異星人対策室のジョン=ケラーだ。ティナが疲れている私を労ってアードの栄養ドリンクをくれた。私は周囲の強い勧めと彼女に不義理をしたくない想いから一気飲みした。
その結果、何故か私の体は筋肉質になり最近ずっと感じていた倦怠感や節々の痛みが消えて、そう、まるで若い頃のように体から活力が漲ってきた。
直ぐにドクター達が検査をしてくれたが、体に異常はなくむしろ若返ったと言えるような状態らしい。学者連中はまるでモルモットを見るような目付きであれこれ質問したり調べたりするから閉口したがね。
これだけなら素直に喜べたのだが、頭が妙に寒い。鏡を見てみたら、そこにはスキンヘッドのプロレスラーが居た……いや、私なのだが。肉体的に若返った身体を得た代わりに、どうやら私の頭髪はサバンナからサハラにジョブチェンジを果たしたようだ。
認識すると同時にキリキリと胃が痛む。はははっ、どうやらアードの技術でも私の胃痛を治すことは出来なかったらしい。
……はぁ。
ティナが休んでいる間に各所との調整を済ませた。国連事務総長との会談も予定している。国連は数多の失策と大国が始めた戦乱に対して全く無力だったことからその存在意義を疑問視する声が出ながらも今日まで生き長らえた。
まあ、アメリカにとって利用価値があったからと言うのが真相のようだ。聞きたくなかった。
今となっては発言力もほとんどないアメリカの傀儡ではあるが、名目上は世界の顔だ。ティナと会わせておくのも悪くはないだろう。
ただ問題もある。CIAの連絡員が教えてくれたのだが、どうやらティナを拉致しようと企てる連中が居るのだとか。背後に国家が潜んでいる可能性もあるとの話だったが、冗談ではない。
可能不可能の議論は別にして、そんなことが起きれば彼女は地球に不信感を持つ。彼女は友好的だが、アードも友好的だと言う保証などない。地球を滅ぼすつもりなのだろうか?そしてなぜその話を当たり前のように私にするのか。
「アレかね?君達は私の胃を痛め付けるのが趣味だったりするのか?」
「HAHAHA」
笑い処では無いのだが。とは言え放置はできない。ティナの警護をより厳重にすると各所から確約を得られたのは幸いだ。
いや、関係各所との調整まで異星人対策室の仕事なのか?胃が痛い……。
そうこうしていると、ティナが目覚めて会食を開始したとの連絡を受けた。側にはメリルが居るし、大統領とも穏やかに歓談しているようだ。
報告では幾つかの食材が食べられなかったようだ。これは問題ない。見た目は翼以外人間そのものだが、やはり環境が違えば作りも違う。
用意した全ての料理が食べられないと言う最悪すら想定していたのだ。九割以上が食べられると言う結論は我々の想定の中でも最良の結果と言える。
早速ティナと会いに行ったが、彼女は私を見て固まっていた。ふむ、どうやら私の身体については彼女にとっても想定外だったようだ。
「えーっと……ジョンさんですよね……?」
「ああ、ジョン=ケラーだよ。君から貰ったドリンクは美味しかった。身体も若返ったように軽いよ。頭が少し寒くなってしまったが」
「かっ、髪の毛がっ!ジョンさんの頭がつるつるにっ!……ごっ、ごめんなさーいっ!!!」
ティナは膝をついて頭を下げた。それはもう見事なDOGEZAであった。翼まで床につける徹底ぶりだ。なぜ日本の文化を?とは思うが、途轍もなくシュールな光景であったことは間違いない。
そして私には新たに始めて宇宙人を土下座させた男と言う称号が付与されることになった。
……いかん、胃がキリキリする。
「体に異常はありませんか?」
気を取り直して、ティナが問い掛けてきた。心配してくれているな。
「ああ、身体はすこぶる快調だよ。ドクター達の検査を受けたが、特に異常は見られなかったかな」
「一応確認しても良いですか?」
「もちろんだ」
「アリア」
ティナが私に手をかざすと、青い光線が放射されて私に当たる。特に何の感触もないな。スキャナーのようなものなのだろう。
『解析完了、ケラー氏が二十代のバイタルデータと類似点が多々ありますが、異常は見られません』
なぜ私の若い頃のバイタルデータを知っているのだろうか……いや、考えてはいかん。また胃が……。
しかし機械音声とは思えない流暢な言葉だ。これが高性能AIなのだろうな。
『胃を初めとした消化器官に深刻なダメージを確認しました』
「えっ?」
「それは気にしなくて良い。とにかく、君の好意を無下にはしないよ。それに、身体の調子も良い。ありがとう、ティナ」
私が笑顔で返すと、ようやくティナは落ち着いてくれた。まあ、不測の事態は幾らでもある。ここで彼女を責めるつもりもない。
「アリア、原因はなんだと思う?」
『含まれていたエネルギーが過剰だったため、肉体が過剰に強化されたと推測されます』
「髪の毛は……?」
『過剰なエネルギーに耐えられなかった可能性があります。どちらにせよ、一例のみでは正確な評価は不可能です。更なるデータ収集を推奨します』
その瞬間この場に居る者達が一斉に目を逸らしたのが見えた。ふっ。
「それには及ばないよ。どうだい?ティナ。地球の食べ物は口にあったかね?」
ここは明るい話題に切り替えよう。彼女が責任を感じてしまうことは避けたい。
「あっ、はい!とっても美味しいです!いくつか持ち帰りたいんですけど、駄目ですか?」
「もちろん構わないよ。保存が効くものを詰めようじゃないか」
「ありがとうございます!」
うむ、彼女の笑顔は見ていて楽しいね。
会食後、食休みのためティナは部屋に戻った。すると、彼女の側に居たメリルが小走りで駆け寄ってきた。
「兄さん、大丈夫なの?」
「体調面は何の問題もないよ、メリル。それよりもティナが気に病まないように気を付けてくれ。彼女は好意で渡してくれたんだ」
おや?メリルが不満そうだ。
「兄さんは相変わらずお人好しなんだから。そんなだから出世の道を外れるのよ?」
「人間身の丈にあった生き方があるんだよ。それに、ティナは悪気があった訳じゃないんだ。責めるつもりはないし、逆に感謝しているよ」
そう言いながら笑顔を浮かべる兄を見て、善意の塊であるティナを相手に上手くやれるのは地球上を探しても、この底抜けにお人好しな兄だけなのではと考えるメリルであった。
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