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マネージャー×アイドル~i×f~『推しのマネージャーは俺専用』
Side深澤
俺の名前は深〇〇哉。
誰もが知ってる国民的人気グループの一員だ。テレビをつければ、バラエティに映って笑ってるか、ドラマで泣いてるか、CMで爽やかに微笑んでるか──だいたいどれかに俺はいる。
自分でも笑うくらい、朝から晩までスケジュールがぎっしり詰まってるんだよね。撮影スタジオ、収録現場、ライブリハーサル、衣装合わせ、雑誌の取材……この数年は、ほとんど自分の部屋で過ごした記憶すらないくらいだ。
表向きは”明るくて元気、いつも笑ってる人”。それが俺の武器でもあるし、ファンが求めてくれる”ふっか”ってキャラクターでもある。
けど、その笑顔を作る裏側で、現場から現場へタクシーで移動しながら、ほんの数分でも目を閉じて睡眠を確保するのが日常なんだ。ホテルや楽屋で化粧を落とした瞬間、ふっと全身から力が抜ける。鏡の前で見た顔が、思ったより疲れて見えることもある。
もちろん、しんどいだけだったら続けられない。ステージに立ってライトを浴びる瞬間、客席から飛んでくる笑顔と声援が、全部をひっくり返してくれる。
「ふっか、今日も最高だった!」って声が耳に届くたびに、心の中で何回もありがとうって呟く。ファンのおかげで、俺はこの場所に立てている。
ただ……正直に言えば、ここ最近は少し無理してる自覚もある。忙しさに慣れたつもりでいたけど、身体って正直だよね。朝、目が覚めてもベッドから起き上がるのに数分かかる日が増えたし、レッスン中に足がもつれて焦ることもある。
笑ってごまかしてるけど、この仕事は体力勝負だ。油断すれば一瞬で置いていかれる世界。
それでも俺は、アイドルをやめたくない。
やめたらもう二度と見られない景色があるし、やめたら出会えない人もいる。
だから今日も、メイクさんに「眠そうだね」って笑われても、「昨日もよく寝たよ!」と冗談飛ばして椅子から立ち上がる。
胸の奥に少しだけ残った疲労感と、誰にも見せない弱音を押し隠して。
──ステージの上では、弱い俺なんて必要ない。
必要なのは、どんな瞬間でも全力で笑って、全力で輝ける俺だ。
今日も、その”役”を演じるための一日が始まる。
照明がまだ半分しか点いていない、広いスタジオ。
天井近くまで届くスピーカーから流れるのは、自分たちの曲。強めのビートが足の裏に響くたび、ふっかは自然と体をリズムに乗せた。振り付けは体に染みついているはずなのに、今日はなぜか足が少し重い。昨日も撮影と収録で寝不足だったし、朝からの打ち合わせも立て続けだったせいで、集中力がちょっと途切れがちだ。
「よし、もう一回いこうか!」と振付師の声が響き、メンバーが所定の位置に戻る。俺も笑顔で返事をしながら立ち位置に戻った。
──でも、三回目のサビを終えたあたりで、視界の端が少し揺れた。ほんの一瞬だけど、足取りがふらっとしてしまう。
「……ふっか」
背後から低めの声が飛んできた。音楽が止まり、数歩後ろに下がったところで、その声の主──〇〇照がゆっくり近づいてくる。
黒いキャップを目深にかぶり、ジャージ姿で手にはスケジュールの入ったタブレットとペットボトル。表情はほとんど動かないけど、その目はまっすぐ俺を見ている。
「ちょっと、水飲めよ」
差し出されたペットボトルを、ふっかは反射的に受け取る。まだ汗がにじむ額をタオルでぬぐいながら、一口飲んで喉を潤す。
「……ありがとう。なんか、見てたの?」
「見てなくてもわかるよ。今、バランス崩しただろ」
あまりにもあっさり言われて、一瞬苦笑する。
(相変わらずよく見てるよね、この人)
俺からすれば、それは特別なことじゃない。照は動きの細かい変化を見抜く力がある。しかも、マネージャーとしてスケジュールや体調管理を徹底するタイプだから、誰よりも早く異変に気づくのは当然のことだと思っている。
──別に俺にだけ特別だから、とかじゃない。ただ、仕事ができる人ってだけ。
「あと二回はやるんだろ?その前に軽くストレッチしとけよ」
「はいはい。……さすが、照」
「それが仕事だから」
無駄のないその返答と、変わらない表情。
俺は軽く肩を回しながら、ペットボトルを持った手に残る冷たさを感じていた。
自分のことをこんなに的確に見抜く存在が、そばにいるのは心強い──そう思いながら、再び音楽が流れるのを待った。
―――――リハーサルを終えた俺は、着替えを済ませるとすぐに移動車に乗り込んだ。
今日はこれから地方公演の会場へ向かう。
リハからの長距離移動、そのままホテル入り。スケジュール表を見るだけで、ちょっと笑えてくるぐらいパンパンだ。
移動車の中、シートにもたれた俺の膝に、照が無言でブランケットを置いた。
「冷えると喉に良くないから」
短くそう言って、次の瞬間にはタブレットで何かを確認してる。俺は「ありがとう」とだけ返してブランケットをかけた。
こういうの、いちいち”気づいて”やってくれるんだよね、照は。
会場に着くと、そのままステージ裏の控室に案内される。
移動中もずっと座ってただけなのに、なぜか、体は意外と重い。
そんな俺の横に、照がすっと立つ。
「衣装のジャケット、ちょっと肩がずれてる。動くと見た目崩れるから直すね」
そう言って、俺の肩に軽く触れて布を整える。手つきは無駄がなくて、あっという間に整った。
また別の日、リハの合間に楽屋へ戻ると、テーブルの上に湯気の立つ紙コップが置かれていた。
「喉、乾燥してるでしょ。ハチミツ入りのハーブティー、熱すぎない温度にしてあるから」
照は淡々とそう言うけど、その”温度まで計算してくれてる”って事実が地味にすごい。
「本当によく仕事できるよね…」って、思わず口から出そうになって、ギリギリ飲み込んだ。
だって、これは”俺のため”じゃなくて”担当タレントのため”だから。
ホテルに着いても、照は淡々と段取りを進める。
部屋のキーを渡される時も、「明日の集合は七時半。朝食は喉に優しいメニュー頼んでおくから、部屋に届けさせるね」って、さらっと言う。
俺は「ああ、ありがとう」とだけ答える。
──本当、どこまで仕事できるんだ、この人。
楽屋から出た瞬間から、今日の一日は秒単位で動き出す。
地方公演を終えた翌朝、まだ少し眠気の残る体を引きずりながら、俺は移動車に乗り込んだ。
今日は朝から東京に戻って、バラエティ番組の収録、そのあとCM撮影、夜は雑誌のインタビュー。
改めてスケジュール表を見ると「よくこんなに詰め込めるな」と逆に感心してしまう。
「次の現場、予定より五分巻いてます。このまま行けば昼食も取れるから」
助手席から後ろを振り向いた照が、淡々とそう告げる。
「そっか、ちょっとでも休憩できるじゃん」
「そう。だから移動中は喋らなくていい、寝てて」
「命令形だね」
「休むのも仕事のうちでしょ」
結局、言われた通り目を閉じたけど、車がスタジオに到着すると同時に照が俺を軽く起こした。
「ふっか、顔色は大丈夫そう。けど、もう少し血色出したほうがいいから、メイクさんに伝えておく」
「俺より俺の顔色に詳しいんだね、照」
「仕事だから」
バラエティ番組の収録が始まると、空気が一気に変わる。
MCから振られた話題にテンポよく返して、共演者を笑わせ、スタジオ全体を明るくする。
「深澤くん、本当にいいね」と芸人さんにツッコまれると笑いが大きく広がった。
その瞬間、客席の端でスタッフ用モニターを確認しながらも、ちらっと俺のほうを見てうなずく照の姿があった。
収録の合間、セット裏に戻ると、机の上に紙コップが置かれている。
「はい、温かい緑茶。喉に優しいやつ」
「これ、さっき頼んでくれたの?」
「進行見ながらタイミング合わせた。次のコーナーまであと五分」
「……仕事早すぎるでしょ」
「褒めても何も出ないよ」
「いや、もう褒め言葉しか出ないよ」
収録が終わると、すぐに次の現場へ。
CM撮影では、短いカットを何度も撮り直す。ライトの熱と立ちっぱなしで、額にじんわり汗が滲む。
「ふっか、首元、ちょっとだけ直すね」
照がさっと近寄り、衣装の襟を整え、髪の乱れを指で軽く直す。
「ありがとう。これ、衣装さんの仕事じゃないの?」
「衣装さん呼んでたら時間かかるでしょ。俺がやったほうが早い」
その判断の早さに、また感心してしまう。
夜の雑誌インタビューでは、俺が話している間も、照は横で記者のメモの進み具合や録音機の位置をさりげなく確認していた。
インタビューが終わると、「最後のコメント、ちょっと感動系で締めて正解だったね。記事映えする」とさりげなく言ってくれる。
気づけば、照は俺の一日の流れを、俺以上に把握して、必要なときに必要な手を打ってくれている。
それは、俺がステージや画面の上で全力を出せるように、当たり前のように積み重ねられたフォローだった。
そして俺は、その「当たり前」がどれだけすごいことなのかを、少しずつ実感し始めていた。
――――――――――――――――
地方ロケの昼下がり。
俺はカメラ前で台本を片手に、スタッフさんと段取りを確認していた。今日の撮影は外でのグルメリポート。青空の下、笑顔で食べ歩く──はずだったんだけど。
突然、カメラマンさんが「……あれ?」と首を傾げた。次の瞬間、スタッフ同士がざわざわし始める。
どうやら収録用のメインカメラが不調らしい。映像が一瞬止まったり、ノイズが入ったりで、このままじゃ使い物にならない。
「予備カメラは?」
「あるけどセッティングに時間かかる…」
「えー、どうするのこれ……」
現場の空気が一気に冷え込むのが分かった。さっきまで明るかったスタッフの声も、今はほとんど聞こえない。時計の針だけがやけに大きく音を立ててる気がした。俺も笑顔をキープしながらも、心の中は「このまま中止とか勘弁してよ…」と焦るばかり。
その時だった。
後方で控えていた照が、何の前触れもなくスッと前に出てきた。
「カメラ、見せてもらっていいですか?」
スタッフさんたちが一瞬「え?」って顔をする。マネージャーが機材に触るなんて普通ありえない。でも、照は臆することなく、カメラマンから機材を受け取ると、しゃがみ込んで何やらケーブルや設定を確認し始めた。
「この接続、少し緩んでます。あと設定が飛んでるので、リセットかけます」
手際よく作業して、ケーブルをしっかり固定し、液晶画面で何度かチェック。数十秒後、カメラが正常に映像を映し始めた。
「……直りました。これで続けられますか?」
その落ち着いた声と同時に、現場がざわっと息を吹き返す。カメラマンさんも「すごい、本当に直った…!」と驚き、ディレクターも「助かりました!」と深く頭を下げていた。
照は「じゃあ、続きをお願いします」とだけ言って、何事もなかったように俺の後ろに戻る。その背中がやたら頼もしく見えて、俺もつい「さすがだね…」と小声で呟いてしまった。
──が、その時。
近くのモニター席で、女性スタッフ二人がひそひそ話してるのが耳に入った。
「ねぇ、あの人かっこよくない?」
「そうそう。前から思ってた。あのアイドル〇〇ふっかのマネージャー、イケメンで仕事も出来るって噂、本当だったんだね」
……ん?
一瞬、聞き間違いかと思った。でも確かに、俺の名前は出たけど、メインで褒められてるのは照だ。
(いや……確かに、前から男前だなとは思ってたけどさ)
現場で目立つのは俺でしょ?アイドルだよ?俺だよ?
なのに、マネージャーの方が「かっこいい」とか「仕事できる」とかって……なんか、胸の奥がじわっとモヤる。
(……アイドルの俺より目立ってどうするんだよ!?)
心の中で思わず叫びそうになる。でも外では笑顔キープ。撮影再開の合図と同時に、俺は再びカメラに向かって元気にコメントを投げた。
その後ろで、何事もなかった顔をして立つ照の横顔が、妙に眩しく見えて、余計にややこしい気持ちになってしまった。
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作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。
※おまけ小説(18歳以上推奨)も収録しております。
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