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魔剣グランギニョルを抜いた鶏鳴卿ガヌロン・ヴィドールが告げる。


「アベル王子、せっかくだがお引き取り願おう」

「お断りします」


ガヌロンにとって状況は最悪だった。


トロンからの宣戦布告と大規模徴兵によって大量発生した移民の対処に兵を費やし。警備が手薄になったところを少人数で突破、一気に領主の館を落とす。


ガヌロンが一人で魔剣を持ち、前に出ている時点で既に大勢は喫していると言える。


こうした手に事前に対策を行わなかったのは、そもそもやる意味が理由がわからないからだ。

そんなことをすればトロンの経済は崩壊するし地位も名誉も失われる。


得られるのはフェーデだけだ。

そこまでする理由がどこにあるというのか。


「なぜそこまでする。あの娘にそのような価値はないぞ」

「フェーデが僕に必要だからです」


アベルは続ける。


「僕は彼女の顔がほころぶのが好きだ、花のような笑顔も。怒った時も。拗ねたところも可愛らしい。ただそばにいてくれれば、それだけで十分なのです」


ガヌロンは歯噛みする、それはガヌロンがついぞ手に入れることができなかったもの。人を幸福にし、同時に不幸にもする。愛とかいうよくわからない何かだった。


「馬鹿馬鹿しい。使用人共、なぜこいつについてきた。身の丈をわきまえず、破滅に向かっていることがわからんのか!」


睨まれたミレナがアベルを一瞥し、発言の許可を取った。


「鶏鳴卿、恐れながらこれは御身もされたことです」


言葉に詰まるガヌロンにアベルが続ける。


「鶏鳴卿。あなたは平民を妻にするため、その地位と名誉をかなぐり捨ててランバルドの王に剣を向けた。それどころか教会の枢機卿にも、他の領主たちにも。ランバルドのすべてを敵に回して愛を吠え立てたと聞いています。違いますか?」


よもや。

よもや当時の恥が隣国フリージアにまで轟いていようとは。


ガヌロンと現在の妻。


公爵家と平民の娘の結婚という暴挙を認めさせたのは純粋な力だった。

たとえ慣例で決まっていようと、教会の規則に反しようと、そのルールを守らせるだけの力がなければ、守られない。


異常な粘り強さと倫理感のなさで嫌がらせを続けるガヌロンが齎す被害は甚大で、果てしなく吹き荒れる嵐が結婚を認めるだけでおさまるのなら、その方がよかった。


相手が折れるまで戦うのはガヌロンの十八番である。


「アベル……お前、俺と同じ事をする気なのか?」


そう考えるとすべての合点がいく。

大規模徴兵した兵をあえて使わず、少人数でヴィドール領に浸透したのは可能な限り誰も殺さない為だ。


最小限の被害でヴィドール領を攻め落とし、ガヌロンの協力を取り付けた上で蜂起。兵をランバルドとフリージアに向け、結婚させろと言うつもりなのだろう。完全に叛逆だ。こいつ死にたいのか?


だが、それは規模が大きくなっただけでガヌロンがやったことと本質的には何も変わらない。そんなことをする理由は一つしか無かった。


なんだ、そうか。

俺はあいつを愛していたのだな。


静かな胸の痛みに、魔剣の剣先がそっと下がった。




ガヌロンは考える。


トロンの兵力だけでは無理だろうが、ヴィドール兵力も合力すれば現実的な脅しになる。

ランバルドやフリージアはさぞ驚くことだろう。


何せ敵対していたはずの者同士が唐突に結託し、それぞれ母国を脅してくるのだ。

すべての兵がこちらを味方するとは考えていないが、それでも前回よりも戦力は多い。すでに前例のあるランバルドは比較的すぐに口説き落とせるだろう。


その後、ランバルドとトロンでフリージアに圧力をかければいい。

裏切り、裏切り、裏切りか。


面白いではないか。


「こちらの都合を言うなら、お前が宣戦布告したせいで、すでにヴィドール家の悪行は世に広まっている。この戦争で勝とうが負けようが、ヴィドール家は没落する」


「だが、ここでお前と結託し。武力をもって国を脅せばこの地位も守れるかもしれんな」


むしろ、有効手はそれしか残されていなかった。

こうなることまで見越しいたのだろう。

アベル王子の計略に舌を巻くばかりだ。


しかし、ガヌロンにも立場というものがある。





「いいだろう、だがタダで負けてやるわけにはいかん」

「決闘しろ」


剣先を払い、古き決闘の所作をするガヌロンにアベルが合わせた。

不在城の使用人たちが、剣を胸の前に掲げ儀礼の所作をとる。


長く戦場で戦った二人が、向き合う。

ガヌロンが「望みを言え」と問い。


アベルがこう返す。


「お義父さん、フェーデを僕にください」


二人は剣を構え、そして激突した。

死に戻り令嬢、敵国の王子に溺愛される

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