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雑
下手
初心者
輪廻のお話
意味わからん
許して
灰色の朝に、きみの名前を
目を覚ますたび、世界は三日前に戻っていた。
最初にそれに気づいたのは、多分俺だった。
窓の外には、いつも同じ曇り空があった。薄い灰色の雲が街を覆い、遠くの時計塔が午前七時を告げる。鐘の音は三回。決まって三回。四回目が鳴ることはない。
ベッド脇の机には、飲みかけの水と、見覚えのない白い花が2種類。
花は、毎回少しずつ違う。
最初の朝は、花びらが20枚と5つだった。
二度目の朝は、15枚4つと。
三度目は、枯れかけていた。
そして四度目の朝。
「……またかよ」
天井を睨みながら、低く呟いた。
喉がひどく乾いていた。頭の奥に、薄い膜が張ったような感覚がある。夢を見ていた気がする。しかし、目を覚ました瞬間に霧散してしまった。
何度も同じ夢を見ている。
暗い階段。
赤い月。
そして、こちらを見て笑っている男。
星導ショウ。
その名前だけは、夢の中でも、目覚めたあとでも、消えなかった。
机の上の花を掴んだ。
指先が触れた瞬間、花の茎から黒い液体が滲み出す。床に落ちた雫は、まるで生き物のように蠢き、細い文字を形作った。
――今夜、時計塔へ。
「……誰の指示だよ」
返事はない。
ただ、窓の向こうで、午前七時の鐘が三度鳴った。
*
この街では、死者が生き返る。
正確には、死んだ人間が三日後の朝に戻ってくる。
何度死んでも。どれほど酷い死に方をしても。必ず、三日前の朝へと巻き戻される。
それがこの世界の常識だった。
代わりに、生きている人間は少しずつ忘れていく。
友人の顔を。
自分の名前を。
生きていた理由を。
輪廻は救いではない。
死ぬこともできず、忘れることも許されず、ただ同じ三日間を繰り返すだけの檻だ。
俺は、その檻の中で唯一、記憶を保持していた。
少なくとも、そう思っていた。
「待ってたよ、小柳くん」
時計塔の最上階へ続く階段の途中で、星導が立っていた。
綺麗な紫の髪。細い身体。夜の底から抜け出してきたような、静かな目。
彼はいつも、そこにいる。
俺が何度目の輪廻を迎えても、必ず同じ場所で待っている。
「お前、また死んだのか」
「挨拶がそれ?」
「質問に答えろ」
「うん。死んだよ」
星導は軽く笑った。
その笑顔が、嫌いだった。
何もかも諦めているようで、何もかも知っているようで、それでも人を安心させる。腹立たしいほど、いつも通りの顔だった。
「何回目だ」
「数えてない」
「数えろよ。普通は覚えてるだろ」
「普通じゃないから、ここにいるんじゃない?」
星導は階段の手すりに背を預けた。
時計塔の内部には、無数の文字が刻まれている。誰かの名前。誰かの遺言。誰かが最後に見た景色。
その中に、俺の名前もあった。
何百回も。
何千回も。
削られては、また刻まれた跡が残っている。
「俺はここに来るたび、お前がいる」
階段を上りながら言った。
「でも、お前は毎回違うことを言う。俺を殺そうとしたこともあった。逃げろって言ったこともあった。俺のことを知らないふりしたこともある」
「へえ」
「へえじゃねえ。覚えてないのか」
「覚えてるよ」
星導の声が、初めて揺れた。
歩く足を止める。
星導は手すりから背を離し、こちらを見た。いつもの笑顔は消えていた。
「全部、覚えてる」
「……だったら、なんで何も言わなかった」
「言っても、きみは信じないから」
「信じるわけねえだろ。俺だけが覚えてると思ってた」
「俺も、最初はそう思ってた」
星導は一段下へ降りた。
二人の目線が近くなる。
「でも違った。小柳くんは忘れない。俺も忘れない。たぶん、俺たちだけがこの輪廻の外側にいる」
「外側にいるなら、出ろよ」
「出られない」
「出ろよ!」
声が、塔の中で反響した。
文字の刻まれた壁が、びりびりと震える。天井から砂埃が落ち、遠くで歯車が噛み合う音がした。
「俺は何度も試した。塔を壊して、街を燃やして、門を越えて、死んで、それでも戻ってきた」
星導は淡々と話す。
「輪廻が始まる場所は、この時計塔じゃない。もっと下。街の地下にある」
「だったらそこへ行く」
「行っても、戻れない」
「戻りたくねえんだよ」
拳を握った。
「俺は、こんなふざけた世界に付き合うつもりはない。三日ごとに全部やり直して、死んだやつだけが戻ってきて、生きてるやつから順番に消えていく。こんなの、救いでも奇跡でもねえ。ただの……」
「地獄?」
「ああ」
「じゃあ、小柳くんはどうして毎回、俺を助けるの」
言葉が詰まった。
星導が一歩近づく。
「俺が死ぬたび、きみは助けに来る。俺を殺した相手を探して、俺が死なないように街を走って、最後には必ずここへ来る」
「……知らねえよ」
「知らないはずないよ」
星導は笑った。
今度の笑みは、ひどく寂しかった。
「きみは俺を助けたいんだ」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
「……お前が、毎回同じ顔で死ぬからだ」
小柳は視線を逸らした。
「腹が立つんだよ。何も知らないみたいな顔して、勝手にいなくなるのが」
「それだけ?」
「それだけだ」
「本当に?」
「うるせえ」
星導は、しばらく何も言わなかった。
やがて、彼は小柳の手首を掴んだ。
冷たい手だった。
生きている人間の温度ではない。
「なら、今夜は俺を助けないで」
「は?」
「俺を見捨てて、地下へ行って。輪廻の核を壊せば、きみはこの世界から出られる」
「お前は」
「俺は残る」
あまりにも自然に言うから、小柳は一瞬、意味を理解できなかった。
「残るって、何が」
「この世界に。俺は、もう死にすぎたから」
星導の手が、ゆっくり離れる。
「輪廻は、死者を戻す仕組みじゃない。死者の記憶を燃料にして、世界を維持してる。俺が戻るたび、街は三日間だけ形を保つ。きみが忘れないのも、俺がまだ死にきれていないから」
「……ふざけんな」
「だから、俺を置いていけばいい」
「ふざけんな!」
星導の胸ぐらを掴んだ。
細い身体が、壁に叩きつけられる。時計塔の歯車が大きく軋んだ。
「勝手に決めんな。お前が残るとか、俺が出るとか、誰が死ぬとか。全部、お前一人で決めるな!」
「じゃあどうするの」
「知らねえよ!」
「何も知らないのに、きみはいつも俺を助ける」
「うるさい!」
「俺を助けたら、きみもここから出られない」
「うるせえ!」
「それでも?」
手が止まった。
星導の顔がすぐ目の前にある。
月のない夜のような瞳。何度も死を見てきた人間の目。諦めているくせに、最後の最後でこちらに縋ってくる目。
小柳は、その目を知っていた。
何度も見た。
星導が死ぬ直前、必ず同じ顔をしていた。
助けてほしい、と言えない顔。
行かないでほしい、と言えない顔。
「……俺は」
声が掠れた。
「俺は、お前を助けたいんじゃない」
「うん」
「お前を置いていきたくないだけだ」
星導の瞳が、わずかに見開かれる。
その瞬間、塔の奥で鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
午前七時ではない。
夜の鐘は、輪廻の終わりを告げる。
街のどこかで、誰かが死んだ。
すぐに世界が崩れ始める。
窓の外の建物が、紙を燃やすように黒くなっていく。通りを歩いていた人々の姿が消え、空から灰が降り始めた。
星導が俺の手を掴む。
「走って」
「どこへ」
「地下」
「お前も来るんだろうな」
「……小柳くん」
「置いていかねえって言ってんだよ」
星導の手を握り返した。
今度は、離さないように。
*
時計塔の地下には、階段がなかった。
代わりに、床の中央に黒い穴が開いていた。
穴の中から、無数の声が聞こえる。
笑い声。泣き声。怒鳴り声。祈り。
そして、そのすべての中に、小柳自身の声が混ざっていた。
――星導を助けろ。
――星導を置いていくな。
――次は間に合う。
――今度こそ。
「これ、全部……俺の記憶か」
「たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「俺も初めてここまで来たから」
「初めて?」
「きみと一緒に来たのは、初めて」
星導を見る。
星導は真っ直ぐに穴を見つめていた。
「今までは、きみを逃がすために一人で来てた。でも、きみは毎回ついてきた」
「じゃあ、最初からそうしろよ」
「怖かったんだよ」
あまりにも静かな声だった。
「きみが、俺と一緒に死ぬのが」
何も言えず黙った。
穴の底から風が吹き上がる。冷たい風だった。死んだ人間の記憶を運ぶ風。
星導が一歩、穴へ近づく。
「輪廻の核を壊すには、俺の記憶を全部消さなきゃいけない」
「全部?」
「きみの中からも」
「……嫌だ」
「そう言うと思った」
「嫌だ。そんなの、出られても意味がねえ」
「でも、俺を覚えてたら、きみもまたここへ戻ってくる」
「それでもいい」
「よくないよ」
「俺が決める」
星導の腕を掴んだ。
「俺が何を覚えて、何を忘れるかは、俺が決める。お前が勝手に俺のためみたいな顔して、俺の世界から消えようとするな」
「小柳」
「俺はもう、何度もお前を失ってる」
言葉が、喉の奥からこぼれ落ちた。
「何度も、何度も。毎回、手を伸ばしても間に合わなかった。お前が死ぬたびに、次は助けるって思った。次こそはって、何百回も繰り返した」
視界が滲む。
「でも、俺が助けたいのは、死なないお前じゃねえ」
星導の顔が歪んだ。
「死んでも、忘れても、何度でも俺のところに戻ってくるお前だ」
「……それは、ずるいね」
「知るか」
「そんなこと言われたら、残れない」
「残るな。行くぞ」
星導の手を引いた。
二人で、黒い穴へ飛び込む。
*
落下しているのか、浮かんでいるのか分からなかった。
上下も、左右もない。
ただ、記憶だけが流れていく。
初めて出会った日の星導。
笑っていた星導。
怒っていた星導。
死ぬ直前の星導。
そのすべてが、細い糸のように俺の身体を通り過ぎていく。
指先から、何かが剥がれていく感覚があった。
名前。
声。
顔。
小柳は必死に手を伸ばした。
「星導!」
返事はない。
周囲は暗闇だった。
握っていたはずの手が、いつの間にか離れている。
「星導!」
今度は、遠くで声がした。
「小柳くん」
振り向くと、星導がいた。
けれど、彼の姿はぼやけていた。輪郭が灰になり、髪が、指先が、少しずつ闇へ溶けている。
「来るな」
「ふざけんな」
「きみは戻って」
「嫌だ」
「俺のことを忘れて」
「嫌だ」
「小柳くん」
「嫌だって言ってんだろ!」
真っ黒の中泳ぐように、星導へ近づいた。
けれど、いくら手を伸ばしても距離が縮まらない。
星導はいつもそうだった。
追いつけそうで、追いつけない。
触れられそうで、触れられない。
「俺は、お前を忘れない」
「忘れるよ」
「忘れねえ」
「忘れる。世界がそういうふうにできてる」
「だったら、世界のほうを変える」
「できない」
「できる」
「どうして?」
やっと星導の手を掴んだ。
冷たい。
けれど、確かにそこにいる。
「俺が、お前の名前を呼ぶからだ」
暗闇の中で、星導が息を呑んだ。
「何度でも呼ぶ。忘れても、また思い出す。お前が何回死んでも、何回戻ってきても、俺がここにいる限り、名前を呼ぶ」
「……それじゃあ、終われない」
「終わらなくていい」
「輪廻は地獄だよ」
「だったら二人で地獄にいる」
「きみまで巻き込む」
「もう巻き込まれてる」
星導の手を、今度こそ強く握った。
「俺は、お前一人を救って終わる気はねえ。俺たち二人で、この世界を終わらせる」
星導の目から、初めて涙が落ちた。
涙は地面に触れる前に、白い花へ変わる。
花びらが一枚、また一枚と開いていく。
それは、机の上に毎朝現れていた花だった。
花へ手を伸ばす。
触れた瞬間、世界中の時計が一斉に砕けた。
午前七時の鐘が、四回目を鳴らす。
ありえないはずの音だった。
街が崩れる。
塔が倒れる。
空が割れる。
そして、星導の身体が光に包まれた。
「小柳くん」
「なんだ」
「次の朝、俺がいなくても」
「いるだろ」
「もし、いなかったら」
「いる」
「もし忘れてたら」
「思い出させる」
「もし、きみが俺を嫌いになったら」
「そのときは殴る」
星導が笑う。
「きみらしいね」
「お前も笑ってろ」
「うん」
光の中で、星導の姿が消えていく。
「また会おう、小柳くん」
「今度は、俺が見つける」
最後に残った指先が、ほどける。
暗闇が、すべてを飲み込んだ。
*
目を覚ますと、窓の外は晴れていた。
朝の光が部屋に差し込んでいる。
時計は午前七時を指していた。
鐘が鳴る。
一度。
二度。
三度。
身を起こした。
机の上には、白い花が2つ。
花びらは、28枚と6つあった。
窓を開ける。
街は壊れていなかった。
人々が歩いている。店が開き、鳥が鳴いている。時計塔はまだそこにあり、空はどこまでも青かった。
輪廻は終わった。
そのはずだった。
「……星導」
名前を呼ぶ。
返事はない。
胸の奥を探った。
確かに覚えている。
紫の綺麗な髪。
冷たい手。
夜のような瞳。
何度も死んで、何度も戻ってきた男。
覚えている。
なのに、街のどこを探しても、星導ショウという人間の記録はなかった。
誰も知らない。
名前を聞いても、首を傾げる。
写真にも映らない。
古い新聞にも、時計塔の壁にも、その名前は残っていなかった。
それでも、諦めなかった。
毎朝、白い花を持って街へ出た。
駅へ行き、広場へ行き、時計塔へ行き、知らない道を歩いた。
輪廻は終わった。
だから、もう待つ必要はない。
死んだ人間が戻ってくるのを待つのではなく、生きている人間を探しに行く。
それが、星導との約束だった。
七日目の朝。
小街の外れにある古い温室で、一人の男を見つけた。
紫の 綺麗な髪。
細い背中。
白い花を眺めながら、男は振り返る。
「……誰?」
星導は、そう言った。
小柳はしばらく黙っていた。
胸の奥が、ひどく痛い。
けれど、不思議と笑えた。
「お前を知ってる」
「そうなんだ」
「名前は星導ショウ」
男は目を瞬く。
「俺の名前?」
「ああ」
「きみは?」
小柳は、持っていた花を差し出した。
「小柳ロウ」
「小柳……」
「覚えなくていい」
「え?」
「何度でも言うから」
男は花を受け取った。
白い花びらが、朝の光の中で揺れる。
「変な人だね」
「よく言われる」
「初対面なのに、そんな顔する?」
「どんな顔だよ」
「ずっと会いたかった、みたいな顔」
小柳は視線を逸らした。
「……会いたかったんだよ」
星導は、しばらく小柳を見つめていた。
やがて、少しだけ笑う。
「じゃあ、これから会えばいい」
「そうする」
「何度でも?」
「ああ。何度でも」
もう、世界は三日間に戻らない。
死者は、死んだままだ。
記憶は、失えば戻らない。
奇跡も、輪廻も、二人を待ってはくれない。
だから俺は、星導の隣を歩く。
忘れられる前に名前を呼び、離れてしまう前に手を取る。
何度でも、何度でも。
終わりのない輪廻ではなく、始まり続ける日々の中で。
今度こそ、二人は生きていく。
END
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白い花はノースポールと白い勿忘草
花言葉は「輪廻転生」と「私をわすれないで」
#メリバ
コメント
2件
ノースポールってそんな花言葉あったんだ〜 まぁ、これからも物語作ったり投稿したり頑張ってね
「灰色の朝に、きみの名前を」完結お疲れ様でした……静かに、でもすごく重くて温かい読後感が残りました。輪廻の檻の中で唯一忘れない二人、でも最後に星導が「誰?」って言ったときの小柳の痛みと覚悟が胸に刺さります。自分から覚えに行く、名前を呼び続ける――それだけで救いになるんだなって。花言葉の伏線も美しかったです。本当に素敵な作品をありがとうございます🌙🤍