号が鼓膜を刺した。
「おい! さっきから聞いてんのか! この弁当、中まで温まってねえだろ!」
レジの前で、小太りの男がカウンターを叩いていた。対峙しているのは、黒と赤のメッシュカラーが鮮やかなショートカットの女性店員だ。
店員は、右耳の勾玉ピアスを揺らしながら、表情一つ変えずに頭を下げていた。
「……申し訳ございません。温め直しますので、少々お待ちを」
「謝りゃ済むと思ってんのか! 誠意を見せろよ誠意を!」
男の罵声は止まらない。店員の瞳には、感情の死んだ深い色が宿っている。
アホライダーは、男の背後に音もなく立った。
銀色の仮面が、男の頭越しにニッコリと笑いかける。
「……騒がしい。タバコが買えないだろう」
「あぁ!? なんだてめ……ッ!?」
振り返った男は、絶句した。
赤い複眼。銀色の不気味な笑顔。そして隙間から突き出た、吸い殻の残骸。
「な、なんだよお前……警察呼ぶぞ!」
「……呼べばいい。面倒くさい。……消えろ」
アホライダーが静かに一歩踏み出すと、その異形な威圧感に気圧された男は、捨て台詞を残して店から逃げ出していった。
静寂が戻った店内に、店員の冷ややかな声が響く。
「……余計なことを。私一人でも、あんなゴミの処理くらいできた」
「そうか。……なら、タバコを。これと同じやつだ」
アホライダーは空箱をカウンターに置いた。店員はそれを受け取ると、淀みない動きで商品を取り出し、会計を済ませる。
店の外。灰皿の前で、アホライダーは新しいタバコに火をつけた。
少し遅れて、休憩に入ったのか店員が店から出てくる。彼女が取り出したのは、繊細な細いタバコだった。
「……お前」
アホライダーは、マスクの隙間から細く煙を吐き出しながら問いかける。
「先ほどの男に頭を下げるのは、お前の言う『優しさ』か?」
「…………」
店員は、細いタバコを深く吸い込み、夜の空を見上げて鼻で笑った。
「優しさ? 笑わせないで。……ただの義務だよ。生活のために、私という人間を殺しているだけだ」
店員の横顔には、クールで少々口の悪い外面の奥に、捨てきれない過去の残滓(ざんし)のような鋭さがあった。
「義務、か。……私と同じだな」
「あんたみたいな化け物と一緒にしないでほしいけど」
「どうにでもなる。……たぶん、お前も」
二人から吐き出された煙は、夜の風に吹かれ、混ざり合いながら消えていく。
アホライダーは、一度も彼女と目を合わせることなく、闇の中へと歩き出した。
火野もまた、吸い殻を捨てると、再び「店員」という仮面を被るために店へと戻っていった。
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