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「……チッ、面倒くさいな」
夜の闇に消えたはずのアホライダーは、数分後、再びコンビニの白い光の前に立っていた。
新しく買ったタバコはあるが、火をつけるためのライターを買い忘れていた。
自動ドアが開く。
店内に一歩踏み込んだ瞬間、アホライダーの赤い複眼が捉えたのは、レジの奥で先程の女性店員が店長らしき男に詰め寄られている光景だった。
「お前さ、その髪色もピアスも、うちのイメージに合わないって何度も言ってるだろ? もっと『優しく』、客に安心感を与える格好をしろよ。夢を諦めたからって、ふてくされてる場合か?」
男の無神経な言葉が、静かな店内に響く。
店員は俯き、右耳の勾玉ピアスを微かに震わせていた。彼女は何も言い返さず、ただ黙って男の「説教」という名の暴力に耐えている。
アホライダーは、レジに向かってゆっくりと歩を進めた。
「……おい。ライターだ。一番安いやつを」
不気味な銀色の仮面が割り込むと、店長の男は一瞬怯んだが、すぐに虚勢を張った。
「あ、あんた……さっきの。今は話し中だ、後にしろ!」
その言葉が終わるより早く、店員の手が動いた。
彼女は胸元につけていた火野と書かれた名札を指で引きちぎると、そのままカウンターの男の足元に叩きつけた。
「……辞めるわ。二度と来ないから」
店長が呆気に取られる中、火野はそのままレジの裏を抜け、バックヤードから自分のジャケットを掴んで戻ってきた。
赤いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、一瞬だけアホライダーを一瞥する。
「……待たせたわね。ライター、あげるわよ。私の私物だけど」
火野はポケットから使い古されたライターを取り出すと、アホライダーに放り投げた。
「代金は、さっきの男を追い払ってくれたお礼。……じゃあね」
火野は一度も振り返ることなく、店を出ていった。
アホライダーは受け取ったライターを眺め、それから動けずにいる店長を赤い複眼でじっと見つめる。
「……優しさ、か。お前の口から出るそれは、ドブの匂いがするな」
店外に出ると、火野は街灯の下で立ち止まり、細いタバコを咥えていた。
その表情は相変わらず冷たかったが、先ほどまで彼女を縛り付けていた「店員」という名の重いくびきは、もうそこにはなかった。
アホライダーは彼女の隣に並び、貰ったライターで自分のタバコに火をつけた。
「……行くのか」
「さあね。どこへ行っても、これ(義務)からは逃げられないんだろうけど。……でも、あんたの横なら、少しはマシな煙が吸えそうな気がしただけ」
火野は、短くなったタバコを灰皿に押し付けると、アホライダーの数歩後ろを歩き始めた。
アホライダーもまた、何も言わずに歩き出す。
会話はない。
ただ、夜道に響く二組の足音だけが、不器用な共犯関係の始まりを告げていた。