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「それじゃ、ルークの入門秘話からよろしく!」
「入門……秘話? ですか?」
客室に三人集まって、ルークが修行に行っている間のことをそれぞれ語ることにした。
以前エミリアさんから少し聞いていたけど、今回ルークが入門したときの話が面白いとか何とか。
私とエミリアさんはオティーリエさんの件でへこんでいたので、まずは楽しい話から始めたいところだった。
「ルークさんがいない間、お師匠さんの弟子がこのお屋敷まで来たんですよ。
修行のために、ルークさんをどこかの島に連れていくことを伝えに来てくれたのですが……そのときに色々とお話を伺いまして。
細い木の枝で兜割りをしたり、とか?」
「ああ、なるほど……」
「でも木の枝で兜を割るだなんて出来ないでしょ? それってどうしたの?」
「いえ、それは出来たのですが――」
「えっ!?」
……出来たの?
話を聞くに、お師匠さんは新しい弟子を取らない予定だったらしいのだが、ルークの必死の食らい付きに根負けしたらしい。
しかし何とか諦めさせるべく、最も難しい試練を課したというのだが――
「私に与えられた試練は、『兜割り』と『箸掴み』と『死合い』の3つでした」
「……え?」
「あの、ルークさん。何だか最後に、物騒なものが聞こえてきたのですが」
「ははは……そうですね。それではどれからお話しましょう」
「えぇっと……」
私はエミリアさんと目を合わせた。
『死合い』とやらは、どう考えてもメインディッシュだろう。
「それでは順番にお願いします! まずは『兜割り』から!」
「はい、分かりました。
私が試練を受けることを許されたあと、そこら辺に落ちている枝を渡されまして、『その枝で兜を割るのじゃ』と言われたんです」
途中でお師匠さんの台詞が入ったが、ルークは器用に、しわがれた声を出していた。
似ているかどうかは分からないけど、なかなか雰囲気は出ている。
「そこら辺の枝じゃ、そんなに堅くはないよね……?」
「はい、結構しなる枝でした。そのあと広い部屋に通されて、そのまま放置されたんです。
兜しか置いていない部屋でしたので、そこからはひたすら兜に斬り掛かっていましたね」
「無理難題も|甚《はなは》だしい……」
「私も最初はそう思いましたが、やるしかありませんでしたので。
ただひたすら、兜を割ることだけを考えるようにしました」
「枝で?」
「はい、枝で」
事もなげに言うルーク。いやいや、枝で兜を割るだなんて――
「途中で諦めなかったんですか?」
「もちろんです。試練を受けるまでも大変でしたから、易々と諦めるわけにはいきません」
「大変だったの?」
「玄関の前に徹夜で座り込んだり、師匠を追い掛け回したりしましたからね」
「うわぁ……」
さすがにそれは大迷惑――……とは言わないでおこう。
それを含めて、お師匠さんはルークのことを最終的に認めてくれたんだろうし。
「そんな感じで始まった兜割りですが、二日目の夜に達成することができました」
「ふーん……。
……えっ!?」
「ええぇーっ!?
ルークさん、話を凄いすっ飛ばしていませんか!?」
「いえ、本当に話すことが無いんです。ずっと寝ていませんでしたし、記憶も曖昧で……。
どうやら部屋に特殊なお香が焚かれていて、おかしな精神状態になっていたようです。
……割れたのは幻覚かもしれないのですが、私の認識としてはしっかり割ることができたんです」
「おかしな精神状態……」
「アイナさん、先日の儀式でも魔力を高めるお香が使われていたんですよ。
大体あんな感じ……いや、それよりも危険な感じ……でしょうか?」
「お香って結構、色々なところで使うものなんですね……」
しかしルークに使われたそれは、もしかすると麻薬みたいなものかもしれない。
成功すれば力が手に入り、失敗すれば死ぬ……。
そんな修行方法を、元の世界のテレビだか本だかで見たことがあるような気がする。
「とにもかくにも、何とか兜割りが達成できたわけです。
いや、あのときは安心して気絶してしまいましたね」
「「安心して気絶」」
「はい。次に目が覚めたときは、師匠から水をぶっかけられたところでした」
「「水を」」
「師匠が言うには5分ほど寝ていたようで、十分な睡眠が取れたということで次の段階に進みました」
「「十分な睡眠とは」」
……さっきから、いやにエミリアさんと言葉が被る。
何ともツッコミどころが満載というか……。
「その次は『箸掴み』ですが……虫がたくさん飛んでいる部屋に通されまして、箸で掴んで全て瓶に入れろと言われました」
「はぁ……。ちなみに虫はどれくらいいたの?」
「100匹くらいですね」
「「わーお」」
「しかし十分な睡眠とお香で得た力によって、そこは順調に進めることができました」
「それは凄い」
「ルークさんも、十分な睡眠と感じているところが凄い」
「あのときの精神状態は凄かったですよ。何でもできる気がしましたから」
……それ、やっぱり麻薬じゃない?
「ちなみにお香が切れたとき、身体の具合はどうだったの?」
「そうですね、1日ほど寝込みました」
「「うわぁ」」
それは潜在能力を出し切った反動なのか、急性の中毒を起こしただけなのか。
どちらにしても、やっぱり危険な臭いがする。
「話を戻して――
……そんなに効果があるお香なら、箸掴みも結構すんなりいったの?」
「はい。すんなりいきすぎて、途中から箸をもう一組渡されて、両手で獲れと言われました」
「お師匠さん、弟子を取る気が無いでしょ、それ」
「どうでしょうね……。しかしやってみるとなかなか出来るもので、左右で同じ量を獲ることが出来ました。
それには師匠も失笑していましたね」
「出来ちゃったの!?」
「すごーい……」
……あれぇ? ルークって、こんなにびっくりどっきり人間だったっけ……?
私の知らないルークが目の前にいるようだ……。
「そして最後の『死合い』ですが、これはお香の効果が抜けるのを待ってからになりました。
つまり、1日寝込んだあとですね」
「やけに物騒な試練の名前だけど、それって何をするの?」
「その名の通り、師匠の他の弟子と殺し合いをしました」
「へー……って、ええええぇ!?」
「えっと……、そのお弟子さんって……人間、ですよね?」
「はい、もちろんです」
私とエミリアさんの反応を|余所《よそ》に、ルークは何とも無いように答えた。
「真剣同士で戦ったのですが、さすがにかなり強くて……。
私も一瞬は弱気になったりもしましたが、最後の最後では、胴に一撃を入れて何とか勝つことができました」
「胴に……。そのあと、そのお弟子さんってどうなったの?」
「かなり深い傷になってしまったのですが、見殺しにするわけにはいかないので、高級ポーションで治してあげましたよ」
「そ、そうなんだ。それは良かった……。
それにしても高級ポーションなんて、よく持っていたね」
「はい。以前アイナ様に、ミラエルツで頂いたものです。
そのポーションの高い効果を見て、師匠はとても感心していました」
「えっと……?
お師匠さん、ルークがポーションを持っていなかったらどうするつもりだったの?」
「負け犬には用は無い、の精神でしたね」
「「見殺し」」
「だからこそ、私はアイナ様のポーションを持って挑んだんです。
余計なことを考える時間は無かったので、手札を惜しまず試練に臨みました」
「ふむ……」
「まずは勝利。その一心で剣を振るったんです。
私はアイナ様をお護りすると誓ったのですから、そんな試練ごときで死ぬわけにはいかないのです」
少しバツが悪そうではあるが、しっかりと言い放つルーク。
しかしそれは、一理も二理もあるか。
「それにしても、入門編でそんなに大変なら……修行編はもっと大変そうだね」
「そうですね。毎日滝から飛び降りたりもしましたし」
「「滝から」」
何とも凄い話が、その後もルークの口から飛び出していった。