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こそこそと盗人の上前(うわまえ)を撥(は)ねたコユキは人目を憚り(はばかり)続けていた。
目立たないように、悪目立ちを避けて不自然な行動を見逃すほど日本の警察が甘い訳が無い。
以前上野動物園の園内で職務質問を受けた事でも分かるように、こういった時のコユキは非常に分かり易い不審者である。
警視庁の厳しい訓練を乗り越えてきた優秀なお巡りさんの目に留まらない筈は無いのである。
だというのに、この日は珍しく誰に見咎め(みとがめ)られる事も無く、電車を乗り継ぎ幸福寺へと帰ってきたコユキは、この寺内(じない)でその理由を知る事となったのであった。
幸福寺の山門を潜った(くぐった)コユキの前には、いつも見慣れた装備、箒(ほうき)を持って一心不乱に塵(ちり)を掃く善悪の姿があった。
コユキは明るく言う。
「ただいま善悪! 今日は棚ボタだったわよぉ~、落っことされてた鶴の尾羽、タダでゲットしちゃったわよぉ!」
声を掛けられた善悪はキョロキョロした後、不思議そうに言うのである。
「あれ? コユキ殿の声が聞こえた気がしたのでござるが…… ふむ、気のせいだったのでござるな、さ、掃除掃除!」
コユキは思った、こりゃなんだ? 新しい種類のいじめの類じゃなかろうか? と……
せっせと掃除を続ける善悪をチラチラ振り返りながらも庫裏(くり)の入り口に辿り着いたコユキの前にはべたべた抱き合っている婆(ババア)、トシ子と美青年のアスタロトの佇む姿が見えた。
コユキが笑顔を見せつつ言うのであった。
「ただいまだよ、お婆ちゃん! 尾羽手に入れて来たよぉ! 褒めても良いんだからねぇ!」
「むむっ?」
「どうしたんだい? トシ子」
「いや、今不穏(ふおん)な気配が、と言うか不愉快な匂い、饐(す)えた様なデブ特有の悪臭を感じたような…… 気のせいかのぅ」
「きっとそうだよ、我何にも感じなかったし、さあ、もっとこちらへおいでよ」
「…………」
コユキは確信した、こりゃ絶対いじめだ、と……
しかもみんなで口裏合わせているらしい、『アイツ帰ってきても全員で無視な無視! リアル空気の刑だぜぇ』的に笑い合うパーティメンバー達の顔が目に浮かぶ。
憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべたコユキは、庫裏にあがるとズンズンと蔵、半地下の土蔵を目指して歩きながら思うのであった。
――――アタシを無視とか笑わせるわね、面白い! 売られた喧嘩は買ってやろうじゃないの! どこまで無視できるか見せて貰うわよ!
土蔵の入り口を静かに開け内部を覗き込んだコユキは内心でほくそ笑む。
――――いたわね! アンタら二人が最近頻繁にここで人目を忍んで逢引きしてるって事位、このコユキ様にはとうの昔にお見通しなのよっ!
土蔵の中ほどに互いに手を取り合って向かい合う二人、イラとルクスリアの元夫婦に向かって、ズンズン近づいていくコユキ。
見つめ合う二人は急接近したコユキを無視したままで言葉を交わすのであった。
「貴方と又こうして愛し合えるなんて…… ねえ、本当に私の事許してくれるの?」
「昔の事は、その、お互い様だろ…… それよりも、未来の事の方が大切だろう、違うかい?」
「あなた……」
「……」
無言になった二人は自然な動作で熱い口づけを交わすのであった。
紆余曲折有った二人が久しぶりに、実に二十六年ぶりに交わした優しいキスだった。
二人の横合いから顔を寄せたコユキとの距離は二センチほど、瞬きもせずにジーっと見られているのにも関わらず、二人が濃厚なベーゼを中断する気配はなかった。
小さなため息を吐いたコユキは肩を落としすごすごと土蔵を後にするのであった。
「っ! きゃっ!」
「どうしたんだ!」
「いいえ、今何か、強い突き刺さるような悪意を感じた気がして……」
「お前もなのかっ? 実は俺も今しがた変な声が聞こえた気がしたんだが、『爆ぜろ!』とかなんとか言ってたような……」
「怖いわね」
「ああ、皆の所に戻ろうか」
「そうね」